75、ガメイ村 〜ジョブの印の青白い光
白手袋を外すと、右手のジョブの印を隠すグローブが光っていた。いや、違う。右手の甲にあるジョブの印が光っているのか。
愚蟲の毒で、ジョブの印の陥没が進行してしまったのだろうか。そういえば、あの時、ジョブの印が熱くなり、かなり痺れたんだよな。
今は、右手の感覚も戻ってきている。とりあえず、紅茶を淹れてからだな。
僕は、お湯を沸かしながら、洗い場に詰まった茶葉をかき出し、水の通り道を確保した。ゴミは焼却してしまうこともできるけど、ジョブの印に陥没の兆しが現れてからは、自分では焼却しないことにしている。
作業をしていても右手の痺れはない。だけど、不気味な光は消えない。
「マルクさん、ヴァンがゴミの山を作ってるわ。最近、ヴァンはすぐにゴミを溜めるのよね。だから、フランちゃんが焼却してるの」
フロリスちゃんは、よく見てるな。
彼女は、僕のジョブの印の陥没のことは知らない。ゼクトさんとマルクと、そして妻のフラン様には話してある。国王様とグリンフォードさんも、たぶん知っている。あと、暗殺貴族のクリスティさんもかな?
「へぇ、役割分担をしてるんだね。フランさんは、あまり料理は得意じゃないみたいだけど、片付けは上手いんだね」
マルクは、言葉を選んで使っているようだ。フラン様もフロリスちゃんも、料理をすると、すぐに謎の黒こげ物体を量産する特技がある。
「そうかも。でも、フランちゃんがゴミを焼却するときは、ヴァンが鍋に水をいれて待ってるの。フランちゃんってば、たまに大きな炎を出しちゃうから」
ほんと、よく見てるよな。
「ふふっ、室内でゴミを火魔法を使って焼却するのは、少し加減が難しいからね。しかし、まだ、厨房は使ってないのにゴミの山ができちゃいましたね」
「フロリスが、マルクの持ってきた茶葉をばら撒いたくらいで、水場が詰まるのか?」
国王様は、また、フロリスちゃんをからかっている。
「床に散らばった茶葉を、洗い場に放り込んで流してしまおうとしたからかな。茶葉は水に浸すと膨れますからねぇ。じゃ、俺がゴミの焼却をしようかな」
マルクは、フロリスちゃんの行動を見ていたのだろう。僕が詰まっていた茶葉をかき出したのに、さらに、重力魔法と浮遊魔法を器用に操って、奥に詰まっていた茶葉の残りも取り出している。
黒魔導系の有力貴族ルファス家の後継争いをしているマルクは、排水管の詰まりも魔法で何とかできるんだな。僕には、こんなことはできない。
そして茶葉のゴミは、パッと光を放つと消えてしまった。高温で一気に焼却して、燃えカスを風魔法で飛ばしたみたいだ。ふわりと焦げた茶葉の香りが残っている。
「わぁっ! いい匂いね。香ばしい紅茶の香料みたい」
フロリスちゃんは、洗い場に近寄ってきた。クンクンと、子犬のような顔をして匂いを嗅いでいる。
「フロリス、はしたないぜ? お嬢様ごっこはやめたのか?」
「もうっ、フリックは、うるさいよっ。あれ? マルクさんの火魔法で、ヴァンの右手が……あれ?」
げっ、フロリスちゃんに気づかれた。
「あぁ、何か光ってるね。俺の火魔法は関係ないよ。お湯が沸くから、フロリスさんはテーブル席に戻る方がいいんじゃないかな」
マルクは、ジョブの印からの光だとわかったみたいだ。さりげなく、フロリスちゃんを遠ざけようとしてくれている。
ジョブの印の陥没の兆し……。印に輝きがなくなり、簡単なスキルを使ってもジョブの印がズキリと痛むようになっていた。それが今は、最後の悪あがきのように光っている。不気味だ。
「マルクさん、私がお湯をひっくり返すかもって思ってない? 子供じゃないんだから、さすがにそんな失敗はしないよっ」
まぁ、確かに、さすがにそれは無いだろうけど。
「フロリス、紅茶が遅くなるから邪魔するなよ。マルクが何か話があるって言ってたのを忘れたのか」
国王様が、すかさずフォローしてくれた。
「フリックは、黙ってて。それより、その光って、どういうこと? ヴァンの右手の甲には、ジョブの印があるよね? ちょっと見せてっ」
「えっ? あ、いえ、ひゃ」
フロリスちゃんは、強制的に僕の右腕を掴み、何かの術を使ってグローブを外した。神矢ハンターの技能か。
「フロリスが、エッチなことしてるぞ〜。ヴァンのグローブを脱がしたぞ」
国王様が、そう言っても、フロリスちゃんは反応しない。彼女は、僕のジョブの印を凝視している。
僕のジョブの印は、スコーピオンという気持ち悪い虫の絵なんだ。それが今、青白い光を放っている。
「ヴァン、いったい、どういうこと!? これは、何? ジョブの印の……何? 私の知識にはないよ。神官アウスレーゼ家の人なら……でも、フランちゃんはダメ。驚いて気絶してしまうかもしれない。どうしよう」
フロリスちゃんは、見たことのない険しい表情をしていた。やはり、悪化してしまったのか。
「あれ? グリンフォード、諸刃草は失敗したのか? 好都合だと言ってなかったか?」
確かに言ってたよな。国王様も近くで聞いていたんだ。
「私の世界にはジョブの印という仕組みはないので、この状況の説明はできません。でも、ジョブの印の不調は改善したはずですよ?」
やはり、ジョブの印の陥没を彼らは知ってるんだ。
「グリンフォードさん、ヴァンのジョブの印に不調なんてないですよ? 普通にスキルも使って……あ、だから、ゴミを溜めるようになったの?」
「フロリスさん、ヴァンには黒魔導系のスキルはないから、焼却するのは、ジョブボードを使わない技能ですよ? ただの役割分担……」
マルクがごまかそうとしてくれたけど、言葉を遮られている。
「でも最近、ドゥ教会を離れて派遣執事をしているのは、調薬が難しくなったからじゃないの? いつもヴァンは、教会で信者さん達にたくさん薬を作ってたのに……。急にジョブの仕事を始めた原因は、それね。ジョブの印が陥没し始めて……」
フロリスちゃんは、そこまで話すと、ポロポロと泣き出してしまった。あぁ、まずいな。フロリスちゃんには、知られたくなかった。彼女は、僕が死ぬと思っているんだ。小さな身体が震えている。母親を失った記憶がよみがえってきたのだろうか。
「フロリス様、大丈夫ですよ。陥没は、まだ兆し程度でした。それに、スキルも使えないわけじゃないですよ」
「でも……でもでもでも! ヴァンがいなくなったら、私……フランちゃんも……ルージュちゃんも……うっうっ……」
メンタルが不安定な幼児期に戻ってしまったかのような彼女の変化に、国王様は目を見開き、そして辛そうに表情を歪めた。
「フロリスさん、神矢ハンターのゼクトさんを呼びました。まだ、ヴァンの状況が悪化したとは限らないですよ。とりあえず、ヴァン、紅茶を淹れてくれる?」
「マルク、わかった。とびきり美味しい紅茶を淹れるよ」
僕は、明るい声を心掛けて、そう返事をした。
今年も、あと1日となりました。
いつも読んでくださってありがとうございます♪
秋から更新がグダグダになり、ご心配をおかけしました。ごめんなさい。
目眩との付き合い方にも、だいぶ慣れてきました。
来年からは、まずは週3の定期更新をしていきたいと思います。当初の日月休みの前後1日ずつをお休みに加え、水木金の週3回更新したいと思います。
次回は、1月4日(水)に更新予定です。よろしくお願いします。
皆様、良いお年を♪(*≧∀≦)




