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72、ガメイ村 〜グリンフォードからの話

 グリンフォードさんが説明すると言ったことで、商業ギルド内は、シーンと静まり返った。


「話を聞きたい人は、こちらに」


 所長さんがそう言うと、事務所にいた人達が移動してきた。店舗にいた商人や客も、大半がこちらへと向かってくる。


 だけど、青い髪の少女……神獣テンウッドは、素知らぬフリをしている。いや、違うか。人間の話には興味はないのだろう。それに、どこにいても、彼女は聞こえるはずだもんな。



 ヌガーという男は、商業ギルドではそれなりの権力を持っているようだ。その彼は今、魔道具で拘束され、さらに、グリンフォードさんの術の黒い霧で覆われている状態だ。


 この拘束は、影の世界の人の王であるグリンフォードさんの指示だ。商業ギルドの所長さんは、彼の素性がわかっているから、素直に従っているようだ。


 グリンフォードさんは、ヌガーという男は、もう存在しないとも言っていた。たぶん、本来の商業貴族とは別のモノに変わってしまったという意味だと思う。


 今、ヌガーという男は、異界の蟲の霊に取り憑かれているか、もしくは契約状態にあるらしい。だけど、彼の意識は保たれているとも言っていた。彼の身体の中で、共存しているのだな。



 僕は、愚蟲という実体を持つ霊の、傀儡かいらいの針というモノに刺されたらしい。ヌガーという男が共存する蟲の霊に、僕は狙われたようだ。


 刺された感覚は無かったけど、彼に左腕を掴まれた直後、物が何重にも見え、身体が重くなった。その状態でスキルを使うと、奪われると言われたっけ。なぜか回復魔法もダメらしく、ブラビィが僕にレジスト魔法を使ってガードしていた。


 そして、神獣テンウッドとブラビィが協力して、国王様とグリンフォードさんをここに呼んだんだよな。


 なぜか国王フリック様は、僕に温めた諸刃草を飲ませた。これは、強烈な毒薬だ。飲んだのは致死量に近く、死にそうになったとき、突然フッと楽になったんだよな。蟲の毒と毒薬は相殺されて消えていったのか? 薬師の知識では、あり得ないことだけど。


 あっ、左ひじにあった黒い渦は、もうすっかり消えているようだ。


 ついさっき、ジョブの印のある右手の甲が、燃えるように熱くなった。ジョブの印の陥没の兆しが現れていた僕としては、さらに悪化したのではないかと不安になる。




「私は、グリンフォード。こちらの世界ではなく、皆さんが異界と呼ぶ影の世界の者です。あの男性は、影の世界の霊の一種である愚蟲に魅入られたようなので、拘束しています」


 グリンフォードさんが名乗ったことで、話を聞こうと集まってきていた人達の一部が、慌てて頭を下げた。影の世界の人の王だとは言ってないのに、知られているようだな。


「このガメイ村には、私の友人が務める教会の旦那様が来ています。その旦那様の店が何者かに襲撃されたことを聞き、私は友人と共に、ここへ来ました。すると、その旦那様が、愚蟲の毒にやられて倒れていて驚きましたよ」


 グリンフォードさんは、僕の友人でもあると思うんだけど……あえて、そこは伏せているのだろうか。



「愚蟲って、何なんですか」


 あっ、聞いた声だな。さっき彼らが来たときに、素敵だと騒いでいた女性の声だ。そちらにグリンフォードさんが視線を移すと、彼女達は頬をほんのり赤く染めている。


「お嬢さん、愚蟲というのは、影の世界に生息する実体を持つ霊なのです。黒い甲殻を持つ蟲の姿をしています。分類は昆虫ではなく、霊です。狙った獣や人に取り憑き、傀儡かいらい化してしまう」


「かいらい?」


「ええ、いわゆる操り人形ですね。あの男性は、愚蟲と契約したつもりだと思います。だが彼は、蟲の力を利用して、他人のスキルを奪おうとした。この状態は、もう手遅れです。彼の欲望に応じるフリをした愚蟲は、最終的には、多くのスキルを得た彼を完全に乗っ取ってしまいます」


「ええっ!? 蟲に乗っ取られるの?」


「愚蟲と呼ばれますが、コイツは霊ですからね。取り憑かれた彼が死ぬと、愚蟲はそのスキルや能力を引き継ぎ、蟲の姿に戻ります。そして、次のターゲットを探しに行くでしょう」


 グリンフォードさんは、そこまで話すと、商業ギルドの所長に視線を移した。



 ポカンとしていた所長さんは、ハッと我に返ったように、ピクリと肩を揺らし、口を開く。


「グリンフォードさん、あの、彼は、ヌガーさんはこの村では欠かせない商人貴族なのです。この村は、どうすれば……」


「この状態では、手遅れです。愚蟲を彼の中から追い出すことは、すなわち彼の死を意味します」


「そ、そんな……」


 ヌガーという男は、ガメイ村では主要な役割を担っているのか。ぶどう産地には、複数の商人貴族が出入りしている。ワインの醸造所まである大きな村は、なおさらだ。


 商業ギルドの所長さんは、ガクリと肩を落としている。頭の中では、必死に策を考えているのだろう。



「ヴァンさんなら、彼の中の愚蟲に対抗できますよ。さっき、その愚蟲の傀儡の針を受け、その状況から回復しました。同じ蟲の毒はヴァンさんには効かない。彼の中の愚蟲は、ヴァンさんを恐れます」


 僕に視線が集まった。だけど僕は、霊を操ることなんてできない。


「ちょ、グリンフォードさん、何を言ってるんですか。僕には、悪霊を操るスキルはありません」


「愚蟲が、こちらの世界の人を恐れないのは、どんなスキルを持っていても、簡単に傀儡化できるからです。だが一度失敗すると、二度目はない。これが、愚蟲の対処法です。ヴァンさんは、この男性よりも物理的に強い。愚蟲に取り憑かれた人の戦闘力は、霊並みになりますからね」


「えーっと……」


 情報が混乱してきた。僕は、傀儡化されそうになっていたのか? スキルを奪われると傀儡になる?


 僕が首を傾げていると、グリンフォードさんは、ポンと手を叩いた。



「あぁ、そうか。こちらの世界の人は、愚蟲の力をご存知ないですよね」


 グリンフォードさんは、集まっている人達をぐるっと見回し、頭を掻いている。そして、国王様の方に視線を移した。ギブアップだろうか。



「はぁ、グリンフォードは、まだ、わかってねぇんだな。影の世界では常識でも、こっちでは未知の話だ」


 国王様の話し方に、所長さんが慌てたようだ。ふふっ、国王様の素性は、バレてないんだな。


「この蟲は、針を使って人間のスキルを奪うんだ。ただ、異界の住人にはジョブボードがない。だから、この世界の人間を乗っ取って、スキルを奪って、強くなろうとしている。旦那様は、いいエサだったってわけだ」


 国王様の話に、ざわざわと騒がしくなった。そして、ヌガーという男を拘束する黒い霧から、皆、離れていく。


 国王様は、さらに話を続けた。


「蟲に刺されたら視界がおかしくなるらしい。洗脳状態だと思ってくれ。その状態でスキルを使うと、使ったスキルが蟲に奪われる。一度奪われると、接触するたびに他のスキルも次々と奪われるらしいぜ」


 ヒッと小さな悲鳴が上がった。ありえない。悪夢のような悪霊だ。


「そして、これを回復しようとすると、その魔法に耐性が生まれる。回復魔法を使えば、回復魔法が効かない身体になるんだ。しかも、回復魔法では蟲の毒は解毒できないらしいから、悲惨だぜ。洗脳には、ただの毒消し魔法は意味ねぇからな」


 だから、神獣テンウッドは何もするなと言い、ブラビィが僕にレジスト魔法をかけたのか。


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