69、ガメイ村 〜商業ギルドにて
「これ、かわいい。こっちもかわいい」
青い髪の少女は、商業ギルドの店舗をウロウロと歩き回っている。僕は、その後ろをついて回っている状態だ。
しかし、放っておくと無限に買いそうだな。お金はあるのだろうか? 神獣テンウッドに、お金に関する知識がないとは思えないけど。あぁ、僕に買わせる気かな。
「テンちゃ、たくさん手に持ってるけど、そんなに買わないよ? お土産なら、一つでいいでしょ」
「うん? 主人が買うわけじゃないから、関係ないじゃない。あたしは、買い物をするために冒険者をやってるんだからっ」
そう言うと青い髪の少女は、冒険者ギルドカードを僕に見せてくる。持っていた土産は、彼女が手を離しても空中に浮かんでいるから不思議だ。
「えっ、もう、Dランクなの?」
「うん、でもランクはどうでもいいの。討伐は受けないし、時間のかかるのも受けないから、ここから先はなかなか上がらないって」
「テンちゃなら、討伐は得意でしょう?」
「ダメなのっ。血の臭いは洗ってもすぐには消えないから、すぐに帰れないもん。ルージュが血の臭いは不快に感じるの。だから討伐すると、臭いが消えるまで時間かかるから、受けないのっ」
へぇ……まぁ、それなら他の冒険者の仕事が取られることもないか。ただ、神獣テンウッドは、戦闘狂なはずだ。真っ先に討伐の依頼を選ぶと思ったけど。
もしかして、今、こうして買い物をしているのは血の臭いを消すためか。青い髪の少女は、いつもなら人混みを避けるのに、今は逆に人の中に入っていく。
ギルドの職員さんからカゴを渡されると、青い髪の少女は僕の方を振り返った。
「お父様ですか? お嬢様の手がいっぱいだったので、買い物カゴをお渡ししました」
は? お父様?
「主人は、ルージュのお父様だけど、あたしのお父様じゃないよっ。家族だけどっ」
ちょ、テンちゃ!?
「あぁ、使用人なのかな? いや、片親違いの子か。失礼しました。ごゆっくりお買い物をお楽しみください」
「うん、ルージュにお土産を買うのっ」
青い髪の少女に笑顔を向け、僕には微妙な作り笑顔の職員。絶対に、変な誤解をしているだろう。テンウッドの素性がバレるよりは、マシか。
カゴを渡されたことで、彼女の買い物欲は、さらにパワーアップしているようだな。
「テンちゃ、僕は店の店員依頼をしてくるよ。会計するのは、僕が戻ってからね」
「うんっ、あたしだけだと子供扱いして売ってくれないから、主人が戻ってくるまで、お土産を見てるよっ」
「僕は、あっちのカウンターにいるからね」
指を差して教えたのに、青い髪の少女は見ていない。まぁ、見えているのかもしれないけど。
◇◇◇
「商業ギルドカードは、お持ちですか?」
依頼カウンターに並ぶと、すぐに僕の番が回ってきた。村の商業ギルドでは、ほとんどの依頼者のことは、職員が熟知しているようだ。
「はい、依頼をするのは初めてですが」
商業ギルドカードを提示すると、職員さんが魔道具を使って、僕の履歴を確認し始めた。だけど、すぐに奥に走っていってしまった。新参者には、審査が厳しいのか。
しばらく待っていると、身なりの良い男性と共に、職員さんが戻ってきた。
「ヴァン・ドゥさん、あぁ、何ということだ。やはり先程の堕天使は、貴方が来たことを知らせていたのですな」
はい? 堕天使ブラビィが、何? あの後、すぐに消えたと思うけど。
「ええっと、ちょっと店が襲撃されたので、心配性な従属が来てしまいまして……。お騒がせしてすみません」
「いえ、とんでもありません。堕天使をこの目で見ることができて、何とありがたいことか」
堕天使だよ? 天使じゃないよ?
「ははは、はぁ」
「あぁ、すみません。えっと、今日はどのようなご依頼で……いや、店が襲撃されたとおっしゃいましたな? その犯人探しなら、冒険者ギルドか。おい、冒険者ギルドの所長を呼んで来い!」
「いえ、犯人探しの依頼ではありません」
僕は慌てて、職員さんを止めた。はぁ、なんだか注目を集めてしまったな。盗賊らしき人もいる。この注目を利用するか。
「ヴァン・ドゥさんなら、確かに自力で犯人くらい捕まえられますよね。失礼しました」
この人は、ガメイ村の商業ギルドの所長か。初めて見る顔だけど、身なりや言葉の使い方から考えて、商人貴族であることは明らかだ。商業貴族が相手なら……余計な情報は与えない方がいい。
「ええ、そんなことより、店員を募集したいのですが」
「おぉ! えっと、新しい通り沿いの物件を借りていただいたのでしょうか。ヴァン・ドゥさんのお名前は、ええっと……」
その男性は、魔道具を操作しながら首をひねっている。
「僕が借りたわけではありません。僕の妻の姪にあたるお嬢様が成人されましてね。社会勉強の一環として、ワインの買い付けをしてみたいそうです」
「おぉっ! それはそれは……えっと、どちらのお嬢様でしょうか。ドゥ家と血縁関係にあるということは、神官家であるアウスレーゼ家との血縁関係ということですよね。えーっと」
そんなことまで知っているのか。彼は、魔道具を操作しながら、あれこれと考えているようだ。だが、アウスレーゼ家から嫁いだ貴族家は少なくないだろう。
ぶつぶつと貴族家の名前を出しつつ、百面相だな。
「ファシルド家のお嬢様ですよ」
そう教えると、彼の表情はパッと明るくなった。いや、ギラギラと輝いたという方が適切だな。
「なんと! 超有力貴族ではないですか。お近づきになりたいと願っていたのですよ、ハイ。えーっと、フロリス・ファシルド様ですな? あっ、フロリス・ファシルド様といえば、神矢ハンターのジョブを得られた美しいお嬢様ですな。これはこれは、なんとまぁ」
「明日から開店準備を始めたいと考えています。雇いたい人の条件は、ワインが好きで温厚な方です。性別や年齢、スキルやジョブは問いません。できれば、妖精の声が聞こえる人がいいですが」
「それだと集まりすぎてしまいますよ? ヴァン・ドゥさんだけでなく、フロリス・ファシルド様までいらっしゃるなら、お近づきになりたい者は……」
は? 何を言ってるんだ? 本当に所長か?
「お近づき? 僕は、仕事をしてくれる人を探しています」
「はぅ、失礼しました! えーっと、では、どのような店になるのか、給料などもお尋ねしたく……」
「ワインを計り売りする食堂をする予定です。給料は、相場と同等程度でお願いします。募集人数は、交代制で毎日3人程度ほしいから、5〜6人かな?」
「ほう? ワインの計り売りなんて、管理が大変ですな。ワインは開けるとすぐにダメになるから、採算がとれませんよ。あぁ、それならソムリエも必要ですな。ソムリエがいれば、ワインを廃棄することにはならないでしょう。ただ、ソムリエは、給料が高いのですがね」
いやらしい笑みだな。
「僕は、ジョブ『ソムリエ』ですから、ソムリエは不要ですよ」
「ええっ? ヴァン・ドゥさんは、薬師なのでは? いや、魔獣使いだったか?」
おいおい、本当に所長か?
「商業ギルドの登録は、ソムリエと薬師にしてありませんか? 僕は、超級薬師で極級魔獣使いですが、ジョブは『ソムリエ』ですよ」




