84、ガメイ村 〜開店初日のバタバタ
「ええっ……ちょ、どういうこと?」
開店と同時に、数人のお客さんが来店してくれた。酒屋のカフスさんが宣伝してくれたからだと思う。だけど、そこから、どんどん増えていき、あっという間に満席になったんだ。
しかも、ワインや紅茶の注文もどんどん入ってくる。1杯の飲み物を頼めば料理は食べ放題だから、飲み物の注文はあまり入らないと思っていたのに……。
「ヴァン、ワインの樽の前にばかりいないで、追加の料理を作ってちょうだいっ」
「えっ? あ、もう料理が……すぐに、あ、でも、飲み物の注文も……」
すると、酒屋のカフスさんがカウンター内に入ってきた。
「ワイン樽は、俺に任せてくれ。紅茶は難しそうだから無理だけど」
「ありがとうございます。助かります。紅茶の注文は、そこまで多くないので何とかします」
僕は、厨房に移動し、慌てて料理を作り始めた。マルクが連れてきたドルチェ商会の人達は、完璧な接客をしてくれている。料金や食べ放題の説明もスムーズだ。
そして僕が作った料理を、食べ放題の料理を並べたテーブルに、すぐさま並べてくれる。汚れた皿の回収や新しい皿の配置、さらに汚れた食器を洗う仕事も、マルクの指示でテキパキとこなしてくれていて、めちゃくちゃ助かる。
しかし、料理人が足りないな。
ゼクトさんは、2階にいるみたいだけど姿を見せない。襲撃者が来ないように警戒してくれているのだろうか。
黒服のブラウンさんは、まだ冒険者ギルドにいるようだ。まぁ、ブラウンさんには、料理は手伝ってもらえないだろうけど。
フロリスちゃんは、水のボトルを持って、各テーブルを回っている。これは、国王様の提案だ。フロリスちゃんは人見知りがひどいけど、仕事となると頑張る子だ。国王様は、彼女の人見知りを直そうとしていると感じる。
「ヴァン、料理がちっとも間に合ってないわ。私も作ろうか?」
「えっ? いや、店長さんにそんなことは……」
「フロリス、やめとけ。おまえが作ると客が帰る」
僕の言葉を遮って、店の前に並ぶ客の対応をしていた国王様が大声で叫んだ。
「ひどーい。私だって、できるんだからっ」
「いくら料理が無料でも、誰も黒こげ料理は食べないぜ」
会計を担当してくれているグリンフォードさんは、国王様に目配せをして、彼の発言を叱ってくれたようだ。だけど、国王様は気にしない。
「私もできるもんっ! ヴァン、右に寄ってちょうだいっ」
あらら……。お客さんの注目を集めてるよ。さすがに、この流れで、フロリスちゃんに調理を任せるわけにはいかないかな。
「フロリス様、では、生クリームのホイップをお願いできますか?」
フロリスちゃんは、生クリームのホイップは完璧にできる。あ、とは言っても、なぜか鼻やおでこに生クリームが付いてしまうんだけど。
「ヴァン、生クリームは、ご飯じゃないよっ」
「お子様のお客さんもいらっしゃるので、パンケーキを焼こうと思います。生クリームのホイップは時間がかかるから、シロップだけにしようかと悩んでいたんですけど……」
すると、フロリスちゃんはキョロキョロと店内を見渡し、大きく頷いた。
「パンケーキなら、生クリームがある方が絶対に美味しいわっ。わかったわ。私が生クリームをホイップしてあげるっ」
「ありがとうございます。助かります」
僕は、話しながら材料を混ぜたボウルを、フロリスちゃんの前に置いた。すると、彼女は、腕まくりをして、シャカシャカとホイップを始めてくれた。
あとは……フロリスちゃんは飾り付けも上手だよな。僕は、果物を適当にカットして、彼女の前に置いた。
「ヴァン、これは何?」
「生クリームができたら、パンケーキを入れる皿に、フルーツを飾ってほしいんです。小さな子供が喜ぶようにかわいくしてください。僕には、かわいいセンスがないので」
「わかったわっ。任せてっ。はわっ、忙しいわっ」
生クリームをシャカシャカしながら、フロリスちゃんは、キラキラと目を輝かせている。ふふっ、張り切ってるね。
そんな彼女を盗み見る二人。国王様だけでなくカフスさんも、フロリスちゃんのことを意識しているみたいだな。
僕は、手早くできる料理を作っていく。だけど、食べ放題のテーブルに置かれるとすぐに無くなる。出来たての料理は、みんな食べたいのか。
試作品を、カフスさんからダメ出しされたことを思い出す。確かに、こんな状況で凝った料理なんて不可能だ。食べ放題にしていなかったら、注文通りの料理を作らないといけないから、さらに大変だっただろう。
まさか、こんなにお客さんが来ると思わなかったな。たぶん、開店初日だからだと思う。新しい店には行ってみたいもんな。
「ヴァン、皿の飾りはできたわよっ。パンケーキは焼けた?」
おでこに生クリームをつけたフロリスちゃんに声をかけられ、僕は慌てて、パンケーキの生地を作る。
「フロリス様、おでこに生クリームが付いてます」
「へっ? どこ?」
ペタペタとおでこを触り、生クリームが塗り広げられていく。いつものことだ。
「手を洗って、綺麗な布巾で……」
僕は、そうごまかしながら、パンケーキを焼く。
「あ、あの、店長さん、よかったら使ってください」
カフスさんが、フロリスちゃんに店の布巾を手渡している。
「ありがとう! 酒屋さん、いい人ねっ」
「いえ、あはは、忙しいから、あちこち汚れてしまいますね」
「そうなの。なぜか、よくおでこに生クリームが付くの。飛び跳ねちゃうのかなぁ?」
首を傾げながら微笑む彼女に、カフスさんは頬を染めている。国王様がまた嫉妬するんじゃないかな。
あー、こっちに来たよ。
「ヴァン、料理が追いついてないなら、俺が手伝うぜ」
はい? 国王様が厨房に入ってきたよ。
「フリックさんは、店頭の案内係じゃないんですか?」
「それは、ルファスに任せた。アイツは何も作れないからな」
本気で、調理する気?
「ちょっとフリック! 貴方、料理なんてできるのっ!?」
「は? おまえよりは百万倍マシだろ。教会にいるときの昼食は、俺が作ってるからな」
あっ、そうか。僕が派遣執事をしている間は、見習い神官のフリックさんが昼食をたまに作っていると、フラン様が言っていたっけ。
国王様は、不遇な子供時代は、僕が生まれたリースリング村にいたこともある。そのときに、少し料理を覚えたのだろう。
「じゃあ、フリックさん、サラダをお願いできますか?」
「いや、あの芋を使ってみる。この村で勝手に育つという細長い芋は、リースリング村でも見たからな。皮を厚くむき、しっかり加熱すれば、美味いはずだ」
「えっ? あれは、まだ僕は調べてないんですよ。食べると妖精の声が聞こえなくなるから……」
「ふふん、俺は知ってるぜ。だから、皮を厚くむくと言っただろ。皮には、マナを吸収できなくする蓄積毒があるんだよ。俺の支配妖精が何者か忘れたのか? アイツは、こういう毒物に関する知識は高いんだよ」
国王様の支配妖精は、名持ち妖精のバンシー、アンデッドだとも言われる闇の妖精だ。国王様は上手く操れてないみたいだったけど。
そう考えていると、黒く長い髪を不気味に揺らしながら、赤い目のバンシーが目の前に現れた。ちょ、普通の人には見えないからって、店内に出てくるなよ。
チラッと国王様に視線を移すと、慌てて追い払おうとしている。やはり、まだちゃんと操れてないんだ。
『チッ、歩くラフレアがいるじゃないかい。せっかくの馳走が台無しだよ』
次回は、1月25日(水)に更新予定です。
よろしくお願いします。




