73、ガメイ村 〜神獣テンウッドの買い物
ドゥ教会の神官見習いとして話した、国王フリック様の説明で、僕も愚蟲のことを完全に理解できた。
国王様が僕に、温めた諸刃草を飲ませた理由もわかった。傀儡の針の毒を受けた状態では、回復魔法は、意味がないばかりか逆効果だ。
そこで毒薬を使って、僕の洗脳状態を解除したのだ。これで僕は、蟲の毒が消え、諸刃草の毒耐性がついたということだろう。
「グリンフォード様、回復魔法が使えないなら、どうすれば良いのですか」
さっきの女性から、国王様ではなくグリンフォードさんに、質問だ。彼女は媚びた表情をしている。話したいだけかもしれないな。だけど、彼女以外の人もその返答を聞こうと、シーンと静かになった。
「傀儡の針に刺された直後なら、弱い洗脳状態を解除する方法で、蟲の毒は消えますよ。だから、ワッと驚かせれば良い」
「えっ? それだけですか?」
「ええ、それだけですよ。そうすれば、その蟲に狙われることもない。愚蟲は、影の世界に100体もいません。そのうち、どれくらいがこちらの世界に来ているかはわかりませんが、ナワバリ意識が強いので、人が歩いていける範囲には1〜2体しかいませんよ。だから、対処は簡単でしょう? 視界がおかしくなったら、ワッと驚かせれば良いだけです」
「ワッ、だけですの?」
「あっ、もし不運にも別の愚蟲の毒にやられたら、ワッと驚かせても解除できませんよ。びっくり耐性が付きますからね。別の方法で驚かせてください」
簡単な対処法を聞き、集まっていた人達は、ホッと胸を撫で下ろしている。だけど、これを知らなかったら、みんな絶対、回復魔法を使うよな。
だから、愚蟲は、この世界の人間を恐れないんだ。回復魔法では解除されないばかりか、回復魔法が効かない身体になってしまう。愚蟲からすれば、エサを弱体化させることに繋がるもんな。
『主人ぃ、そのヌガーっていう人間が、店を襲わせたみたいだよ〜。お気楽うさぎが、そう言ってきた〜』
えっ? テンちゃ、どういうこと?
『その人間は、完全に蟲になってる感じみたい。蟲の眷属が、いっぱいいるよ〜』
眷属?
『うん、フリックが、エサとか言ってたけど、それって蟲の眷属だよ。主人も、眷属にされそうになったんだって。半分以上、スキルを奪われると、蟲の眷属になるんだって。お気楽うさぎが言ってる〜』
ちょ、めちゃくちゃ怖いよね……この蟲。
『この蟲をこっちに持ち込んだのが、こっちの貴族みたい』
えっ? その貴族って誰?
『知らな〜い。あたし、興味ないもーん』
肝心なところで、神獣テンウッドの知らない発言だ。僕の娘ルージュが絡まないと、全く興味を持ってくれないんだよね。
ちょっと、頭を整理してみようか。
ヌガーという商人貴族は、愚蟲と契約しているつもりで、実際には利用されているというか乗っ取られてるんだよな?
彼の処遇をどうするか決めるのは、おそらく冒険者ギルドだろう。だけど、彼を乗っ取っている蟲は、多くの眷属をつくってしまったらしい。
スキルを半分以上奪われると、眷属になるなら、この蟲は、かなりのスキルを集めていることになる。
グリンフォードさんは、愚蟲は実体のある霊だというけど、僕達の感覚からすれば悪霊だ。そんな悪霊の眷属が、たくさんいる……。その眷属は、もちろんこの世界の人間だよな。
そして、ファシルド家の屋敷というか店を襲撃させたのが、このヌガーという商人貴族。襲撃者は、愚蟲の眷属にされた人間だろうか。
「……ということでいいよな? 旦那さん」
突然、国王様に何かの同意を求められた。
「えっと、フリックさん、今、何て言いました? ちょっとボーっとしていて」
すると、商人ギルドの所長さんが口を開く。
「ヴァンさん、先程、商人ギルドに出された店員募集の件ですよ。確かに、グリンフォードさんがおっしゃる通りです」
全く聞いてなかった……。
「すみません、もう一度お願いします」
「もう手続きを始めたからな。あっ、テンちゃが、ふくれっ面してるぜ? 買い物の会計をしたいんじゃないか? ガメイ村の商業ギルドでは、子供は買い物できないからな」
国王様は、僕をシッシと、追い払うような仕草をしている。テンウッドの機嫌が悪いと思ったのかな。
まぁ、グリンフォードさんの提案なら、任せておいて間違いはないかな。冒険者ギルドの職員さんとも相談しているようにみえる。店員募集の条件変更だろう。店はまた襲撃される可能性もあるもんな。
「じゃあ、フリックさん、僕はちょっとお会計に行ってきます」
「はいはーい。あとは任せろ」
国王様は何だか妙に楽しそうだな。何か企んでいるような気もするけど、まぁいいか。彼は単純に、素性がバレない状況を楽しんでいるだけかもしれない。
◇◇◇
「テンちゃ、お土産選びは終わった?」
「すっごく暇だったから、棚の中の物も全部見せてもらったよ。棚の中に、おっきな不思議なお菓子があったの。かわいいからそれも買おうとしたんだけど……」
青い髪の少女は、勢いよく喋っていたのに、突然悲しげにうつむいた。あぁ、お金が足りないのか。
「テンちゃ、お土産は高いものじゃなくて、相手が喜びそうなものを、一つだけでいいんだよ?」
少女が持つ買い物カゴには、大量にいろいろな物が放り込まれている。
「一つだけ? それはダメよ。そんな賭けはできないわ。ルージュは気分屋さんなの。何を気に入るかは、わからないの」
だから、こんなにたくさん? なんだか、僕は胸が熱くなった。神獣テンウッドが、娘のために、こんなに一生懸命に考えてくれているなんて。
テンウッドといえば、誰もが畏れる氷の神獣……統制の神獣だよな? すべての神獣の頂点に立つ彼女が、こんなに真剣に……。
「テンちゃ、ルージュのことを一生懸命に考えてくれて、ありがとう。でも、テンちゃが選んだ物なら、ルージュは何でも喜ぶんじゃない? お腹が空いてるときは機嫌が悪いから、ご飯の後なら大丈夫だよ」
僕がそう言うと、青い髪の少女は、パッと顔を輝かせた。だけど、またすぐに、うつむいてしまう。
「お気楽うさぎが、ダメって言ったよ。あたしが、一番良いと思った棚の中のお菓子は、ダメって言ったよ」
「テンちゃ、どのお菓子?」
そう尋ねると、僕の手を引いて少女は店舗の貯蔵棚らしき場所へと移動した。
「これっ! かわいいよね?」
少女が指差した先には、大きな赤い板状の物があった。いや、これはダメだろ。
「テンちゃ、これはお菓子じゃないよ? さすがガメイ村だな。赤ワインによく合う酒の肴だよ。いちじく系の巨大果実をブランデーに漬けて伸ばして乾燥させてあるみたいだね。ルージュは、食べられないよ」
「ええ〜っ! かわいいのに」
「かわいい色だけど、少し苦味もあるんだ。ルージュは、苦い食べ物は、まだ食べられないよ」
「こんなにかわいいのに苦いの? それは困るよ。ルージュは、苦いと暴れるもの」
「えっ、暴れる?」
「うん、苦いのがなくなるまで、ゴロゴロと転がるの。ゴチンと椅子に頭をぶつけたら、もっと大変なの。ルージュは、世界の終わりのような顔をして泣くの」
あー……なるほど。
「そういうときは、甘いジュースをあげて」
「無理なの。イヤイヤってするの」
青い髪の少女は、世界の終わりのような顔をしていた。
「テンちゃ、とりあえず、お会計しよっか」
「うん! 早くルージュにお土産を渡すのっ」
青い髪の少女は、幸せの絶頂のような笑みを浮かべた。




