82、ガメイ村 〜メニューの相談
「どれも美味しいですね。食べたことのない料理ばかりです」
配達に来てくれた酒屋のカフスさんは、テーブル席には座らず、立ったまま試作品を食べている。貴族の屋敷だからだろうな。
家名については話題になっていない。でも、ファシルド家だとはバレてないのが、彼の言葉からも伝わってくる。フロリスちゃんのことを商人貴族のお嬢様だと勘違いしている。
「ありがとうございます。ワインに合うもの、と思っていろいろ考えてみました」
「そうですね。さすがソムリエさんだ。ただ、店員が簡単に調理できる物じゃないと、ソムリエさんがいないときに、味のバラつきが出てしまいます。下手な人が料理すると、この揚げ物などは、悲惨な料理に変わるかもしれません」
「えっ? 肉の唐揚げはダメですか?」
「はい、火が通りにくい物は、忙しい時間帯が悲惨なんです。加熱が不十分で、よく食中毒が起こります」
そんなことは、考えたこともなかった。だけど確かに、いつも僕が調理するとは限らない。店員さんに任せられるようにしていかないとな。
「何も考えてませんでしたが、カフスさんのおっしゃる通りですね」
「お役に立てて何よりです。メニューから想像してみると、こちらは食堂をイメージされているようですね」
「ええ、気軽にワインを飲んでもらえる食堂にします」
「なるほど。だから、ワインも樽入りで、計り売りするのですね。当店の新酒に合わせる料理として提案させてもらうと……」
カフスさんは、僕が作った試作品の短所を次々と指摘してくれた。この村の特徴をふまえた的確なアドバイスだ。
ただ、批判に聞こえるのか、フロリスちゃんは、だんだん不機嫌になっていく。
「ねぇ、酒屋さん? ヴァンの料理がそんなに気に入らないの?」
「ええっ? お、お嬢様、とんでもありません。どれも美味しいですし、あ、えっと俺の話し方が失礼だったのですね。も、申し訳ありません!」
カフスさんは、慌てて頭を下げている。こういう所は、未成年らしいかな。きっと商人なら、いろいろと言い返すよな。フロリスちゃんが有力貴族ファシルド家のお嬢様だなんて知らないんだから。
「別に、話し方が悪いというわけではないわ。だけど……」
「おい、フロリス、黙ってろよ。ソムリエと酒屋の話に口を挟むんじゃねぇよ」
国王様は、またフロリスちゃんをからかっている。彼女がムキーッと怒るのが、楽しくて仕方ないらしい。
「あら、フリックこそ、黙ってなさい。私は店長で、フリックは遊びに来た神官見習いなんだからっ」
「ちょっと待て。俺達は店員だってば。なぁ? グリンフォード?」
突然、イチャイチャなケンカに巻き込まれたグリンフォードさんは、目をパチクリしている。聞いてなかったみたいだな。
「フリック、何度も言ってるけど、言葉遣いを覚えなさいっ。神官は地位が高いけど、神官見習いは、ただの平民なの。仕事のときは、ちゃんと丁寧に話しなさいっ」
「ふぅん、俺よりフロリスの方が偉いから、俺にかしずけって言ってんのか?」
「誰もそんなこと言ってないでしょ。フリックは友達だから、普段は言葉遣いは気にしなくていいよ。でも、仕事のときは、ちゃんとしなきゃだめだよっ」
国王様は、フロリスちゃんを試しているのか。彼女に身分を明かさないのも、フロリスちゃんの根本的な考え方を知るためなのだろう。
彼がフロリスちゃんの返答を、どう感じたかはわからない。ふくれっ面をして誤魔化してるんだよな。
「フロリス様、酒屋のカフスさんは、的確なアドバイスをしてくれています。商人の中には、相手が貴族だと本音を言ってくれない人もいます。僕は、否定的な意見こそ、重要だと思いますよ」
「でも、ヴァンの料理のほとんどにダメ出しされたじゃない」
「僕がこの村のことがわかってなかったせいですよ。確かに、人が多いガメイ村の食堂では、僕の試作品は短所だらけです。レストランのメニューなら、これで悪くないのでしょう?」
僕がカフスさんに視線を向けると、彼はすごい勢いで、何度も頷いてくれた。
「貴族相手のレストランなら、何も問題はありません。あっ、えーっと、もう少し飾りに気を配る方がいいと思いますが……」
彼は、フロリスちゃんを気にして、最後の言葉は聞き取れないほどの小声だ。
「ふぅん、確かに、屋敷でお客様に振る舞う料理なら、もっと品良く見せるべきね。酒屋さんの指摘は的確だわっ」
フロリスちゃんが肯定したことで、カフスさんはフーッと息を吐いた。安心したみたいだな。
「じゃあ、僕は、もう少しメニューを工夫してみますね」
「ソムリエさん、特にメニューを決めない食堂もありますよ。おまかせという注文の取り方です。パン、スープを食べ放題にして、お客さんが欲しい分を自分で取りにいく店も人気です」
おっ、また、アイデアが出てきた。
「へぇ、それは忙しい店は助かりますね。メインの料理だけを運べば良いんですね」
「ただ、食べ放題の店には、大食いが集まる傾向があります。あと、価格設定も重要です。お客さんは高いと来ないけど、安すぎても来ません」
「安いのもダメなんですか?」
「ええ? どうして? 安いと嬉しいよねっ?」
フロリスちゃんも会話に入ってきたところで、カフスさんは少し緊張したように口を開く。
「安すぎる店には、ガラの悪い連中が集まるんですよ」
あっ、盗賊か。
「安いお店には、お金に余裕がない人が集まるの?」
「お嬢様、金がない人は店で食事をしないのです。買って自炊する方が安いですから」
すると、フロリスちゃんは何かを考え始めたようだ。ふふっ、商人っぽさを演出しているつもりか、計算するフリもしている。
ガラの悪い連中が集まる方が、治安維持のためには良いよな。ガメイ村は、僕が初めて来た頃から盗賊被害に悩んでいた。隠居貴族の別邸がある村や町の特徴らしい。
「ヴァン! 私、いいことを思いついたわっ」
目をキラキラと輝かせるフロリスちゃん。そんな彼女が何を言い出すのかと、国王様も目を輝かせている。
「フロリス様、いいことというのは?」
「ワインを計り売りするでしょ? ご飯は、全部おまけにすればいいの。そうすれば、配膳も不要だもの」
「ええっ? 無料にするのですか? えーっと、ワインが飲めない人や子供は……」
「紅茶を販売すればいいよっ。マルクさんが持ってきてくれた紅茶は、びっくりするほど美味しかったものっ」
「フロリス様、本気で言ってます?」
「うんっ。本気だよっ。パンケーキもあればいいよねっ。生クリームもっ。フルーツもたくさんほしいなっ」
ちょっと待った。フロリスちゃんは、原価の計算をしてないよね。商人貴族には、あり得ない発想だ。素性がバレる。
「ふぅん、フロリス、それで、ワインは1杯いくらにするんだ? 紅茶は?」
国王様が、フロリスちゃんを試すように尋ねた。
「そうねぇ。ワインや紅茶の仕入れ値に銅貨5枚を加えた価格にするわ。1杯しか頼まないなら赤字になるけど、この村の人ならたくさん飲むよねっ」
へぇ、ちゃんと考えてる。食堂のワインの値段としては高いから、飲みすぎる人は少なそうだ。酔っ払いのケンカ対策にもなる。
「すごい! すごいです、お嬢様! なんと賢い。そんな店は、この村にはありません。料理が無料で食べ放題なら、その日の安い野菜を使えます。きっと、繁盛店になりますよ!」
カフスさんは、目を見開き、パチパチと拍手してくれていた。フロリスちゃんはたぶん、ガラの悪い客を集める気だと思うけど……客層は、どうなるだろう?




