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86、ガメイ村 〜大きな食堂オワリーの旦那さん

「何ですかい? ほう、貴方は見た感じだと貴族の若旦那のようですが……」


 僕の救難信号に気づいたマルクに、大きな食堂オワリーの旦那さんが、怪訝な表情を向けた。ガメイ村の商人なのに、貴族は嫌いなのだろうか。


「へぇ、軽装なのによくわかりますね。さすが商人、鼻が効く。俺は、マルク・ルファスといいます。この店のソムリエとは、魔導学校の頃からの友です」


「えっ……ルファス家ですかい。ひゃー、えーっと、この村には屋敷はないですよな?」


 マルクの家の名を聞き、オワリーの旦那さんの態度はガラッと変わった。さっきまで睨んでいたのに、その表情も怯えたようにひきつらせている。ルファス家は、黒魔導系の有力貴族だもんな。


「ええ、ガメイ村には無いですね。ですが、妻の別邸はあるんじゃないかな?」


 うん? ドルチェ家の屋敷? ないよね?



「奥様の別邸? えーっと、お名前をお尋ねしても?」


「妻は、フリージア・ドルチェですよ」


 するとオワリーの旦那さんは、またガラリと態度か変わった。まるで少年のように目を輝かせている。


「フリージア・ドルチェ様! あふわっ、と、と、と当店に、金貨1枚も出資してくださいました!」


 出資? 何?


「あぁ、妻は、貸金業もしてるみたいですね」


「は、はい。しかも、店で使うテーブルや椅子を10年間ドルチェ商会だけから買えば、返済は不要だという特別な出資契約なのです!」


 うん? そんなのドルチェ家にとって大損じゃないの? テーブルや椅子って高くないし、10年くらい買い替えないこともあるよね? 買い替えても金貨1枚は回収できないよ。あっ、大きな食堂だと金貨1枚は超えるか。でも、やっぱ損だよね?


「へぇ、それは妻が、オワリーさんを商人として認めたってことですね。たまに有能な商人を見つけては、特別な融資をしているみたいです」


 マルクにそう言われて、オワリーの旦那さんは、頭から湯気が出そうなほど赤く上気している。


「そうなのですか!! あぁ、こんなに嬉しいことはありません! この国で一番の商人貴族ドルチェ家に認めていただいたなんて……あぁぁ」


 興奮して話しながら、彼は倒れそうになってるよ。


 でも、ドルチェ家が認めた商人が同じ通りにいるなら、昨日、マルクが何か言ってくれたはずだよな? 知らなかったのだろうか。それに、ドルチェ商会の人が路地で殺される事件もあったばかりだ。


 そう考えていると、マルクは僕に視線を移すと悪戯っ子のようにニッと笑った。どっちの意味だ? 僕の顔に考えが出ていることを笑ったのか、もしくは……。



「オワリーさん、さっきの話ですけどね」


 マルクが話を戻すと、オワリーの旦那さんはまるで従順な子犬のような顔で、マルクを真っ直ぐに見た。


「はい! えっと……何の話でしたかな」


 興奮しすぎて、忘れたのか。


「細長い芋のことですよ。さっきの料理長さんの話は事実ですよ? 王宮でも、害のある食品として、本にまとめようとしていると聞いたことがあります。国王様も、ガメイ村の芋の件は、心配されているそうですよ」


 マルクがそう説明すると、彼は目をパチクリさせた。さっきの自分の発言が失敗だったと、焦っているのかもしれない。


「えっ、あの、えーっと、皮に毒があるという……国王様まで、ご存知で!? ひ、ひゃー」


 うん、確かに国王様はご存知だ。なんせ、その本人が喋ってたんだから。


 チラッと国王様の方を見ると……彼はニヤニヤしていた。自分の素性が知られていない場に居ることが、とてつもなく楽しいらしい。



「オワリーの旦那さん、俺の話は信用できなくても、ルファスの話は信じるんだな?」


 国王様が、意地悪を言ってるよ。


「は? あぁ、そりゃそうだろ。ただの平民の言葉に、いちいち惑わされていると商売なんかできないからな」


 平民と言われて、国王様は嬉しそうだ。めちゃくちゃニヤニヤしてるよ。


「ふぅん、そんな調子だと、ドルチェ商会から愛想をつかされるぜ? 相手の言葉の真偽を見抜けないなら、商人として半人前だろ」


 挑発するような国王様の言葉。いつもなら、フロリスちゃんが言葉遣いを注意するのに、彼女は静観している。


「なっ? そんなことを平民風情に……」


「ちょっと、オワリーの旦那さん。それは、おかしいのではありませんか? 確かにフリックは神官見習いのただの平民だけど、彼の指摘は的確だわ。相手の言葉の真偽がわからないなら、それを補うスキルを得ればいいでしょう? 神矢ハンターを雇えば簡単に手に入るスキルもありますわよ」


 フロリスちゃんが、彼の反論を遮るように、神矢ハンターっぽい発言をした。商人貴族のフリをしていることを忘れてるよね。自分が神矢ハンターだと言わなかったからよかったけど。



 すると、マルクが口を開く。


「商人は、あまりスキルを重視してませんよね? それが、商人貴族との違いですよ」


「ええっ? あ、あの、どういう……」


 フロリスちゃんの言葉をマルクが補うような発言をすると、オワリーの旦那さんは不安そうに表情をくもらせた。感情が、顔に出すぎだよな。


「オワリーさん、例えば今、貴方は動揺しましたよね? それを見抜かれないようにするには、スキル『道化師』のポーカーフェイスという技能が有効です。俺も取得していますよ? 他にも、スキル『精霊使い』を極めれば、支配精霊を得ることができ、相手の考えを覗いて教えてくれる」


 マルクが説明をしたことで、さっきのフロリスちゃんの神矢ハンターっぽい発言は、忘れられていると思う。


「そんなスキルが! 商人には不要だと考えていました。冒険者をやりたい者なら別ですが、商売にかける時間を犠牲にしてまでスキルを得るなんて……」


 確かに、そうだよね。だけど、もし彼が、精霊使いのスキルを持っていたら、細長い芋の危険に気づいたかもしれない。ぶどうの妖精達が、騒いでいるからな。


「オワリーさんは、冒険者ギルドには登録してませんか? 冒険者ギルドでは、神矢ハンターによるスキルの講習会があります。役に立つスキル情報が得られますよ。商人なら、あらゆる情報に貪欲になるべきです」


「商業ギルドしか登録していません。あぁ、ルファス様、ありがとうございます! フリージア・ドルチェ様の言葉を忘れていました!」


「うん? 妻の言葉を?」


「はい! 資金を提供してくださる理由です! 店を開く資金集めのために無駄な時間を使うより、時間は儲けるために使うべきだとおっしゃっていました。その言葉の真の意味は、学ぶために使うべきだということなのですね!」


 真っ直ぐな視線を向けられ、マルクは少し困ったような顔をしている。きっと、そんなこと知らないって思ってるよな。



 コホンと咳払いをして、マルクが口を開く。


「オワリーさん、貴方がこの村で、今やるべきことは何ですか?」


「えっ……えっ……えっ……」


 彼は、捨てられそうな子犬のような顔をしてる。マルクの話術だよな。この後、マルクが何を言っても、オワリーの旦那さんは従うだろう。


「オワリーさんがやるべきことは、細長い芋の食べ方の改善でしょう? この店には、そんな影響力はありません。ですが、貴方の店のように大きな店には、その力があるはずですよね?」


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