66、ガメイ村 〜市場での調査
僕は、店主から新酒の未開封の樽を1つ買った。10リットルくらいの小さな樽だ。価格は、予想よりも随分と安かった。瓶詰めできないという事情から、安く設定してあるのかな。
「ソムリエさん、ありがとうね。他にも小屋に未開封の新酒があるんだよ」
店主は、売る好機だと考えたらしい。
「じゃあ、店に持ってきていただければ、買いますよ。今日、ガメイ村に来たばかりなので、店にする予定の1階は、まだガランとした空間なんですけど」
「正確な場所を教えてもらえるかい? 明日、配達するよ。もちろん、値段は勉強させてもらうからさ」
必死だな……。
フロリスちゃんに視線を移すと、彼女は店主に地図を見せた。あぁ、うーん、まぁ、仕方ないか。だけど絶対、夜盗が来るよな……。後方から覗いている人が数人いる。
「おじさん、ここなの。商業ギルドでもらった地図なんだけど……」
「おぉっ! この新しく開発された通りですね。貴族の別邸が立ち並ぶ場所からだと、村の食堂が並ぶ通りまでは遠いので、新たに商業通りが作られたんですよ」
ふぅん、貴族と関わりたくないから、壁の意味があるのかな。あぁ、こうすることで、盗賊達が通りの向こう側に行くと考えたのか。
確かに、大きなぶどう産地の村は、村の門の近くに食堂が並んでいる。これは、買い付けにきた商人達が利用しやすいようにという工夫なのだと思う。
僕が住むデネブのすぐ隣のカベルネ村も、似たような感じだ。デネブ側の門の近くは畑ばかりだけど、王都からの道側の門の内側には、たくさんの店が並んでいる。
「新しい商業通りの店なのかい? じゃあ、野菜も必要だよな?」
「ウチは、肉屋をやっているんだよ。この露店とは別に、門の近くに店があるんだ」
話を聞いていた他の露店の店主からも、次々と声がかかった。みんな、僕達をカモだと思ってないか?
何も知らない貴族のお嬢様の社会勉強だと思われている気がする。それなら、儲けを出す必要もないし、納品される物も、適当な粗悪品になるかもしれない。
「ヴァン、この村って、みんな優しいねっ」
フロリスちゃんは、嬉しそうに無邪気な笑顔を浮かべた。天使のような笑顔に、罰の悪そうな顔をした人がいたのを僕は見逃さなかった。逆に、彼女以上に嬉しそうな笑顔を浮かべる人もいる。
「そうですね。フロリス様、どんな料理を出す食堂にしましょうか」
「うーん、そうねぇ。この村の人が気に入ってくれそうな店がいいよね。皆さんは、どんな店によく行くのですか?」
へぇ、しっかり考えてるんだな。フロリスちゃんに視線を向けられた人達は、やわらかな笑顔を浮かべている。罰の悪そうな顔をしていた人は、何かを考え込んでいるようだ。
「俺が行く食堂は、安いとこだよ。あまり自由に使える金がないからな」
安い店か。たぶんガメイ村は、貧富の差が激しいよな。
「あっしは、美味い店だな。多少高くても、かぁちゃんの飯より美味い店じゃないと、かぁちゃんに叱られるからな」
奥さんに納得してもらえる店ってこと? これは、厳しい条件だ。
「俺は、新しい店に行くときは、客層を見るよ。たまに、とんでもなく高い金を巻き上げる店があるからな」
客層? どういうことだろう?
「あぁ、それは、盗賊団のアジトになってる店だろ? 店構えは普通なのに、入ったら目つきの悪い客だらけで……俺はすぐに逃げたぜ?」
盗賊団のアジトか。
「そうそう、新しい店って、そういうのが多いんだよな。盗賊団のアジトじゃなくても、客が盗賊ばかりの店もあるから恐いよ」
この村が、盗賊の影響が大きいことが伝わってくる。フロリスちゃんは、複雑な表情だ。
「あっ、お嬢さん、いや、えーっと……」
明らかに動揺する露店の店主達。せっかくの良いカモを、自ら逃してしまいそうだと、慌てているかのようだ。
「どうしよう、お嬢さん、店をやめるなんて言わないよな? あー、失敗したな」
フロリスちゃんの表情が暗いのは、店をやめるか悩んでいるわけではない。
「皆さん、貴重なご意見をありがとうございます。店は、やりますから……えっと、心配ありがとうございます。盗賊が多いのが、問題になってるんですね」
フロリスちゃんは、言葉を選びながら、彼らにそう問いかけた。表情にも気をつけているようだ。治安維持のためにガメイ村に来たとは、知られるわけにいかないからな。
「まぁ、狙われるのは大抵が、浮かれた旅人と、貴族の別邸を訪れるどこかの使用人だ。ガメイ村に住むなら、そんなに心配はいらないと思うよ」
そう言いつつ、目が泳いでいる店主。おそらく、お金のない農家は狙われないというだけだろうな。
「わかりました。ありがとうございます」
フロリスちゃんは、ふわりとやわらかな笑顔を見せた。店主達は、罪の意識からか、愛想笑いなんだよね。
でも、これでいい。僕達が、王命を受けてきたとは、誰も思わないよな。王命とは言っても、ファシルド家から申し出たみたいだけど。
ファシルド家の旦那様は、おそらくアーチャー系の3つの貴族を監視したいんだろうな。きっと、ハーシルド家が接触してくるから。
それに、このガメイ村の農家に、奇妙な芋の栽培を広めていることからも、この村から手を引く気はないと判断できる。
妖精の声が聞こえなくなる毒を、自ら栽培しているなんて……農家の人達が知ると大混乱だろうな。そして、その芋をこの村に持ち込んだ者は、芋がダメなら次の手段に出るだけだ。
あぁ、その芋を僕が使えば良いのか。ジョブボードのスキルを使わなくても、何が毒なのかは、ガメイの妖精が教えてくれるだろう。
「あの細長い芋を買って帰りましょう。使えそうなら、いろいろな料理にできますし」
僕がそう提案すると、フロリスちゃんは首を傾げた。ガメイの妖精から、何かを聞いたのかな。
「夕食の買い出しも必要だよ。それから、商業ギルドにも行くんでしょ?」
「そうですね。夕食の買い物をして帰りましょう。ブラウンさんを放ったらかしてますし。商業ギルドは、店の構造が決まってからにします」
「うん、わかったわ」
僕達は、市場でいろいろな食材を買い、そして、ファシルド家の別邸へと戻った。
◇◇◇
「ブラウン先生、ただいま〜」
元気よく、1階の扉を開いたフロリスちゃん。だが、そのまま、両手を口に当て、固まってしまっている。
1階のガランとした部屋は、おびただしい量の血痕で汚れていた。
「おかえり……悪い……な」
2階への階段に座っていたブラウンさんは、そう言うと、ガクリと前のめりになり、そのまま崩れるように床に倒れた。
皆様、いつもありがとうございます。
今日、11月第3木曜日は、ボジョレーヌーボーの解禁日ですね。買いに行きたいけど、今、私は、めまいの薬を服用中のため禁酒中です(涙)
今、ヴァン達はガメイ村にいますが、物語では、ぶどう産地の村の名前は、ぶどうの品種名を使っています。
ボジョレーヌーボーは、このガメイ(ガメ)というぶどう単一品種から作られる、フランスのブルゴーニュ地方ボジョレー地区の新酒の赤ワインなのです。
ヌーボーは、炭酸ガスをタンクに充満させる少し特殊な方法で作られるそうです。長期熟成させることは予定してなくて、開栓しなくても、あまり長持ちしません。個人的には年内かなって思います。
あっ、それから、フルボトルを買ってしまうと、飲み残してしまいがちですよね。開栓すると劣化していくので、翌日には飲んでしまいたい。
私は、邪道だと言われそうですが、翌日の赤ワインは、ジュースやジンジャエールやコーラで割ります。ボジョレーヌーボーは、その年の出来によって、何で割るのが美味しいかは異なる気がします。ちっこいグラスにミニカクテルを作って遊ぶのも、翌日の赤ワインの楽しさですよね。
はぁぁ、やっぱ買いに行こうかな? でも円安のせいで、めちゃくちゃ高いですよね。はぁぁあぁ(꒪⌓꒪)




