68、ガメイ村 〜ヴァンの違和感
「主人ぃ、魔物が残されてるよ。逃げ出そうとしてたから拘束した。村の中で魔物が暴れると、あたしの責任になるって、アイツが言ってる」
青い髪の少女は、空に浮かぶ堕天使を睨みながら、そう言った。頭を撫でたためか、少女の声が少しやわらかくなっているように感じた。
「そっか。テンちゃ、ありがとう。奴らは魔物を道具扱いしていたからな。こんな風に、使い捨てるなんて……すべては人間の……」
魔物は被害者だというようなことを言いそうになり、僕は言葉を飲み込んだ。魔物に何の罪もない、とは言えない。魔物に傷つけられた人間も多い。それに、操られて嫌々ながら人間を襲うモノばかりではない。大半の魔物は、人間を嬉々として襲っている。
「主人ぃ、残された魔物はどうする? 殺す?」
青い髪の少女は、僕を試しているのだと感じた。そう、彼女は、氷の神獣だ。多くの神獣が居た時代には、その神獣の中で最も地位が高かったようだ。統制を司る神獣なんだから。
「テンちゃ、拘束してくれてる魔物は、さっきの人間と主従関係があると思うんだ。それを断ち切れるかな?」
「そんなの、主人が覇王を使えば、支配できるじゃない」
「人間の支配を消したいんだ。僕は、覇王は簡単には使わないよ。従えた魔物は、僕の家族でもあるんだからね」
そう説明すると、青い髪の少女の表情はふわりと柔らかくなった。へぇ、こんな顔もできるのか。
「じゃあ、主人の家族のルージュも、あたしの家族だよねっ」
「うん、そうだね」
「じゃあ、その泥ネズミも……まぁ、うん、泥ネズミは、ルージュを笑わせるから家族でいいや。だけど、ルージュが感謝してる人間を傷つけた魔物は、家族にしない」
家族という言葉で、青い髪の少女の表情は、ガラリと変わった。魔物を殺してしまいそうだな。
「テンちゃ、あの魔物達の人間との主従関係を断ち切れる?」
統制の神獣には、その力があるはずだ。僕との主従関係は、彼女が自由になるための交換条件だから、覇王を受け入れているだけだ。いつでも彼女は、術返しができる。
しばらく、テンウッドは、あちこちを睨みながらジッとしていた。
空に浮かぶ堕天使は、人々の視線を惹きつける役割らしい。派手に飛び回っている。
「主人ぃ、魔物は、野に放つ?」
「うん、生息地に転移させられる?」
「できるよ。転移は、腹黒な天兎がやるみたい。あたし、ルージュが感謝してる人間を傷つけた魔物も、許さないよ。うふふ、共倒れ、するかも」
青い髪の少女は、不敵な笑みを浮かべている。
「共倒れ? どういうこと?」
「主従関係を逆転させたよ。そしたら、あの魔物達、主人だった魔獣使いを殺すって言ってた。だけど、野に放つから、運が良ければ会わない。でも、あの人間が、また魔物を利用しようとして生息地に行くと、どうなるか知らな〜い」
いわゆる術返しをしたってことだろうか。当事者じゃなくてもできるのか。あぁ、テンウッドが、魔物達に一時的に術返しの力を貸したのかもしれないな。
テンウッドは、なんだかソワソワし始めた。早くルージュの側に戻りたいのだろう。
「テンちゃ、ありがとう。もう帰ってもいいよ」
「主人ぃ、あたし、ルージュにお土産を買って帰るから。でも、この村は、あたしを子供扱いする」
「この村には、大人しか旅人は来ないからね。ブラウンさんの治療をしてから商業ギルドに行くけど、一緒に行く?」
「うん、行くっ! ルージュにお土産を買うの」
ほんと、ルージュのことが大好きだよな。あっ……。
青い髪の少女は、一瞬輝くと、ブラウンさんに何かを放った。高度の回復魔法だ。氷の神獣は、こんなこともできるのか。
ブラウンさんは、何が起こったかわからないのか、驚いた顔をして固まっている。ポーションで治せてない怪我も、完治したのだろう。
「これでいいよね。主人、行こっ。泥ネズミが見張りをするって言ってるよ。フロリスは、どうする?」
「えっ、私は、ブラウン先生が心配だから……」
「フロリスさん、俺はもう何ともない。奇跡のような回復魔法だな」
ブラウンさんがスッと立ち上がると、フロリスちゃんは、やわらかな笑顔を見せた。
「じゃあ、上の部屋の確認をしておくよ。その代わり、私が、一番景色の良い部屋をもらうんだ〜」
ファシルド家のお嬢様なんだから、フロリスちゃんを優先するに決まっているのに。
「そうだな。2階と3階の確認をしておこう。ドルチェ商会の人達に家具を入れてもらったけど、侵入者が何かを仕込んだかもしれないからな」
確かに、それは必要だな。
「わかりました。僕は商業ギルドと冒険者ギルドに行ってきます。1階の惨状はこのままにしておいてください」
「あぁ、わかってる。痕跡を追うスキル持ちが見つかればいいが」
ブラウンさんとフロリスちゃんが、2階へと上がっていくのを見送り、僕は、屋敷をあとにした。
◇◇◇
「あぁ、ヴァンさん、そろそろ搬入は完了ですよ〜」
商業ギルドに着くと、顔見知りのドルチェ商会の人が声をかけてくれた。僕は、気になっていることを直接尋ねようと決めた。疑っているわけではない。だけど襲撃に気づかなかったのか? 僕は、少し違和感を感じていた。
「はい、ありがとうございます。搬入してくれた人達は、ドルチェ商会で直接雇われているのですか?」
変な聞き方になってしまった。だけど、彼は特に気にする様子はない。
「配達は、責任者以外は、商業ギルドを通じて雇っています。1階で店をされるんですよね? 明日から開店ですか? 店員は募集すれば、すぐに集まりますよ」
微妙に勘違いしてくれて助かった。
「その募集も兼ねて、こちらに来たんですよ。1階は商業ギルドで、2階は冒険者ギルドかな」
僕がそう返すと、彼は少し怪訝な表情をした。
「ヴァンさん、冒険者ギルドにも用事があるのですか? 何か、当商会が不手際を?」
彼の表情は、険しい。どうしようかな。どう話せばいいか、わからない。
「配達の間、留守番は、一人しか居なかったの。買い物から戻ったら、留守番は瀕死の重傷を負っていたの。配達の人は、何も知らないの?」
げっ、テンウッドが……。
「えっ……ヴァンさん、どういうことですか? このお嬢ちゃんは……」
「あたしは、家族だからっ」
青い髪の少女は、その意味がわかって言ってるんだろうか。ドルチェ商会の人は、一瞬驚いた顔をして……微妙な表情に変わった。何を想像されているのかは、触れないでおくか。
「事実です。僕がお嬢様と市場に買い出しに行って、戻ってきたときには、もう一人の黒服が瀕死の状態でした。搬入が終わった直後に襲撃されたのか、1階は魔物の血も大量に……」
そこまで話すと、彼の表情は青ざめていった。
「ヴァンさん、ちょ、ちょっと調べます。搬入が終わっても、お嬢様が戻られるまで、誰か必ず待機するはずです。それが居なかったか、もしくは……。すみません、すぐに調べます!」
ドルチェ商会の彼は、商業ギルドの奥へと駆け込んで行った。結果的には、これでよかったか。
「主人ぃ、早くルージュへのお土産を見たいの」
「あぁ、わかったよ、その奥かな」
僕達は、商業ギルドの店舗へと向かった。




