63、ガメイ村 〜生意気なガメイの妖精達が
「わぁっ! ガメイ村って広いのね〜」
ガメイ村の転移屋から一歩出ると、フロリスちゃんは、広がる景色に歓声をあげていた。
雲ひとつない青空が気持ちいい。ぶどう産地特有の空気感は、やっぱり落ち着くよね。僕が生まれ育ったリースリング村よりも、圧倒的に広いけど。
「フロリスさん、この付近は治安が悪いから、そんなに油断しないでくださいよ」
「え〜、ブラウン先生がいるから、大丈夫じゃない?」
フロリスちゃんは、言ってはいけないことを……。ブラウンさんは、僕の方に視線を移すと、なんとも言えない表情をしている。以前、ここに来たときには、盗賊にお金を盗られたもんな。
ブラウンさんは、ファシルド家とは派遣執事の契約を延長したらしい。だけど、他に人がいないと、フロリスちゃんの前では魔導学校の講師として接しているようだ。
これは、おそらく、フロリスちゃんの望みなのだろう。ブラウンさんは、今日は黒服ではなく軽装だ。僕も、黒服だと盗賊に狙われるかと思って、軽装にしたんだけど。
執事長のバトラーさんは、ガメイ村にファシルド家の別邸を購入したと言っていた。場所などは僕には知らされていない。たぶん、フロリスちゃんが地図を持っていると思う。
ガメイ村では、貴族が屋敷を購入するときには理由を尋ねられるらしい。バトラーさんは、ガメイ村のワインをファシルド家が直接買い付けるため、として届け出たと言っていた。
だが実際には、僕達は、ガメイ村の治安改善の仕事として、ここに派遣されたようだ。必要な人材は、現地で調達するようにと言われている。ガメイ村にも、冒険者ギルドと商業ギルドの出張所があるからだろう。
フロリスちゃんがその役割を担うことにも驚いたけど、天兎のぷぅちゃんがついてこないことに、僕はめちゃくちゃ驚いている。
天兎のぷぅちゃんが一緒に居るとフロリスちゃんの素性が悪しき人にバレると、ゼクトさんが言ったからみたいだけど……。
転移屋を出て少し歩くと、やはりいろいろな人達が付いて来た。ブラウンさんが警戒して、周りを睨んでいるからか、接触はしてこない。
「ブラウン先生、なにをキョロキョロしているの? 屋敷は、まだ先よ。貴族の別荘地の入り口付近らしいわ」
フロリスちゃんが、彼に地図を見せている。あーあ、後方からでも見えてしまうよな。盗み見が終わったのか、ついてきていた人の数が減った。今夜は、夜盗に気をつけないといけないかな。
「フロリスさん、地図をそんな風に見せびらかすのは、やめてください。他の人に見られてしまいますよ」
「えー、見えないわよ。ねー、ヴァン」
僕に同意を求められても困る。
「フロリス様、悪意があれば見られてしまいますよ?」
「見られて困るものでもないでしょ」
うーむ、純真無垢なその問いに、どう答えればいいのか僕にはわからない。ブラウンさんに視線を移すと、彼は、小さくため息をついた。
「フロリスさん、大人なら、もっと慎重になるべきです」
「ええ〜っ、ブラウン先生もヴァンもいるんだから、いいじゃないの〜っ」
ありゃ、拗ねてしまわれたか。やはり、フロリスちゃんには、大人になることへの抵抗があるみたいだな。不幸な幼児期を過ごしたからか、なんだか不安定なんだよね。
『泣き虫ヴァンが来た』
『何しに来たんだ? 不思議な女の子もいるぜ』
『神官じゃないな。なんだろうな』
『泣き虫ヴァンのくせに、生意気なんだよ』
転移屋からついて来た人達がいなくなると、今度は、頭の上をうるさく飛び回るガメイの妖精達に付きまとわれる……。
「ヴァン、わぁっ、小さな妖精さんがいっぱいね〜」
フロリスちゃんが空を見上げると、ガメイの妖精達は、警戒して少し離れた。
「フロリス様、見えるんですか? あっ、そういえば、リースリング村でも、リースリングの妖精が光のように見えるって言ってましたね」
「今は、妖精さんは、普通に見えるよ。神矢ハンターになったからかな?」
あぁ、そうか。フラン様に見えるものは、フロリスちゃんにも見えるか。特殊な精霊様は見えないだろうけど、力の弱いぶどうの妖精は、見えるかな。
「神官家の血筋だからですね。でも、そのジョブ名は、あまり口にしない方がいいですよ。悪い人に利用されます」
僕がそう言うと、フロリスちゃんはペロッと短く舌を出した。きっと、いろいろな人に注意されているのだろう。
僕としては、フロリスちゃんに注意をするというより、ガメイの妖精達を牽制したんだ。じゃないと、神矢ハンターって言いふらしそうだからな。
『不思議な女の子は、不思議なジョブなんだ』
『おまえ、誰にも言うなよ?』
『リースリングの妖精がどうとか言ってたよな』
『リースリング村の子なのか?』
また、僕の頭の上をうるさく飛び回っている。こういう彼らの話には、構うと面倒なことになるから、放置しておくに限る。
「リースリング村に遊びに行ったことがあるよっ」
ちょ、フロリスちゃん……。
「フロリスさん、どうしました?」
「うん? ガメイの妖精さんが話しかけてくるから。ブラウン先生には聞こえない?」
「微かに、聞こえなくはないですが……」
「ガメイの妖精さん達、かわいいよね。オシャレな男の子って感じでさ〜」
「いや、俺には姿は全く見えません」
「そっか、ヴァンは、見えるよね? ガメイの妖精さん達ってかわいいよね。デネブの隣のカベルネ村の妖精さんは、紳士っぽい感じで近寄りがたいけど、ガメイの妖精さん達って、明るくていい感じだね〜」
へぇ、ふふっ、その手でいこうか。ガメイの妖精達は、突然、態度が変わった。
「フロリス様には、そう見えるんですね〜」
「うんっ、かわいいっ」
空を見上げてニコニコするフロリスちゃんに、照れるガメイの妖精達。うん、静かになったな。
「フロリスさん、前を向いてください。転びますよ?」
「ブラウン先生、私、子供じゃないんだからねっ」
と言いつつ、足元が危なっかしい。ガメイの妖精達は、フロリスちゃんの足元を気にするようになったみたいだ。
『その先に大きな石があるぞ』
『水たまりがあるから、左側に行く方がいい』
『あー、左に行きすぎると、スカートが引っかかる』
「あはは、みんな、ありがとう! 気をつけるねっ」
凄いな、フロリスちゃん。やんちゃで生意気なガメイの妖精達を、手懐けちゃったよ。
「フロリスさん、ここみたいですね」
ブラウンさんが立ち止まったのは、屋敷というより店のような建物の前だった。




