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56、海辺の町カストル 〜顔合わせの会は終わり……

「ヴァン、普通のクリームなのね」


 飲み物コーナーで、あたたかい紅茶をいれると、フロリスちゃんがつまらなさそうな顔をしていた。ふふっ、さっきは、もう子供じゃないと言ってたのにな。


「こういう会の場ですから……お花の形にする方がよかったですか?」


「そんなこと言ってないもんっ。普通のクリームだなぁって思っただけだもんっ」


 ぷくっと膨れっ面をつくるフロリスちゃん。やはり、こういう慣れない会に疲れたのだろう。


「クリームは少し甘めにしましたよ」


「そう? いつもと一緒な気がするよっ。ふぅっ、やっぱヴァンの紅茶って美味しいねっ」


 澄ました顔も、可愛らしい気取った話し方も、すっかりやめてしまったみたいだな。13歳にしては幼く見える彼女の表情に、他の黒服達は少し驚いているようだ。




「それでは、これにてファシルド家が主催する顔合わせの会は、終了とさせていただきます。皆様、お越しいただきありがとうございました」


 執事長バトラーさんが、会の終了の挨拶をした。バトラーさんと入れ替わるように、拡声の魔道具の前に立ったのは、マルクだ。


 バトラーさんも少し驚いた顔をしている。マルクの行動は、予定されたものではないのか。



「皆様、少しお耳を拝借いたします。俺は、マルク・ルファス、妻はドルチェ家の後継争いをしているフリージア・ドルチェです」


 マルクは、堂々とした隙のない表情を浮かべ、そう話し始めた。誰もが、マルクの方に視線を向けている。何のスキルも使ってないみたいなのに、すごいな。


「今、この町カストルには、防御結界が張ってあります。なので、今この町では、転移魔法を発動できません」


 マルクがそこまで話すと、少しザワザワとしてきた。当然、マルクの話に対する批判だ。だけど、大きな野次やじにはなっていない。それほど、マルクの黒魔導士としての力は、有名なんだと思う。


「防御結界の理由は、ドルチェ家がこれから海岸で開催するイベントのためです。数日前から、この日のために、何度か試してきました。本日は、これまでのにないスケールで開催します」


 そういえば、ガメイ村に行ったとき、黒服のブラウンさんが何か言っていたよな。あれは、今日のための練習だったのか。


 だがおそらく、このイベントは、別のことをごまかすためのものだよな。ポスネルクの件にカタをつけるために、集まった人達を町から出られないようにするのが、本当の目的だと思う。


「皆さん、これからそれぞれ交流を深められるかと思いますが、よかったら夕食後に海岸へお越しください。海が昼間のように明るくなりますよ」


 マルクは、にっこりと笑顔を浮かべると、拡声の魔道具から離れた。



 会場内は、ザワザワと騒がしくなっていた。文句を言っている人達は、この町に閉じ込められたと感じたようだ。


 すると、突然、フロリスちゃんが拡声の魔道具の前に立った。そして誰かと目配せをしている。フロリスちゃんの視線の先には、僕の妻フラン様と、暗殺貴族のクリスティさんがいる。


 フロリスちゃんに気づくと、会場内の人達は少しずつ静かになってきた。


 今回の顔合わせの会は、ファシルド家からは10人ほどが参加している。その大半は、伴侶の決まっていない未婚の女性だ。その中で、最も若い女性がフロリスちゃんだ。そして、最もモテていたのもフロリスちゃんだ。


 皆が静かになるのを待ち、フロリスちゃんは口を開いた。



「皆さん、今日は、ファシルド家へお越し頂き、ありがとうございました。私は、成人の儀を終えたばかりのフロリス・ファシルドです」


 フロリスちゃんは、緊張しているのか、頬を少し赤らめ、視線もあちこちさまよっている。だが、そんな彼女は、さっきのマルクとは真逆の印象を与えているようだ。


 客人の男性達は、フロリスちゃんにあたたかな眼差しを向けている。一生懸命に話しているという誠意が伝わっているのだと思う。女性達の反応は、冷たいようだけど……嫉妬だろうか。


「私は、ファシルド家の者として、また、神矢ハンターのジョブを授かった者として、この国の平和と皆様の夢が叶うことを願っています」


 ふぅ〜っと息を吐くフロリスちゃん。そして、再び口を開く。


「私は、武術系貴族と魔術系貴族が力を合わせることが、何より平和に繋がると考えています。特にナイト系貴族とアーチャー系貴族の対立は、様々な争いを生み出したと聞きます。だから今回、私は、アーチャー系の貴族の方々とお話したいと思っています」


 ザワザワと騒がしくなった。顔合わせの会は、もう終わりだ。それなのに、ファシルド家のお嬢様がこんなことを言い出すから、場が混乱しているようだ。


 たぶん、クリスティさんが、フロリスちゃんに言わせているのだろうけど。


「ですので、あの……武術系貴族の方、そして魔術系の貴族の方、もしよかったら、この後、別室で少しお話を聞かせてください。えーっと、ヴァンの村の白ワインをご用意してお待ちしています」


 ぺこりと頭を下げて、フロリスちゃんは拡声の魔道具から離れた。その顔は、真っ赤だ。ふふっ、頑張ったね。だけど、ヴァンの村と言っても意味が通じないと思うけど……まぁ、いいのかな。



 そして、顔合わせの会は終了した。




 ◇◇◇



「結局、今夜遅くまで、この町からは出られないということか」


「ドルチェ家は、王都で最も力を持つ商人貴族だ。俺達に、何かをひけらかしたいのではないか」


「だがしかし、どうする? 予定が狂ったが」



 僕達がパーティ会場の片付けをしていると、行き先の決まらない貴族達がグダグダと文句を言っていた。会は終わりだと宣言されたのに、ファシルド家の屋敷に居座るつもりだろうか。


 既に、意気投合した男女や、互いの利害関係が一致した人達は、足早に会場から出て行った。


 フロリスちゃんが声かけをしたことで対象となる貴族は、多くはない。今回の客人の大半が、商人貴族だ。


 ハーシルド家は、ナイトの貴族だけど、参加したのがお嬢様だからか、フロリスちゃんの呼びかけには無関心のようだ。彼女をチヤホヤする人達と、これから夕食に行くらしい。


 いろいろと思惑が外れたためか、僕を冒険者ギルドに呼びに来たハーシルド家の男性は、チラッと僕を睨んだ後、商人貴族数人と一緒に出て行った。




「ヴァン、そろそろ、別室に来てくれる? ソムリエが必要だよ」


 マルクが、わざわざ僕を呼びに来た。そして、会場に残った人達を見回し、軽く舌打ちをしている。珍しいな。


「マルク、何かあった?」


 小声でそう尋ねると、マルクは軽く頷いた。


「一番の本命に、逃げられたな」



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