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61、海辺の町カストル 〜密会の終了

「そ、そんな、俺も貴族なのに……なぜ、こんな平民のような扱いを……」


 テック・ヨルースさんは、封書で意見を尋ねられなかったことに、強い衝撃を受けているようだ。平民の僕には、その感覚はわからない。


 それに、彼に用意された3つの選択肢に、他の二人が驚いているようにも見える。彼らに渡された封書に書かれていたこととは違うのだろうか。


「だって貴方は、もはや貴族とは呼べないもの。扱いを変更するのは、当然のことでしょう? ロン・ヒルースさんが貴方を庇っていなければ、今頃は、さっさと殺しているわ。こんなにも長い時間をかける価値が、貴方には無いもの」


 暗殺貴族クリスティさんの冷たい言葉に、テック・ヨルースさんは、ガクリとうなだれた。


 そうか、顔合わせの会のパーティで毒を使った犯人には、罰を与えると彼女は言っていた。この扱いが強烈な罰なのだろう。


 貴族が集まる密会で、貴族扱いしてもらえないだけのことだが、彼の親友だと言っていたロン・ヒルースさんも、彼には同情的な視線というか、なんとも言えない顔をしている。


 誇りとか名誉については僕にはよくわからないけど、有力な貴族に対して、平民のような扱いをすることが、罰になるんだな。


 そう考えていると、クリスティさんと目が合った。また、僕の思考を覗いていたのか。



「商人貴族と武術系貴族の違いよ。そのあたりは、マルクさんが詳しいから、後で聞いてみればいいわ。でも、家名を名乗ることに当主の許可が必要な武術系貴族の人にとっては、家名を剥奪するに等しい行為かしら?」


 クリスティさんがそう言うと、マルクはコクリと頷いた。


「ヴァン、魔術系貴族よりも武術系貴族の方が、こういう場での体面を気にするわっ。レーモンド家から平民だと言われたら、それだけでショックで死んじゃう人もいるかも」


 フロリスちゃんがそう補足してくれた。ショック死するほどの強烈なストレスを与えるのか? さすがに、大げさだよな。


「そうね〜、心臓の弱い人なら倒れてるわね。ヴァンさんには、わかんない感覚よね〜」


 クリスティさんが追い討ちをかけるように、そんなことを言った。僕にはわからないという言葉を添えたのは、彼女の優しさだろうか。最初の言葉は、テック・ヨルースさんにショック死しろと言っているようにも聞こえた。


 暗殺貴族が使うスキルは、僕はほとんど知らないけど、言葉だけで対象者を殺すこともできると聞いたことがある。今、僕は、それが事実だということを肌で感じている。




「さぁ、誰を裏切るか決まった?」


 クリスティさんが鋭い視線を彼に向けた。テック・ヨルースさんは、本当にショック死しそうな青ざめた表情をしている。


「あ、あ……」


 彼は、声が出ないらしい。


「あら、忘れちゃったの? 1つ目は、ラット・ハーシルド。ハーシルド家の分家のオジサンね。あぁ、この人のことは、裏ギルドでも、闇堕ち貴族として有名ね。商人貴族とつるんで、商業の街スピカの闇市場を独占しようとしてるね」


 やはり、そうなんだ。毒薬のラット。彼に嫌われると裏の仕事はできなくなると、誰かが言ってたっけ。僕は、たぶん、嫌われたよな。


「2つ目は、暗殺者ピオン。そう、黒服で来ているジョブ『ソムリエ』の彼よ。そして3つ目は、私、クリスティ・レーモンド。さぁ、誰の信用を裏切る? 自由に選んでいいわよ」


 自由なんて無いじゃないか。選ぶも何も、ハーシルド家のあの人を裏切るしか、選択の余地はない。


「あ、あ……あふっ」



 バタン!



 テック・ヨルースさんは、そのまま後ろ向きに倒れてしまった。


「ちょ、大丈夫ですか」


 僕は慌てて駆け寄った。彼は、口から泡を吹いている。薬師の目を使って診てみると、過度なストレスによるショック状態だとわかった。命に関わることではないけど……ノーガードで倒れたから、頭を床で強打している。



「ヴァンさん、こいつは自業自得です。介助は不要ですよ」


 彼の親友だと言っていたロン・ヒルースさんが、そんな冷たい言葉を口にした。だけどそれは、僕が暗殺者ピオンだから近寄るな、と言っているのかもしれない。


「ロン・ヒルースさん、彼はショック状態で気絶しただけです。頭を床で強打したから、目を覚ますと意識障害が少し出てくるかもしれません」


「そう、ですか。ありがとう。テックは、すべて忘れてしまいたいだろうな」


 彼が呟いた言葉には、誰も返事をしなかった。僕も、どう言葉を返せばいいかわからない。テック・ヨルースさんは、ただの雑用として使われていたのかもしれないけど、それによって、多くの未成年の子が亡くなっているんだ。




「さぁて、これで長くてくだらない話は終わりよ。二人には誓約した件を守っていただくわ」


 クリスティさんが明るい声でそう言うと、ロン・ヒルースさんと、アイザン・クルースさんは、微かに頷いた。彼女に何を誓約させられたか知らないけど、明らかにビビってるよな。


「クリスティさん、倒れた彼は……」


「ヴァンさん、テックのことは放置で構わない。キミのグミポーションも持っているから、気にしないでくれ」


 ロン・ヒルースさんは、やはり僕には近寄らせたくないらしい。


「わかりました。では、僕はテーブルを片付けますね」


 密会は、これで終了したようだ。貴族二人に渡された封書に何が書かれてあったのか、少し気になるけど、まぁ、いっか。


 おそらく、ハーシルド家のあの人を止めるような何かを、クリスティさんが企てたのだと思う。彼女の性格からして、国王様から命じられても、自分が納得できない暗殺はしない。きっと、今回の件を含む全貌を明らかにするつもりだろう。




 僕が片付けをしていると、黒服のブラウンさんが降りてきた。なぜか神妙な表情だ。


「ヴァンさん、手伝いをしろと連絡がありまして……」


「ありがとうございます。あとは、お客様の飲み物の食器だけですが」


 ブラウンさんは、テック・ヨルースさんが倒れていることに気づいても何も言わない。念話か何かで、状況を知らされていたんだな。



「う……うぅーん」


 テック・ヨルースさんが目を覚ました。他の人達が、密会は終了したのに部屋から出て行かないのは、彼を心配していたのだろうか。


「テック、おまえ、何を勝手に倒れてるんだよ。おまえのせいで、皆、海岸のイベントを見逃したじゃないか」


 ロン・ヒルースさんはそう言うと、彼の口に、僕のゼリー状ポーションを放り込んだ。



「んあ? あ、悪い……えっと……何をしてたんだっけ?」


 やはり、記憶が混乱している。あっ、クリスティさんの術かもしれないな。


「明日から、勉強会をしようという話をしてただろ」


「何の勉強会?」


「ヴァンさんが、講師をしてくれるんだよ」


 はい? 何の勉強会?


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