60、海辺の町カストル 〜貴族の誓約書?
「えっ……暗殺者ピオン!?」
クリスティさんの言葉で、アーチャー系貴族の3人の視線が一斉に僕に向いた。ちょ、なぜ僕だけを見る? ここには、マルクもいるじゃないか。
すると、マルクが口を開く。
「皆さん、今日の顔合わせの会で、なぜ、こんなにも警備兵が少ないのか、疑問に思わなかったんですか?」
マルクの言葉に、彼らは顔面蒼白になっている。でも、警備の人はそれなりに居たよな?
「確かに……少なすぎた。だが、雰囲気を損なわないために、警備兵は使用人に混ざっているのかと思っていた……」
「貴方達は、ヴァンのことを知らなかったんですね。彼は、堕天使までも従える、覇王持ちの極級魔獣使いですよ? 最近では、神獣テンウッドも従えたらしい。だから、暗殺貴族のクリスティさんが、ヴァンに絡んでいくんですよ」
マルクは、なぜ暴露するんだ? 僕は知られたくないのに。それに、クリスティさんが絡んでいくって……。
「ふふっ、ヴァンが暗殺者ピオンなのは、秘密よ? 表の顔は、ただのジョブ『ソムリエ』だもの。だけど、暗殺の道具に魔物を使うことは、かなり怒っているわよ、ねー?」
クリスティさんは、僕に挑戦的な笑みを向けてくる。はぁ、芝居くさいこのテンションは……スルーすると、あとあと面倒になるか。
「ちょ、マルクもクリスティさんも……なぜそんな暴露をするんですか。僕は、ただの黒服としてここにいるんですよ?」
「やーん、ヴァンに叱られちゃったわ〜」
嬉しそうにペロッと舌を出すクリスティさん……。そんな彼女の仕草を見て、アーチャー系貴族の3人は凍りついている。
彼女のペロリが不気味だというわけではない。暗殺貴族レーモンド家の当主が、まるで僕に媚びるような顔をしていることに、凍りついているんだ。
「ヴァン、都合の悪い記憶は、クリスティさんが消してくれるからさ。だけど、別に隠すようなことじゃないでしょ」
マルクが、さりげなく怖いことを言っている。確かに、クリスティさんは、相手の記憶を消去できる技能を持っているけど、それを暴露するのも、どうかと思う。
「今の僕は、ただの黒服だよ。なぜ、彼らにそんなことを暴露する必要があるわけ?」
僕が思わず反論すると、クリスティさんが微かに口角を上げた。彼女の意図する通りに、僕が動かされているのか?
「ヴァンが、何者かを知れば、この人達は素直になるでしょう? ヴァンはね〜、白き海竜も従えているの。クルース家の坊やは、私が何を言っても聞く耳を持たないからよ〜、だよね〜?」
クリスティさんは、また新たな暴露をして、楽しげに笑っている。だけど、アーチャー系貴族の3人は、彼女の問いかけに答えられる状態ではない。
うん? 彼女は、ロン・ヒルースさんとテック・ヨルースさんは従うけど、アイザン・クルースさんは聞く耳を持たないから、僕の素性を暴露したってこと?
白き海竜を従えている僕には、海竜信仰のクルース家の人は、逆らわないと言っているのか?
いや、違うか。
クリスティさんは、僕が暗殺者ピオンだとバラすことで、テック・ヨルースさんを裏切らせようとしているのか。白き海竜のことは、彼女の気まぐれ暴露だ。本筋とは関係ないことを話に混ぜるんだよな、クリスティさんは……。
ヒルース家の後継争いを、ハーシルド家の分家の旦那様が利用しようとしたことが、この件の始まりだ。ロン・ヒルースさんのお兄さんは、自分の弟を潰すために、弟の親友のテック・ヨルースさんを利用して、こんな大規模な暗殺失踪騒ぎを起こしたんだ。
僕を冒険者ギルドに呼びに来たハーシルド家の旦那様と、テック・ヨルースさんとの繋がりは、どの程度のものかはわからない。
だけど、ヒルース家のお兄さんが影の世界に監禁されたのは、この顔合わせの会が始まるより前のことだろう。
それなのに、テック・ヨルースさんは、アーモンドの香りの毒薬を使って、冒険者ギルドのボレロさん達を排除しようとした。
そこまで考えると、クリスティさんとばちりと目が合った。また、僕の思考を覗いていたらしい。いや、僕が気付くのを待っていたようにも思える。
「さぁ、アーチャー系貴族の坊や達、選びなさい」
クリスティさんのスキルだろうか。アーチャー系貴族3人だけでなく、僕もマルクもフロリスちゃんも、彼女の方に顔を向けた。強制力のある何かによって、身体が勝手に動かされたような感覚だ。
「ロン・ヒルースさんは、すべての元凶をヒルース家で抑えきれなかった罪。貴方達の後継争いがとんでもないことになったわ」
クリスティさんは、フロリスちゃんに何かの合図をした。すると、フロリスちゃんは封筒のような物を、ロン・ヒルースさんに手渡した。
「アイザン・クルースさんは、見て見ぬふりをして小島の状況を悪化させた罪。貴方が人間を信用して冒険者ギルドにいち早く知らせたら、ポスネルクや他の魔物を使った悲劇は起こらなかったわ」
そう言われて、アイザン・クルースさんは悔しげにうつむいた。図星だったのか、いや、そもそも無関心だったのだろう。フロリスちゃんは、彼にも、封筒のような物を渡した。
「テック・ヨルースさんは、罪だらけね。そんな貴方を庇うお友達の信頼を裏切ることができるのかしら? 貴方には、直接尋ねるわ。貴族とは呼べないもの」
クリスティさんは、彼に、氷のような視線を向けている。
その間に、先に封筒のような物を受け取った二人は、ペンを取り出して何かを書いていた。そうか。あの封筒は、誓約書か何か、そういう系統の書類なんだ。
二人が記入を終えると、マルクがそれを確認し、何かを書き込んでいく。マルクは、証人か何かの役割だろうか。
「クリスティ・レーモンドさん、二人は、協力を約束してくれましたよ」
マルクがそう言うと、クリスティさんは、二人に素早く視線を走らせた。彼女に見られるだけで、二人はビクリと身体を硬直させている。
「そう、ありがとう。じゃあ、あとは、キミだけだね。テック・ヨルースさん、貴方は誰を裏切るのかしら? 3つの中から選んでちょうだい」
裏切る? 親友を裏切ると言ったら……どうするんだよ。
クリスティさんは、チラッと、ロン・ヒルースさんに視線を移し、テック・ヨルースさんに鋭い視線を戻した。
「1つ目は、ラット・ハーシルド。あぁ、名前を知らないかしら? さっき来ていたハーシルド家の分家のオジサンよ」
ラット・ハーシルド? えっ? ラット? 毒薬のラット? 裏ギルドでは、闇堕ち貴族だと噂されている謎の人物だ。商業の街スピカの闇市場を独占しようとしているらしい。
「2つ目は、暗殺者ピオン。そして3つ目は、クリスティ・レーモンド。さぁ、誰の信用を裏切る? 裏切られたら、当然、報復するわよね〜」
クリスティさんは、協力しなければ殺すと脅しているのか?




