58、海辺の町カストル 〜ポスネルクの件
「レーモンド……クリスティ・レーモンド……」
「暗殺貴族レーモンド家の当主か」
クリスティさんの自己紹介で、場の雰囲気はガラリと変わった。皆、まるで処刑を待つ罪人のような表情をしている。
「ロン・ヒルースさんと、テック・ヨルースさんは、お友達なのね。アイザン・クルースさんは、人嫌いだから、そもそも交流がないのかしら」
クリスティさんがそう言うと、彼らは互いに視線を走らせたが、やはり恐怖で固まっているようだ。
「自分から話す方がいいんじゃない?」
彼女にそう言われて、彼らはピクリと反応した。だけど、何のことかわからないのか、誰も口を開かない。
すると、クリスティさをは大きなため息をついた。そして、顔をあげたときの彼女は、凍えるような冷たい表情をしていた。
うわ、怖っ!
関係ないはずの僕でさえ、背筋が凍る。クリスティさんは何かのスキルを使っているのだろうか。怖いのに、彼女から視線を外すことができない。
「俺が食べたお土産にかかっていた毒は、誰が仕込んだんですか」
マルクは口を開くと、ストレートに尋ねている。酔ったように見える遅効性の毒だと言っていたよな。お菓子に振りかけても不自然だと感じない香りの毒、というのは裏ギルドに出入りする暗殺者が好みそうな物だ。
だが、誰も何も言わない。
「ハーシルド家も、ポスネルクの被害を受けたのですか?」
次はフロリスちゃんが、テック・ヨルースさんに尋ねた。彼は、アーチャー貴族3人の中では一番社交的に見える。だが、クリスティさんを恐れているためか、苦笑いを浮かべただけだ。
「俺達には、すでにお見通しなんですよ。貴方達が黙っていることに意味はない。その扉の先から、海岸へ降りることができます。話が終われば、海岸でドルチェ家のイベントを楽しんでもらえますよ」
マルクは、扉から逃げられると言っているのだろうか。クリスティさんから逃げられるわけないのにな。
「ルファス殿、その扉の先には半魚人がいる。逃げられませんよね」
クルース家にはわかるんだな。アイザン・クルースさんが、マルクの言葉を否定するかのようなことを言った。
すると、ロン・ヒルースさんは覚悟を決めたような表情で、口を開く。
「当家は、ファシルド家とは親しいつもりだ。だが、一部の者は、くだらない欲に惑わされていた。既に、その者達は処分し、小島に残っていた魔物も始末した」
ロン・ヒルースさんは、フロリスちゃんを真っ直ぐに見て、そう話した。
「ロン・ヒルースさん、一部の者というのは?」
フロリスちゃんは、即座に尋ねた。
「俺の兄と、その供の者達だ」
えっ? お兄さん? ロン・ヒルースさんは次期当主だと知られている。もしかして、お家騒動がまだ続いているのか。
「お兄様を殺したのですか」
フロリスちゃんは、凛とした声で尋ねた。
「いや、殺せなかった。兄は、影の世界の魔物を操る特殊な『魔獣使い』だ。だから殺すわけにはいかないと判断した。影の世界の人の王が、俺にそう助言してくれたからな」
影の世界の人の王、グリンフォードさんか。
そういえば、ロン・ヒルースさんも、影の世界に自由に出入りできるようだ。そういうスキルでもあるのだろうか。
「じゃあ、お兄様はどちらに?」
「影の世界にある、この世界の人間の隠れ里にいるはずだ。こちらの世界へは戻れない場所らしい」
こちらの世界の人間のまま、影の世界に監禁したということか。
「アーチャー系の貴族は、陰湿な人が多いから、影の世界に行くと逆に浄化されるかもしれないわね」
クリスティさんが妙なことを言う。影の世界は、別に陰湿な感じではないと思うんだけどな。ただ、力の有無で、完璧な上下関係が生まれるようだ。ある意味わかりやすい。
「影の世界にいる霊には、人間の闇の部分をエサとする種族もいるようですが……」
ロン・ヒルースさんは、クリスティさんに反論しようとして、途中で口を閉じた。クリスティさんがそうさせたのだろうか、
「ヒルース家の中のことに関しては、決着済みということね。ただ、お友達はそうはいかないみたいね。どれだけ毒ヘビを処分しても、魔物畑から生まれてくるのでしょう?」
クリスティさんはそう言うと、テック・ヨルースさんに視線を向けた。
「いや、誤解だ。その人も知っているように、魔物畑はヒルース家の畑だ」
僕を指差して叫ぶヨルース家の人に、クリスティさんは鋭い視線を向けた。すると、彼の表情は絶望に染まっている。
「わざわざ人の畑に侵入して、魔物畑にするなんて、裏ギルドに出入りする資格が無さすぎるわね。しかも、ピオンという名を使ったり……それでも貴方は、有力貴族の家名を名乗ることができるのね」
ガメイ村のあの畑は、やはりこの人の仕業か。クルース家に使用人として潜入したり、ヒルース家の畑を魔物畑にしたり、この人は、自らこんなことをしているのか?
クリスティさんが言うように、普通の有力貴族なら、自らそんなことしないよな。同じことをするなら、誰かにやらせる。使用人を使ったり。裏ギルドに依頼するのが一般的だ。
「レーモンド殿、彼には俺から……」
「部外者は黙っていなさい!」
ロン・ヒルースさんの言葉を、クリスティさんがピシャリと止めた。
「テック・ヨルースさん、貴方のせいで、どれだけの命が奪われたか理解できているかしら」
「あ、あぁ……」
「貴方は、多くの罪のない魔物を大量虐殺したのよ?」
「えっ?」
魔物の虐殺と言われて、ヨルース家の彼は戸惑っているようだ。僕もクリスティさんの言葉に、違和感を感じる。それに彼女の雰囲気が変わった気がする。
「えっ、じゃないわよ! 貴方は暗殺者ピオンを敵にまわしたのよ? 信じられないわ。ピオンを怒らせるなんて!」
ちょ、待って。話がおかしい。
僕は、クリスティさんに合図を送ったけど、彼女は僕の方を見てくれない。彼女の言葉のテンションが急に変わった。これは……。
「あ、暗殺者ピオン……な、なぜ」
ヨルース家の彼は、明らかに動揺している。暗殺者ピオンが僕のことだとは知らないらしい。
「ピオンは、暗殺者でもない人に同じ名前を使われることを嫌うわ。しかも、中途半端な貴族を嫌っている。さらに、暗殺の道具に魔物を使うなんて最悪ね。彼は、裏ギルドには『魔獣使い』と登録しているわ。ピオンは、キラーヤークの姿を持つの。その意味はわかるわよね」
クリスティさんが早口で喋ると、ヨルース家の彼は絶望を越えて、魂が抜けたかのようになっていた。
皆様、いつもありがとうございます。
更新が大変ひどいことになっていて、ごめんなさい。
先週から、耳鼻科でこれまでより少し強い投薬治療が始まりました。これが効いてくれたら良いのですが……
いま、筆速が、通常時の3分の1以下になっています。
更新が止まらないように頑張っていきますので、よろしくお願いします。




