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6、商業の街スピカ 〜エリンお嬢様とセイラ奥様

 通路は、地下の穀物用の食料庫に繋がっていた。その食料庫の階段を上がると、屋敷に通じる扉がある。彼女は、ギュッと僕の手を握り、スタスタと無言で歩いていく。


「えっ? なぜ、エリン様が……」


 僕の顔を知る黒服だけでなく、見たことのない派遣執事までが、僕達に驚いている。異様なモノを見るような目を向ける人が多いけど、妙に青ざめている人もいるんだよな。


 彼女は死んだとでも、報告されていたのだろうか。



 僕は、そんな彼女に手を引かれて、スタスタと歩いていく。かなりの数の使用人に見られているが、彼女が無言なので僕も何も喋らないようにした。


 ヒソヒソと話す声は聞こえてくるが、誰も話しかけては来ない。この酷い臭いや彼女の血まみれの服から、何があったのかは明らかだもんな。



 ◇◇◇



「ハッ!? お嬢様! お、奥様〜っ!!」


 彼女の部屋に近づいていくと、部屋の前を警護していた兵が、慌てて部屋の扉をドンドンと叩いている。


 カチャ


 扉を開けた黒服は、目の下にクマをつくり酷い顔をしていた。だが、僕の手を掴んだ彼女に視線を移すと、その目がゆっくりと見開かれていく。


「……あ、エリン様と、ロイン様ではなく、えっ? ええっ? その血は!?」


 黒服は、慌てて部屋の外に飛び出してきた。そして、彼女に肩を貸そうとしているようだ。


「近寄らなくていいわよ。私は猛烈に臭いでしょ」


「ですが、そんなに酷い怪我を……」


「怪我なら治ったわ。薬師のヴァンさんのポーションを、この人からもらったから」


 黒服は、本気で心配しているようだ。もう、預けても大丈夫だな。



「じゃあ、僕は、失礼しま……へ?」


 軽く会釈をして立ち去ろうとしたが、彼女は強く握った手を離してくれない。僕の手を握ったまま、部屋の中へと入っていく。


 室内は、うす暗かった。照明がすべて消されていて、窓のカーテンも閉められている。奥のソファには、壊れた人形のような女性が座っていた。たくさんの服らしき物を抱きかかえている。



「お母様!」


 彼女は僕の手を引いて、ソファに近寄っていく。彼女は確か、母はセイラだと言っていたっけ。


 セイラ奥様の目には何も映っていない。何も聞こえていないようだ。


「お母様ってば!」


「奥様、エリン様ですよ。昨夜から行方不明になっていたエリン様が戻られました!」


 しかし、セイラ奥様の目はうつろなままだ。おそらく強いショック状態だな。



「エリン様、手を離していただけませんか。奥様の状態を診てみます」


「貴方、本当に薬師なの?」


 だが、彼女は手を離してくれない。


「薬師のスキルも持っていますよ。あの、手を……」


「無理よ。手の離し方がわからないの」


「へ? あぁ、なるほど。では、せめて手袋を外したいので……」


 すると、目の下にクマのある黒服が、僕の空いている左手の白手袋を外してくれた。軽く会釈をして、僕は魔法袋から薬草を取り出した。


 本来なら奥様の状態を診てから調薬するが、右手を握られているから、あまりスキルを使いたくない。彼女に異常を悟られてしまう。


 僕は、スキル『薬師』の調合を使って、弱い鎮静剤を作る。そして、それを気化させて室内に撒いた。これで、とりあえずは会話ができるはずだ。



「あ、あぁあぁぁ……」


 奥様は、エリン様のことに気づいたようだ。しかし妙だな。言葉が話せないのか?


「お母様! 大丈夫? 私は無事よ」


 彼女は、やっと手を離してくれた。僕は、黒服から白手袋を受け取って、左手にはめた。右手の甲にあるジョブの印は、やはり少し熱くなっているな。


「あぁ、あぁぁ」


 やはり、奥様は喋ることができないのか? エリン様は、黒服達に視線を移した。何か、目で合図をすると、ガクリとうなだれている。



「私は、シャワーをして着替えるわ。この服は処分しておいて」


 メイドにそう命じると、彼女は風呂場へと入っていった。うん、とりあえず、着替える方がいい。




 彼女が脱いだ血まみれの服を持って戻ってきたメイドが、戸惑っている。強烈な臭いのせいか。


「あの、その服は証拠になりますから、この件が片付くまでは、処分は待ってください」


「いや、そうは言われても、この臭いよ?」


「使い捨ての魔法袋は、無いですか?」


 そう尋ねても、黒服達もメイドも首を横に振っている。奥様に視線を向けても無反応だ。しかし奥様がいるのに、メイドはさっきとは態度が変わっている。


「じゃあ、これを使ってください」


 僕は、小容量の使い捨ての魔法袋を取り出した。そして、血まみれの服を収納したが、強烈な残り香が部屋に漂っている。


 窓に近づき開けようとすると、黒服に制された。



「勝手に触れないでいただきたい」


 窓を開けてはいけないのか?


「わかりました。ただ、臭いがこもっているので……」



「何がキッカケになるかわからないんです。いま、この状態で、やっと落ち着かれたのです」


 目の下にクマのある黒服が、小声でそう説明してくれた。奥様の状態のことか。そういえば、この部屋には装飾品がない。別の言い方をするとワレモノが、すべて割れてしまったのか。



 コンコン!


 扉がノックされると、目の下にクマのある黒服が扉を開けに行った。彼が、この中では一番下らしい。


「エリン様が戻られたと聞きました」


 部屋を訪れたのは、執事長のバトラーさんだ。僕と一瞬、目が合ったが、彼は奥様の方へと真っ直ぐに進んでいく。



「セイラ奥様、お嬢様が戻られましたよ」


 バトラーさんがそう話すと、奥様は微かに頷いている。しかし、その目には輝きはない。双子の坊ちゃんが亡くなったためか。


「この部屋は、少し空気を入れ替える方がいいですね。窓を開けても構いませんか?」


 やはりバトラーさんは、奥様に尋ねる。そして、彼女の返事を待っているようだ。しかし奥様は、震えているようだな。


 バトラーさんは、窓に近寄り、カーテンを開けた。そして、窓を一気に全開にしている。


「いやぁぁああ、エリンを返して! ロインはどこ!?」


 光に反応したのか、奥様は持っていた服らしき何かを放り投げ、錯乱状態だ。言葉が話せない人ではないらしい。


 僕は、スキル『薬師』の薬師の目を使う。奥様は、脳に強いストレスがかかりすぎたようだ。体内のマナの流れが止まっている。これは、僕には治せない。



 奥様の叫び声が聞こえたのか、エリン様が慌てて戻ってきた。髪は、びちゃびちゃだ。


「お母様、私はシャワーをしていたのよ?」


 エリン様の姿を見つけて安心したのか、奥様はパタリと倒れてしまった。



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