70、ガメイ村 〜傀儡の針
「確かに、商業ギルドへの登録は、ジョブはソムリエ、スキルが薬師ですな。失礼しました」
商業ギルドの所長らしき男は、媚びるような笑みを張り付けている。こういうタイプは苦手だな。
「いえ、では店員の募集の件、よろしくお願いします」
そう言って立ち去ろうとすると、彼は、僕の左腕を掴んだ。咄嗟に引き止めようとしての行動なのかもしれないが……なぜだ? 彼と目が合ったが、何も言葉を発しないことに違和感を感じた。
あれ? なんだか目がおかしい。二重に見える。毒を盛られたのか? いつ、誰に?
慌てて、僕は正方形のゼリー状ポーションを取り出した。だが口に入れる前に、何かに叩き落とされた。
『主人、何もしちゃダメ。その場に座って、待ってて』
えっ? テンちゃ?
店舗の方に視線を移しても、景色が二重三重に見えて、青い髪の少女の姿は捜せない。
僕は、崩れるようにその場に座り込んだ。
「ヴァン・ドゥさん! どうなさいました? 大丈夫ですか?」
所長らしき男の声が聞こえる。返事をしようとしたけど、なぜか口が重く感じて、話す気になれない。
「ヴァン・ドゥさん、聞こえますか? 聞こえ……クフフ」
笑っている? 彼の声色は心配そうだと感じたが、次第に声が小さくなり、最後には笑ったように聞こえた。商業ギルドの所長なんだよな?
『主人、わかったよ。それ、傀儡の針だって。影の世界の蟲の針に刺されたみたい。左のひじ辺りが黒く光ってる』
えっ? テンちゃ、いつ、なぜ……。傀儡ってことは、操り人形にされる毒?
『その人間が、蟲を隠し持っていたみたい。黒ネズミが言うには、その毒を受けた状態でスキルを使うと奪われるんだって。治療しちゃダメだよ。効かなくなるみたい』
スキルを奪われる? 効かなくなるって何?
『主人、気絶したフリをしてて。お気楽うさぎが、主人にリフレクト魔法を使ったよ』
神獣テンウッドの声は、なぜか眠気を誘う。僕は、重い瞼を開けていられなくなった。リフレクト魔法って、受けた魔法を反射するやつだよね。なぜ、ブラビィがそんな魔法を……。
「どうされました!? えっ、ヴァンさんじゃないですか。それに、ヌガー様がなぜカウンター内に?」
「あぁ、所長さん、どーも。いやね、忙しそうだったから、カウンターも手伝ってやろうと思ってね。ヴァン・ドゥさんから、店員募集の依頼をいただきましたよ」
ヌガー様? 彼は、商業ギルドの所長じゃないのか?
「そうですか、ですが、この状況は……」
「貧血か何かじゃないですかね? ポーションを口に入れようとされてましたからね。白魔導士はいませんかね?」
「あ、あぁ、じゃあ、私が……」
所長と呼ばれた人の方向から、僕に魔力が放たれたのを感じた。
キン!
だが、僕には届かない。ブラビィが使った術が、回復魔法を弾いているようだ。
「チッ」
カウンターの方から、小さな舌打ちが聞こえた。これは、ヌガー様と呼ばれた彼のものか。
「私のスキルでは弾かれてしまいますね。気絶していると自動発動する防御結界か何かのスキルを、お持ちのようです。奥に運んでお休みいただきましょうか」
いや、気絶したフリなんだけどな。
蟲の毒なら、早く対応しないと全身に毒が回ってしまう。なぜ、テンウッドは何もするなと言うんだ? 治療すると効かなくなると言っていたが……意味不明だよな。
それに、スキルを使うと奪われるって……蟲に奪われてしまうのか? 傀儡の針ってことは、蟲の操り人形にさせられる? 影の世界に生息する蟲なんだよな。なぜそんなものを、ヌガーという男は、隠し持っていたんだ?
『主人ぃ、大丈夫だよ。適任を呼んだから。あたしは知らんぷりしてろって、お気楽うさぎが言うから、ルージュのお土産を吟味してるから〜』
うん? 適任? テンちゃ、それって。
「きゃあ! 素敵な人ね〜」
「誰かしら? 見たことないわね。高貴な方かしら」
突然、商業ギルド内にいた女性達が黄色い声をあげ、騒がしくなってきた。高貴な雰囲気で素敵な人? まさか国王様じゃないよな? あ、いや、それなら見たことないとは言わないか。
目を閉じて、気絶したフリをしている僕としては、誰が来たのか知る手段がない。うー、もどかしい。薄目を開けてみようか?
コツコツと近寄ってくる足音。うん? 一人じゃなくて二人いる?
「旦那様、こんなところで寝てたら、身体を壊しますよ」
この声は、国王様!?
「ヴァンさん、変な蟲に刺されたようだな。フリックさん、気付薬はありますか」
これは誰だ? 聞いたことのある声だ。ええっと……。
「ネズミくんが、毒薬でいいと言っていたけど、諸刃草という超薬草ならあるよ。このまますり潰せば傷薬になるが、熱を加えると毒薬に変わるからね、扱いが難しいんだよ」
は? 毒薬? ネズミくんって、リーダーくんのこと? 黒ネズミのこと? だけど、フリックさんは、ネズミと会話なんて……あっ、フリックさんにも従えている泥ネズミがいるのか。
「毒薬か。なるほど、それは良い考えだな」
ちょ、この人、何?
「あ、あの、お二人は、ヴァンさんのお知り合いでしょうか? えっと……」
「俺は、ドゥ教会の見習い神官フリックだ。旦那様が、ガメイ村で襲撃されたという知らせが届いたから、友達のグリンフォードと一緒に来たんだ」
えっ? グリンフォードさん? 彼は、影の世界の人の王だ。国王フリック様と一緒にいたのか。いや、ブラビィが、二人を引き合わせてガメイ村に転移させた?
「襲撃?」
「そ、そんな、何もしておりませんぞ? 勝手に、倒れられたので、私も何がなんだか……」
「はい? あんたは何のことを言っている? 屋敷が魔物に襲撃されて店が血まみれだと聞いたが?」
あぁ、偶然を装っているのか。じゃなきゃ、こんなに早く到着するのはおかしいもんな。
「えっ? あ、あぁ、その話でしたか。ですよね、倒れてすぐに使用人が駆けつけるなんて、あり得ないですわな。そんな念話は……あ、いや、あはは」
ヌガーという男は、妙なことを言う。念話を傍受しているのか? だが、神獣テンウッドとの念話はバレてないみたいだけど。
『主人ぃ、あたしは同じ空間にいるからだよ。この村を囲っている念話傍受の結界は、村の中では距離が近いと傍受できないよ。ま、あたしがぶち破ってもいいんだけどね〜』
えっ? でもテンちゃが村の外にいた、この二人を呼んだんだよね?
『お気楽うさぎが呼んだよ。あたしは伝言係だよ』
でも、ブラビィは、村の外にいるよね? 念話傍受は?
『その結界は、人間の言葉にしか反応しないよ。魔獣の言語には対応してないみたい。だから、あたしが伝言係なの』
あー、だから、ブラビィは直接僕に何も言ってこないのか。そんな傍受結界があるなんて知らなかった。
『盗賊が多いからみたい。でも、傍受した情報を盗賊が傍受してるんだって。人間って変なことばっかりするよねー』
「ヴァンさん、聞こえますか? 自動防御を解除するために、ちょっと電撃を流しますね」
はい? 何ですと?
『主人ぃ、それに合わせて、目覚めたフリをすればいいよ』
ちょ、えっ? 電撃? テンちゃの入れ知恵?




