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64、ガメイ村 〜別邸から市場へ

「ブラウンさん、ファシルド家の別邸は屋敷じゃなくて、店なのですか?」


 僕は思わず、ブラウンさんにそう尋ねていた。彼も僕と同じく、ファシルド家の派遣執事として来ているから知らないか。なんだか、変なことを言ってしまったな。


「そのようですね。ワインを扱う店であれば、酒屋でも食堂でも良いそうです。ファシルド家が直接ワインを買い付けるため、という別邸購入理由との整合性を考えると食堂が良いのではないかと、バトラーさんが言ってましたよ」


 ちょ、なぜ僕は知らないのに、ブラウンさんは説明を受けてるんだ? 僕は、一瞬、ムッとした表情を浮かべてしまった。


 まぁ、ブラウンさんは、有力貴族ハーシルド家の分家の人だし、僕よりも年上だし、信頼されるのは当然なんだけど。



「あちゃ、ヴァンの機嫌が悪くなったわねっ。食堂をするにしても、全部をヴァンに押し付けるつもりじゃないと思うよ。お父様も、人を雇えばいいって言ってたよ? ガメイ村に、当家が、お金を落とすことが大事なんだって。よくわかんないけど、じゃないと潜入しにくいのね、きっと」


 フロリスちゃんには、気付かれた……。意外だと言ったら失礼だけど、彼女は人の顔色の変化には敏感だ。


「フロリスさん、潜入じゃなくて、仲間入りですよ。村に受け入れてもらうには、利益があると思われないと、新参者の貴族家は取引が難しくなりますからね」


 ブラウンさんは、フロリスちゃんの言葉を訂正するようなことを言っている。おそらくこれは、通りすがりの人に聞かせるための言葉だろう。


「そうなの? よくわかんないけど、わかったよ」


 フロリスちゃんは、首を傾げつつも頷いた。本当の購入理由は、彼女が喋った言葉どおりだもんな。



「とりあえず、中に入ってみましょうか」


「はーいっ」


 僕の提案に、フロリスちゃんは元気よく手をあげた。通りすがりの人達から彼女に、やわらかな視線が集まっている。彼女の天真爛漫な明るさは、ガメイの妖精だけじゃなく、村の人達からも親しみを感じてもらえているようだ。



「あっ、ヴァン、もうすぐドルチェ家の配達が来るはずだよ。中に入るのは、その後の方がいいと思うよっ」


 鍵をカチャリと開け、フロリスちゃんがそう言った瞬間、店の前に数人の男女が転移してきた。まるで、彼女の言葉に従って現れたようなタイミングだ。



「ドルチェ商会から参りました。あの、フロリス・ファシルド様でしょうか?」


「はい、そうですよ。掃除と家具の設置をしてくれるんですよね。鍵は開けてますよ」


「ご注文をいただいた通り、2階と3階の部屋の掃除と簡易家具の設置をいたします。あの、1階については、お決まりでしょうか?」


「まだ決まってないけど、1階は、たぶん食堂にするから、商業ギルドに頼むかも」


「かしこまりました。では、2階と3階だけ、整えさせていただきます」


 丁寧に頭を下げると、ドルチェ商会の男女数人は、ファシルド家の別邸へと入っていった。



「フロリスさん、ここの番なら俺がしておくから、ヴァンさんと商業ギルドに行ってきたらどうかな?」


 確かに、その方が効率はいいか。食堂を始めるなら、村の中をサッと見ておく方がいいだろうし。


「そうね、じゃあブラウン先生、お願いねっ」


「フロリス様、夕食の買い出しにもお付き合いいただけますか? 村の市場いちばの見学も兼ねて」


 僕がそう言うと、フロリスちゃんの目が輝いた。


「農家の市場って、大きいのかしらっ」


「ガメイ村は、大きな村ですから、市場はいくつもありますよ。農家用と貴族用では、品揃えが違いますからね」


「へぇっ、面白そうっ。じゃ、ブラウン先生、行ってきます」


 フロリスちゃんは、なぜか、来た道を戻り始めた。僕は、慌てて少女の後を追った。




 ◇◇◇




「わぁっ! 知らない野菜がいっぱいだわっ」


 僕達は、農家の人達がたくさん集まっている市場へと、やってきた。フロリスちゃんが、ガメイの妖精達に案内をさせたみたいだ。いや、勝手に案内したのかもしれない。



『不思議な女の子が喜んでるぜ』


『オススメといえば、やっぱ新鮮な市場だよな』


『でも、綺麗な市場の方が良かったんじゃねーか?』


『喜んでるから、いいじゃん』



 ガメイの妖精達は、貴族の別邸の方には、あまり寄り付かない。貴族のぶどう畑にはいるけど、たぶん、妖精と話せる人が少ないからだと思う。


 その反面、ガメイ村のぶどう農家の人達の多くは、ぶどうの妖精の声を聞く技能がある。農家のスキルだけでは、妖精の姿は見えないようだけど。



 フロリスちゃんの後ろをぶらぶらと歩いていると、市場にいる人達からの、困惑したような視線を感じた。彼女の服装だろうか。可愛らしいワンピースだけど、明らかに貴族家のお嬢様だとわかるか。貴族の市場に行けば良かったかな。


 だけど、逆に彼女を知ってもらう良い機会かもしれない。フロリスちゃんなら、ぶどう農家の人達にはすぐに馴染めると思う。




「お嬢様、ここは庶民の市場です。不恰好な野菜ばかりですので……」


 フロリスちゃんが立ち止まった店の主人が、愛想笑いを浮かべながら、なんだか売り物を隠している。


「ほんとねー、面白い形の根菜もあるのね。でも、ガメイの妖精さん達が、ここに連れてきてくれたのっ。新鮮な市場なんですってね」


「えっ? あ、ぶどうの妖精の声を聞けるのですか。お嬢様は、お若く見えますが、もしかして成人しておられる?」


「ええ、成人の儀を終えた13歳ですよ。妖精の姿が見えるようになったわ」


「そうでしたか。えっ? あ、不思議なジョブ?」


 ガメイの妖精達が、店主に教えたんだな。


「ええ、珍しいジョブみたいです。怖がらせるといけないから、ジョブ名は言わないようにしていますが」


 フロリスちゃんは、神矢ハンターとは別の物を連想させるように答えている。賢いな。妖精の姿が見えて人を怖がらせるジョブといえば、誰もそれ以上は尋ねない。神官か、呪術系のジョブだと聞こえるもんな。


「そ、そうなのかい。あ、でも、まだ、ジョブの印が現れたばかりなら、あまり使えないのかな」


 ダークな方だと思われたみたいだ。神官もダークだけど。


「はい、まだ全然ダメです。ジョブって、成長には時間がかかるみたいですね」


「まぁ、うん、1年に1つずつ、レベルは上がっていくはずですけどね」


 分かりきっていることを言われても、フロリスちゃんは、ふむふむと頷いている。彼女のやわらかな雰囲気に、店主も少し緊張を解いたようだ。



「その樽は何なのかしら? 妖精さん達が、計り売りとか言っているのですが」


 フロリスちゃんは、樽入りを知らないのか。


「あぁ、これは、新酒ヌーボーだよ。ウチのは、今年は自信作だよ」


「ヌーボー?」


 フロリスちゃんは、不思議そうな顔で、僕の方に振り返った。


「今年収穫したぶどうから作られたフレッシュな赤ワインのことですよ。通常とは少し違う手法で発酵させるので、こんなに早い時期に出来るんです」



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