67、ガメイ村 〜不機嫌な青い髪の少女
「きゃあ、ブラウン先生!」
慌てて駆け寄ろうとしたフロリスちゃんを、僕は制した。そして、魔獣サーチを使う。床に飛び散る多くの血痕には、人間の色ではないものが混ざっているためだ。
ブラウンさんが階段の前にいたのは、奴らを上に行かせないようにするためか。だが既に、2階も3階にも魔物がいる。サーチはできてないが、おそらく人間もいる。じゃなきゃ魔物を扉の死角に隠せない。
ガランとした血痕だらけの1階にも潜んでいる魔物がいるようだな。コイツらは負傷している。きっとブラウンさんに斬られたんだ。だけど逃げないということは、やはり近くに人間がいる。
「ヴァン、どうして!」
「フロリス様、落ち着いてください。ブラウンさんの頑張りが無駄になってしまいますよ」
僕は少し強い言い方をした。フロリスちゃんは、僕の言葉の意図を理解したようだ。コクリと頷くと、クルリと後ろを向いた。背後を警戒してくれているようだな。
魔物を使う襲撃は、ヒルース家やヨルース家だけがやってるんじゃないのか? 床に飛び散っている血痕の量から考えて、ブラウンさんは、少なくとも数体の魔物を倒している。だが、その屍がない。影の世界の魔物に喰わせたのか。
あぁ、そうか。ヒルース家もヨルース家も、ファシルド家に手を出さないという約束をしたけど……。
だからブラウンさんは、悪い、と言ったんだ。
「隠れてないで、出てきたらどうですか。ハーシルド家の後継争いにまで、魔物を使わないでくださいよ」
僕が強い口調でそう言うと、壁の一部がわずかに揺れた。魔物を壁に擬態させているらしい。だけど、青い血が流れてるんだよな。
『我が王、まっくろっくろな黒ネズミを、ドバドバドバッと集めましたでございますです』
泥ネズミのリーダーくんからの念話だ。どこにいるんだろう? あっ、まただ。
僕の頭の上に、やわらかいものがポテッと落ちてきた。ほんと、いつも僕の頭の上に登場するよね。
僕か両手を出すと、手のひらに飛び降りた。そして、それと同時に賢そうな個体も現れた。
『我が王、いま、影の世界からこちらへは、魔物は移動できません。黒ネズミの大群を恐れて、影の世界に居た人間が、こちらの世界に戻りました』
そっか、対処してくれたんだね。ありがとう。
『にゃははははは〜、まっくろくろを集めましたのですよ〜』
リーダーくんがアピールしている。僕は、そっと親指でリーダーくんの頭を撫でておく。
『ぬほほほほほ〜ん、うひゃひゃひゃひゃひゃ〜』
リーダーくんは、僕の手のひらで転がっている。落っこちても知らないよ?
そんなリーダーくんを冷たい目で睨み、賢そうな個体が僕に視線を移した。
『我が王、お気楽うさぎのブラビィ様から、完璧に叩きのめせとの伝言です。準備が整うまで待てともおっしゃっています』
うん? なぜブラビィは伝言なの?
『いま、どこかに交渉に行かれているようです。あっ、ピオンになってろと、新たな伝言が届きました』
はい? 訳わからないけど……。
「ヴァン、どうするのよ。ブラウン先生が……」
「フロリス様、大丈夫ですよ。ブラウンさんは傷は多いですが、深いものはないようです。それに倒れる前に、ゼリー状ポーションを口に入れたようです」
僕は、小声で説明しながら、魔道具メガネをかけた。
あっ、人間が二人か。魔道具メガネは、隠れている人の感情も、色で示すんだな。始めからこれを使えばよかった。だから、ブラビィは変な伝言をしてきたんだな。
「あ、あれ? ジワジワと変わるのね」
フロリスちゃんは、僕の見た目の変化に目を見開いている。彼女の目の前で魔道具メガネをかけたことはなかったっけ。
『我が王、ショータイムだという伝言が……』
賢そうな個体が首を傾げながら、ブラビィからの伝言をそのまま伝えてきた。準備が整ったらしいな。たぶんブラビィは、僕に合わせるだろう。
「隠れている二人! あぁ、無駄ですよ。僕に魔弾は当たらない。それに、壁に擬態させているのは、ボックス山脈に生息するマネコンブの派生種かな。魔物は生きているんですよ? それなのに防具扱いですか。なんてかわいそうなことをするんですか」
僕は、強い口調で壁に向かって喋る。その壁に隠れている人の感情が恐怖に変わった。だが、2階にいるもう一人は、攻撃色のままだな。
「2階にいる人には、聞こえてないのでしょうかね。異界からそこに入ったようですが、異界には戻れませんよ? 黒ネズミの大群が、キミを狙っていますからね」
2階の人の感情変化が激しい。一瞬、怒りに変わり、その後、驚き、そして恐怖。サーチをしなくても、奴の行動が手に取るようにわかる。僕の言葉にムカつき、そして影の世界を覗いて震えたってとこか。
「えっ? テンちゃ?」
僕の背後を警戒していたフロリスちゃんが、驚きの声をあげた。振り返ると、不機嫌そうな青い髪の少女が立っていた。
「主人、なぜ、あたしが呼ばれるわけ? こんなザコ、簡単に蹴散らせるじゃない」
氷の神獣テンウッドが現れたことで、屋敷内にいる魔物達が一斉に逃げだそうとしている。だけど、魔獣使いがそれを許さないようだ。
ワッと、歓声があがった。
はぁ、ブラビィ、何やってんだよ。空に浮かぶ堕天使……。それを睨む青い髪の少女。これがショータイムってこと?
『オレの主人に縁のあるお嬢様を襲撃するバカは、殺してもいいって言われてんだよな〜。なー、神獣テンウッド!』
ほんと、なに言ってんの? 念話はどこまで届けてるんだ?
『うるさいよっ! あたしは、こんなザコを片付けるために呼ばれたの? ありえないんだけど』
念話で応戦した青い髪の少女からは、不機嫌な怒りのオーラが漏れている。それだけで、壁に隠れていた人の感情は絶望に染まっていく。
「テンちゃ、そのオーラは引っ込めてくれる? ブラウンさんにも、ダメージになる」
「主人、そんな人間、あたし、どうでもいいんだけど」
「ブラウンさんは、ファシルド家の黒服をしてるんだ。こないだ海辺の町カストルで、ルージュが世話になったんだよ」
僕がそう言うと、青い髪の少女の怒りのオーラは、スッと消えた。そして部屋の中に入っていく。僕も少女について行くと、ブラウンさんがゆっくりと上体を起こした。
「あっ、ルージュの脱走を見逃してくれた人ね。この人にルージュは感謝してた」
はい? 脱走?
「ブラウンさん、大丈夫ですか」
「あぁ、今、二つ目のグミポーションを食べたよ。えっ? この子は、まさか、神獣テンウッド?」
「あたしは、テンちゃ。ルージュが感謝してる人を傷つけた人間、許さない。殺してくる!」
「テンちゃ、待って」
屋敷に潜んでいた二人は、帰還の魔道具を使ったらしく、スッと姿を消した。僕が止めてなかったら、魔道具が発動する前に二人は死んでいただろう。
「主人、なぜ止めるの?」
「逃す方が、抑止効果があるからだよ」
「でも、ルージュが感謝してる人を傷つけた!」
「テンちゃ、ありがとうね。ルージュを大切にしてくれて」
僕は魔道具メガネを外すと、青い髪の少女の頭をそっと撫でた。




