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71、ガメイ村 〜影の世界からの愚蟲

 バチバチバチバチッ!


 目を閉じていても電撃が放たれたことがわかる派手な音に、僕の背中を悪い汗が流れた。だが、僕には何の衝撃もない。電撃を流すと言ったのは、俺の身体ではなく、空中にということか。


 ゆっくりと目を開けると、目の前にドアップのグリンフォードさんの顔が見えた。近い近い近い!


「ヴァンさん、テンちゃの案でいきますね」


 そう小声で囁くと、グリンフォードさんの顔が離れた。テンウッドの案? 離れると顔が何重にも重なって見えて、識別ができない。あぁ、だから近づいて話したのか。



「ヴァンさん、お久しぶりですね。グリンフォードです。目は見えてますか? 愚蟲という実体を持つ霊の、傀儡かいらいの針に刺されたみたいです。左ひじの黒い渦は、見えますか?」


 愚蟲? 蟲? いや、霊? 悪霊? グリンフォードさんは、さっきの囁きはなかったかのように、僕に話しかけてくれた。合わせるべきだな。


「グリンフォードさん? お久しぶりです。えっと目は、ほとんど見えてないです。左ひじは……あっ、黒い渦巻きが見えます」


「やはり、黒い光ではなく、渦が見えていますね。ふぅん、なるほど」


 グリンフォードさんの声の聞こえ方から、周りを見回しながら話しているのだと感じた。



「旦那様、これを飲んでくれ。ってか、本気か?」


「へ? 何?」


「あぁ、いや、なんでもない。見えてないよな? 口に流し入れるぞ?」


 彼がドゥ教会の神官見習いとして来ているのはわかっているが、まさかの国王様に、何かを飲ませてもらうなんて……うぐっ!? ゲホゲホッ!


 口の中に入ってきたドロドロの液体は、温かな諸刃草だ。一口飲み込んだ僕の全身に、猛毒と化した諸刃草が駆け巡る。


 喉が焼け、全身の毛が逆立つようなゾクゾクとする嫌な感覚。僕は、意識が飛びそうになるのを必死に耐えた。なぜ、毒薬を飲ませたんだ!? 


 内臓が燃え、そして全身から汗が吹き出し、それが凍るような波を幾度か繰り返し、呼吸が止まりそうになったとき、ふと急に楽になった。目に映る景色もハッキリしている。蟲の毒と一緒に毒薬が抜けたのか? 互いに打ち消した? でも、そんなことはあり得ないはずだが。



「くっ……ちょ、なぜ温めた諸刃草なんか……ケホケホ」


「おぉっ、本当に耐えた! 俺は絶対に真似したくないけどな」


「死にかけた気分だよ」


 僕がそう返事すると、国王様は悪戯っ子のような笑みを浮かべた。いや、本当に死にかけたんだからな。これは、神獣テンウッドの策なのか?



「ヴァンさん、大丈夫かな? 傀儡の針に刺されたら、メンタルに衝撃を与えるために、驚かせたりするんだけどね……毒薬を使うなんて、確かに一挙両得だね」


「グリンフォードさん、これはさっきの……」


 そう問いかけようとしたとき、グリンフォードさんは僕から視線を逸らした。あの囁きは、知られたくないのか。


 彼の視線の先には、ヌガーと呼ばれた男と、見たことあるような人がいた。あぁ、この人がガメイ村の商業ギルドの所長なのか。何度か、商業の街スピカで見かけたことがある顔だ。



「ヴァンさん、大丈夫ですか? 何かの蟲の毒に当たったのですか」


「おまえが所長か? そのヌガーとかいう商人貴族の仕業だぜ。あ、えーっと、ヌガー様のせいです」


 国王様は言い直したけど、もう遅いよな。怪訝な表情で睨まれてるよ。


「は? 私が何をしたというのだ? ヴァン・ドゥさんは、突然倒れられたのだ。おまえのような神官見習いがいるとは、ドゥ教会の教育はどうなっているのですかな?」


 商人貴族って、こういうタイプが少なくないよな。相手によってコロッと態度を変える人は、信用できない。



「まぁ、ヌガーさん。ヴァンさんはドゥ教会では直接教育はしていないでしょうし、それに、彼はヴァンさんを心配しての言動でしょう。ヴァンさん、もう大丈夫なのですか。当商業ギルド内で、一体、何がありました?」


 所長さんの問いかけには答えるべきだが……影の世界の話は、どこまで大丈夫かわからない。


「いや、僕もイマイチよくわからないんです」


「そうですか。この村に妙な蟲がいるなら、冒険者ギルドに依頼して、駆除せねばなりませんね。どんな蟲なのでしょう?」


 所長さんは、他の職員さんに目配せをした。冒険者ギルドに使いに出したようだな。


「僕は、視界がおかしくなりました。左ひじを刺されたみたいですが、僕は全く気づかなかったので……」


「ふむ、痛みを感じなかったということですね。でも、今は、もう大丈夫なのですか? 見たところ、ヴァンさんの左ひじは、特に問題はないように見えますが」


「念のために、回復魔法をかけておけばいいんじゃないですか? あぁ、ヴァン・ドゥさんの薬師のスキルを使って毒消しとか……」


 ヌガーという男がそう言うと、国王様がギロリと睨んでいる。だが、神官見習いに睨まれても、彼は平然とした表情だ。目の前の神官見習いが、実は国王様だと知ると、どんな態度に変わるのだろうな。


「蟲の毒は、まだ残っていますよ。ヴァンさん、スキルは使わないでください」


 グリンフォードさんは、商人貴族を牽制するかのように鋭い視線を向けている。


「毒が消えてないなら、自分で毒消し薬を調薬すれば良いのではないか? 毒消し薬なら、下級薬師でも作るぞ」


 ヌガーという男は、僕にスキルを使わせたいらしい。



 突然、右手の甲のジョブの印が、焼けるように熱くなってきた。いや、熱いを通り越してしびれているのか、右手の感覚がおかしい。


「グリンフォードさん、ジョブの印が……」


「ほう、いろいろと好都合ですね」


 彼はニッコリと微笑んで、またキョロキョロしている。そして、青い髪の少女を見つけると、ふわりと安心したような笑顔を浮かべた。


 何? 念話で何か話してる?



「もう、同じ蟲の毒は効かないぜ!」


 ヌガーという男の右手を、国王様が押さえつけた。ちょ、フリックさん、何してんの!?


「は? 神官見習いが何を……クッ」


 グリンフォードさんが、商人貴族の腹に一撃をいれた。彼は気を失ったのか、その場にバタリと倒れた。



「えっ? ちょっと、あの……」


「所長さん、説明しますよ。とりあえず、この男を拘束しなさい。ヌガーという男は、もう存在しません。コイツは、ヌガーだった人間を喰った蟲ですよ。正確にいえば、蟲の霊に取り憑かれた……いや、契約のつもりですかね。ヌガーさんの意識は保たれていますから」


 えっ? 商人貴族自身が蟲?


「あの、どういうことでしょうか。それに、貴方は……確か……」


「影の世界の人間ですよ。この世界に害となる霊を潰して回っています。こちらの世界との交流は、もっと文化的にしていきたい。じゃなきゃ、我々は排除されることになりそうですからね」


 グリンフォードさんの言葉に、所長さんは大きく頷いた。そして、丁寧に頭を下げている。彼が、影の世界の人の王だということを知っているみたいだな。


「確かに、ヴァンさんに排除されるかもしれませんね。あははは」


 いやいや、影の世界の人の方が強いでしょ。


「ええ、それは困るので、ヴァンさんとは敵対しないように気をつけていますよ」


 彼らが話している間に、冒険者ギルドから来た職員さん達が、ヌガーという男を魔道具で拘束した。



「それでは弱い。闇結界を」


「えっ? そんな魔道具は……」


「では、サポートしますよ」


 グリンフォードさんが何かの術を使うと、ヌガーという男を黒っぽい霧のような物が覆った。商業ギルドの室内でこれは、少し異様な光景だな。


「これで良し。何が起こったのか、説明しましょう」



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