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7、商業の街スピカ 〜証拠となる服

 僕は、執事長バトラーさんに促され、そのまま部屋をあとにした。エリン様が、気にしないようにと言ったからかな。


「バトラーさん、僕が奥様を診て……」


「ワインの在庫は確認してもらえましたか?」


 僕の話を遮るように、バトラーさんは話を変えた。そうだよな、廊下を歩きながらする話じゃない。


「はい、パーティーに使えそうなワインはありませんでした」


「やはりそうですよね。では、旦那様に相談に行きましょうか。高価なワインを買い揃えるには、特別に許可が必要です」


「かしこまりました」


 僕は一応、返事はしたが、違和感を感じた。ワインのことに無頓着な旦那様ぬ相談? それにファシルド家が、ワインを買うためのお金に苦労するわけがない。出納関係は、すべて、執事長バトラーさんが最高責任者のはずだ。



 ◇◇◇



 コンコン!


 旦那様の私室前に戻ってきた。そろそろ夕食の時間なのに、私室におられるのだろうか。


 カチャリと扉が開かれると、奥様方は居なかった。旦那様はさっきとは違う表情で、側近数人を集めて何か話し込んでいたようだ。


 扉が閉まると、魔道具の稼働音が聞こえた。防音結界か。



「おぉ、ヴァンが見つけてくれたらしいな」


 エリン様のことだよな? 僕は、丁寧に頭を下げる。


「ヴァンさん、今は派遣執事ではなく、いつものヴァンさんとして話してください。エリンお嬢様をどうやって保護したのかを」


 旦那様の側近の騎士にそう言われ、僕は姿勢を戻した。チラッと旦那様の方を見ると、軽く頷いていらっしゃる。


「かしこまりました。では、いつものヴァンとしてお話します」


 僕は、ワイン保管庫の隠し階段から地下へ降りたこと、そしてエリン様を見つけて彼女の部屋へと連れて行ったことを話した。



「エリンの服が血まみれで、酷い異臭を放っていたと聞くが」


 旦那様の耳にも届いていたか。あれだけの目撃者がいたからな。


「はい、見つけたときは、エリン様は首しか動かない状態のようでした。弟さんがバケモノに襲われているのを目撃して、バランスを崩して通路から落ちた、という暗示をかけられているようです。


「その、後から助けに来ると言った黒服が何者かは、わからないか? エリンは、その者に突き落とされたのだろうな」


 旦那様も、突き落とされたと考えたか。


「エリン様は、黒服の顔はイチイチ覚えていないとおっしゃっていました。僕も、通路から突き落とされたのだと思います。エリン様の服に付いていた血は、弟さんのものかもしれません」


 僕がそう話すと、皆、重苦しい表情で頷いている。



「エリンの服を調べさせよう。強烈な臭いの原因は、魔物か」


 旦那様がそう言うと、ひとりが扉の前にいる黒服に合図をした。


「あっ、服は処分しようとされたので、簡易魔法袋に入れてメイドさんに渡してあります」


 出て行こうとする黒服に向かって僕がそう言うと、彼は軽く手をあげた。扉が開いているからだな。扉が閉まると再び、魔道具の稼働音が聞こえた。



「ヴァン、これで4人目なんだよ」


 旦那様は、ため息をついている。いやいや、旦那様が煽るようなことを言ったからだろう?


「旦那様が、三年以内に後継者を決めると、ひと月ほど前に宣言されたのだと聞きました。そのせいではないですか? 国王様が、貴族家の激しい後継争いを禁じられたはずですよね?」


 僕の言い方がキツかったのか、側近の騎士の目つきが変わった。殺気を帯びている。


「屋敷を離れているフロリスは知らないことだ。エリンから聞いたのか。国王様が定められた規律は、裏目に出ると考えたのだ。後継者候補を宣言してから三年以内に後継者を選ぶという規律だが、それを実行した貴族家では、後継者候補全員が暗殺されたそうだ」


「えっ、そんな……」


「ヴァン、貴族家は、そう簡単には変わらない。若き国王が考えることは、ただの理想だ。現実を知らないのだよ」


 候補者を宣言することで、選ばれなかった人の身は安全になるし警護を候補者に集中できると、国王様はおっしゃっていた。それなのに全員が暗殺された? 暗殺者が集中してしまったのか。


「じゃあ、どうすれば……」


「武闘系の貴族家には、無理だろうな。白魔導系の貴族家のように、先に生まれた者と決めても、年の順に殺されるだけだ。まぁ、圧倒的な強者が命令すれば、変わるかもしれない。ただ、その場合には、暗殺者も依頼者もすべて処刑することだ。それが実行できなければ意味はない」


 旦那様も、何とかしたいんだ。でも、その手段がないってことか。圧倒的な強者……か。武闘系らしい発想だ。



 今、当主の年齢的に後継者を決める時期にきている貴族家は、少なくはない。ただ、その中で、圧倒的なチカラを持つ子がいる貴族家では、激しい争いは起こっていない。魔導系の貴族なら、特にその傾向は強い。圧倒的な魔力を持つ者には敵わないことが、わかりやすいからだろう。


 一方で、ファシルド家のような武闘系では、圧倒的な強者はいない。だから、後継者争いが激化する。


 武闘系の貴族家は、よりチカラを増すために、また潰されないためにも、たくさんの伴侶を得る。そのため、自分の子を後継者にしたい母親が、他の子を殺させる。悪循環だ。



「旦那様、ですが今回のように屋敷内で魔物に襲わせるという行為は、さすがに行き過ぎです。ファシルド家の警備体制に穴があると言っているようなものですよ」


 僕は、辛辣な言葉を使う。じゃないと、この旦那様の耳には届かない。


「ヴァン、それは当家への侮辱発言だ! 屋敷内に魔物が入り込むような、ずさんな警備はしていない!」


 側近の騎士が、怒鳴った。殺気がチリチリと痛い。だが、旦那様は、僕の言葉を受け止めて沈黙している。魔物に襲われたことは事実だからな。



 コンコン!


 さっきの黒服が戻ってきた。その表情は青ざめているように見える。セイラ奥様に何かあったのか?


 魔道具の稼働音を確認して、彼は口を開いた。



「ヴァンさん、エリン様の服は、貴方がその場で処分されたとメイドが言っています」


「えっ? 魔法袋に入れて渡しましたよ?」


 ちょっと待て。僕に、何かをなすりつける気か。


「他の黒服も皆、いや、一番若い黒服は何も見ていないと言っていましたが、他の黒服はメイドと同じです。エリン様も処分を命じたと……」


「エリン様が処分を命じてシャワーに入られたから、その後、僕が証拠になるからと提案して、使い捨ての魔法袋に……」


 僕は、そこで口を閉じた。

 こんな反論をしても意味ないよな。



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