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59、海辺の町カストル 〜事件の全体像

「俺は、暗殺者ピオンを敵にまわした……あぁ、あああああ」


 テック・ヨルースさんは、クリスティさんが早口でまくしたてた言葉に、魂を抜かれたようになっていた。


「暗殺者でもない俺が、ピオンを名乗った。俺は、当主にはなれない中途半端な貴族。暗殺の道具に魔物を使った……」


 熱に浮かされたうわ言のように、ぶつぶつとクリスティさんの言葉を復唱している。


「暗殺者ピオンが、裏ギルドに『魔獣使い』として登録しているなんて知らなかった。キラーヤークの姿を持つピオンは……キラーヤークの姿……神獣ヤークの子孫……ああああぁ」


 この彼のおかしな状態は、暗殺貴族クリスティさんのスキルだろうか。メンタルをガツンと攻撃されたのか、彼は、目の焦点までおかしくなっている。




「ロン・ヒルースさんは、テック・ヨルースさんとはお友達なのよね。だから、このポスネルクの件の全体像がわかっていて、彼を庇っているのかしら。アイザン・クルースさんは、どうなの? 海に浮かぶ小さな無人島の異常事態は、クルース家なら知っていたわよね?」


 クリスティさんは、アーチャー系貴族の3人に鋭い視線を向けている。テック・ヨルースさんは、もうすでに立っていられない状態だけどな。



 すると、ロン・ヒルースさんが口を開く。


「レーモンド殿、確かに俺は、テックとは同い年で同じ武術学校を卒業した……親友だと思っています。この件は、おそらく俺の兄が、一番最初に企んだこと。俺を失墜させると同時に、ナイト系貴族を弱体化させるつもりだったようです」



 ロン・ヒルースさんは、お兄さんは影の世界にある、この世界の人間の隠れ里にいると言っていたっけ。こちらの世界へは戻れない場所らしい。彼も影の世界に自由に出入りできるみたいだけど、お兄さんは影の世界の魔物を操る特殊な『魔獣使い』だと言っていた。


 ポスネルクを操り、その痕跡を消すために現れた不思議な影の世界の魔物……。これは、すべて、ヒルース家の彼のお兄さんの仕業か。


 だとすると、お兄さんを影の世界に監禁して、小島に残ったポスネルクを処分したなら、もうこの件は解決したんじゃないのか?


 あっ、でも、あの映像で見た小島の様子……ポスネルクの死骸を影の魔物に食わせていたのは誰だ? 食わせ過ぎたことで影の魔物も……限度を超えて食わせると影の魔物も処分できると考えたなら……。



 クリスティさんが返事をしないことに、ロン・ヒルースさんは焦り始めたらしい。だけど、クリスティさんは、きっと、不安を煽ってるんだ。無言による静けさも彼女の話術の一部だろう。


 すると、彼女は僕の方を見てニヤッと笑った。あぁ、そういうことか。クリスティさんは、皆の思考を覗いているらしい。



「ようやく、皆の覚悟が決まったみたいね。ロン・ヒルースさんはヒルース家の次期当主だもの、当然、お兄さんを上回る能力があるのよね。じゃなきゃ、影の人の王グリンフォードさんに、お兄さんの監禁を依頼できないわ」


 クリスティさんの言葉は、まるでロン・ヒルースさんが主犯のように聞こえた。


「レーモンド殿、確かに俺は、兄を上回る技能を持っています。こちらの世界では覇王という技能がありますが、俺は獣王という技能を影の世界で得ましたから」


 獣王? 何それ。


「ふぅん、影の世界での魔獣使いの最高レア技能ね。だけど、それは、こちらの世界では効果はないわね。ただ、グリンフォードさんを従えるには十分かしら」


 えっ? グリンフォードさんを従える!? ロン・ヒルースさんが?


「まさか。獣王は、影の世界の魔物にしか使えませんよ」


「だけど、影の世界では、人は獣を恐れるわよね? 三すくみの関係だもの。でも、グリンフォードさんには、影の世界の霊を操る力があるみたいだから、均衡状態かしら」


 グリンフォードさんは、霊を操る? そんなこと、聞いたことがない。悪霊ゲナードにも手を焼いていたんじゃないのか?


「そのあたりは、俺には教えてもらってません。だが俺は、そもそも影の世界にケンカを売るつもりはないし、こちらの世界でも、ナイト系貴族と過度に争うつもりもない」


 ロン・ヒルースさんは、必死な顔をして話している。彼も、クリスティさんが彼を主犯だと言っているように聞こえたのだと思う。


 たぶん、クリスティさんの揺さぶりだ。彼女は、もうロン・ヒルースさんの言葉なんて聞いてないと思う。そう考えた瞬間、彼女は僕をチラッと見た。やっぱりね。あの顔は、肯定ということだ。




「アイザン・クルースさん、これでいいかしら?」


 はい? 急に話が変わった? 問いかけられた彼も戸惑っているように見える。ガメイ村のヒルース家のご隠居様の屋敷で黒服をしていた彼だから、ヒルース家とは親しいのかもしれないな。


「これでいいかと言われても……」


「アイザン・クルースさん、貴方は、ヒルース家へ潜入調査をしていたのでしょう?」


「えっ? いえ、ガメイ村では、ぶどう畑の作り方を教わるために……」


 アイザン・クルースさんは、めちゃくちゃ焦っているようだ。潜入調査をしていたのか。そういえば、さっき、ヒルース家の仕業かと、声を荒げていたよな。




「ヴァン、全体像は見えたかしら?」


 クリスティさんが突然、僕に話を振ってきた。ちょ、何? 僕はソムリエとして、ここにいるだけだよな?


 彼女は、ニヤッと笑って口を開く。


「この件は、いろいろな思惑が混ざり合っていてわかりにくかったけど、結局はシンプルなことなのよ」


 僕には、ごちゃごちゃに絡まっているとしか思えない。


「そうね、シンプルだわ」


 ちょ、フロリスちゃんまで!?


「ふふっ、皆、部分的に理解できてないみたいだから、フロリスさん、説明してあげて」


 クリスティさんにそう言われて、フロリスちゃんは、ふんすと鼻息荒く……ちょ、お嬢様らしくしなくていいの?


「わかったわ。私から説明するねっ。ヒルース家の後継争いを、ハーシルド家の分家の旦那様が利用したのっ。ハーシルド家の分家の旦那様と組んだヒルース家の彼のお兄さんは、自分の弟を潰すために、弟の親友のテック・ヨルースさんを利用したのっ」


 僕を冒険者ギルドに呼びに来た、ハーシルド家のあの旦那様が主犯なのか。


「ふふっ、フロリスさん、よくできました。やっと、暗殺者ピオンも、全体像を理解したみたいよ。アーモンドの香りの毒を使ったり、畑に何かを仕込んだり、小島の毒ヘビに餌やりをしたり、そんな雑用をしていたのが、テック・ヨルースさんだってことをね」


 ちょ、クリスティさん!!



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