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65、ガメイ村 〜一部の農家の異変

「まぁっ、それなら買ってみましょうよ。樽に入ったワインなんて、初めてだわっ。ね〜、いいでしょ?」


 フロリスちゃんは、目をキラキラと輝かせて、僕の袖を引っ張っている。完全におねだりをする駄々っ子と化しているみたいだ。


 彼女なら、立場的に、僕に命じることもできるのにな。最近、こんな子供っぽさが増えてきたような気がする。成人した反動なのだろうか。



「お兄さんも、貴族様なのでしょうか。ワインに詳しいようで……あぁ、貴族の方々には、【富】に関する知識は、必要な教養なのですよね」


 へ? 僕が貴族に見えるのか? 一瞬、返事に困ったけど、ぶどう産地で下手な隠し事はできないな。ほとんどの農家の人達には、ガメイの妖精の声を聞く技能がある。


「いえ、僕は、平民ですよ」


「ええっ? ヴァンは、平民ってわけじゃなくない? だって、フランちゃんの旦那様じゃない。あっ、えっと、言っちゃいけなかったっけ?」


 僕の素性をバラすのは、ガメイの妖精だけじゃなかった。


「あはは、えーっと……」


 咄嗟に上手い言葉が浮かばない。


「でも、ヴァンはヴァンだもんねっ。そんなことより、計り売りの赤ワインを買ってみるでしょ? ね? 買うよねっ?」


 フロリスちゃんは、なぜそんなに計り売りに心を惹かれているんだ? 計り売り……あぁ、それがいいかもしれないな。



「店主さん、ちょっと試飲させてもらえますか? その分のお代も支払いますから」


「あぁ、じゃあ、コップに……」


 コップを探そうとする店主。だが、ホコリだらけのコップだと、正確な試飲ができない。僕は、魔法袋からワイングラスを取り出した。


「こちらにお願いします」


「ほぇ、貴族様は、グラスを持ち歩いているのか」


「いえ、僕は貴族じゃないですよ。ぶどう農家の生まれです」


 そう話すと、店主の表情から愛想笑いが消えた。


「なんだ、あんた、俺達と同じ農家か。意地が悪いな」


 あぁ、ライバル視されたか。フロリスちゃんまで睨まれてるよ。マズイな。


「僕は、リースリング村で生まれたんですが、ジョブは、農家ではありません。ソムリエです」


「は? リースリング村? 白ぶどうの産地じゃないか。なんだ、それを早く言ってくれよ」


 店主に、愛想笑いが戻った。


 赤ワインのぶどう産地は、ライバル視しているのだろうか。でも、僕が住むデネブの隣のカベルネ村では、そんな話は聞いたことがないけどな。



 店主は、僕が差し出したグラスに、樽からワインを少し入れて渡してくれた。


「あら、ちょっとだけなのね?」


 フロリスちゃんは、なぜか不満げだ。


「試飲は、これくらいで十分ですよ」


「ふぅん、よくわかんないけど、わかったわ」


 不機嫌そうにも見える膨れっ面の彼女に、店主は少しオロオロしているようだ。なんだか落ち着きがない。いや、僕の方をチラチラ見ているのか。



 僕は、まず、そのままの香りを楽しむ。うん、フレッシュな新酒ヌーボーの元気さを感じる。だけど、少し土っぽさも感じるな。樽の香りは特にない。


 くるくるとグラスを回し、再び香りを楽しむ。ベリーっぽさが際立ってきた。うん、なかなか良い感じだ。


 口に含むと、想像通り、元気でフレッシュなフルーティさを感じる新酒ヌーボーだった。だけど、ぶどうの妖精の声は、ほとんど聞こえない。



「店主さん、この新酒ヌーボーは、店主さんが作ったんですか?」


「えっ? あ、いや、俺の畑で採れたぶどうを使って、村の醸造所で新酒ヌーボーを作ってもらったものだが……あんた、ソムリエって言ったか?」


「はい、ジョブ『ソムリエ』ですよ」


「じゃあ、この新酒ヌーボーが瓶詰めできない理由がわかったか」


 瓶詰めできない?


「味も香りも問題ないのに、ワインの中に含まれるぶどうの妖精の声が弱いですね」


 僕がそう指摘すると、店主はガクリと、うなだれた。


「レストランのソムリエにも同じことを言われた。瓶詰めすると、すぐに劣化して酸化してしまうんだ。レストランのソムリエは、畑の土が悪いんじゃないかと言っていたが、土を入れ替えても変わらない。俺の畑の近くの何人かも、同じ状況だ。呪われているのだろうか」


 もしかして、その一部が、ポスネルクのような魔物を生み出す畑になっているのだろうか。だが、ぶどう農家の畑に、そんな仕掛けを……ありえないよな。ガメイの妖精が騒ぐはずだ。


 店主は、フロリスちゃんの方を見ている。彼女が、不思議なジョブだと言ったからかな。



「ヴァン、店主さんの畑を見に行こうよ。何か異常があると、ヴァンならすぐにわかるでしょ?」


「ですが店主さんは、いまお仕事中ですし……」


 そう言いかけると、目の前にガメイの妖精達が降りてきた。しかし、店主はそれに気づかない。



『呪われてるなら、人間の方だぜ』


『何人か、頭がおかしくなってるんだ』


『忠告してやっても、無視するから失敗するんだぜ』


 はぁ、もう、目の前でうるさいなぁ。



「かわいい妖精さん、それって、この店主さんの畑の近くの人達のこと?」


 フロリスちゃんが突然しゃべるから、店主が驚いている。そうか、店主には、妖精の声が聞こえない? だけど、妖精が言っていたことを知っているような発言もしていたよな。



『紫の花畑の近くの人間だよ』


『でも、全員ってわけじゃない』


『へんくつな男ばかり、頭がおかしくなってる』


 紫の花畑? そんなのあったっけ? 僕は、市場で見てきた野菜を思い出して考えてみた。あっ……芋?



「紫の花畑って、妖精さんが言ってるわ」


 フロリスちゃんがそう言うと、店主は首を傾げた。


「この村に、そんな花畑はありませんよ。それに、そんなことをぶどうの妖精が言ってるんですか?」


 また、疑り深い視線を向けられた。この人は精神が不安定だな。薬師の技能を使うか。でも技能は、可能な限り使いたくないんだけどな。


「うん、言ってたわ。ねー、ヴァン」


「はい、言ってましたね。それと、紫の花畑というのは、妖精が紫に見えるものだと思います。あちらで売っていた細長い芋の花は、おそらく紫に見える」


「細長い芋? あぁ、それならウチも路地で作っているよ。3年ほど前に、旅人から分けてもらったんだ。勝手に育つから育てやすいし、美味いんだよ」


 なるほど……。やはり、ガメイ村は狙われるんだよな。広くて、貴族の別邸も多い。そんな中で、ぶどう農家の耳は邪魔なのか。きっと芋の毒に当たっているんだ。


 だけど、それを指摘しても、別の策に置き換わるだけだな。まさかとは思うけど、これもハーシルド家の……。



「店主さん、瓶詰めできない赤ワインは、樽なら大丈夫ですか?」


「えっ? あぁ、樽入りだと、開栓すると日持ちしないのは、他の畑の物も同じだ。開栓しなくても、新酒ヌーボーは、熟成は予定してないからな」


「じゃあ、樽ごと買いますよ」


「ええっ? あんたがか?」


「はい。こちらのお嬢さんが、中央広場の少し向こう側に、店を買われたんですよ。正確に言えば、彼女のお父様が、ですが。そこで食堂を始めるので、取引していただけると助かります」


 ワインを計り売りする食堂なら、きっと珍しいよね。酒屋では計り売りがあるけど、レストランなら、ボトルかグラス売りだもんな。



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