55、海辺の町カストル 〜ヴァン、観察する
顔合わせの会の終盤の頃、僕達は会場へと移動した。
ボレロさんが明るい声で、冒険者ギルドの人達に復活を宣言すると、数人の視線がこちらに向いた。ボレロさんは、それに気づかないふりをして、さっき黒服に託した白ワインの木箱を確認している。
堂々とボレロさんの方を見た人達は、違うだろうな。きっと、騒ぐなという非難の視線だ。さりげなさを装って、チラチラと気にしている人達が怪しいか。
「ヴァン、犯人探しは、いらないよ。ヴァンが見ているとバレそうだよ」
「えっ? あ、ごめん。じゃあ仕事するよ」
マルクに、そう指摘され、僕は思わず苦笑いを浮かべた。僕には、さりげない仕草なんかできないのだろう。
小島でポスネルクを大量処分する映像で見たロン・ヒルースさんは、壁の花というか置物状態だ。顔合わせの会への参加は、あのご隠居様の命令だったのだろうか。なんだか、心細そうにも見えるんだよな。次期ヒルース家の当主らしくないと感じる。
ガメイ村のヒルース家の屋敷で会った二人も来ている。ご隠居様の黒服のようにも見えたアイザン・クルースさん、そして、あのとき遅れてきた顔見知りのヨルース家の人だ。
アイザン・クルースさんは、黒服のブラウンさんの近くにいて、ブラウンさんの手が空くと話しかけている。ブラウンさんは暗殺されかける前、アイザン・クルースさんのお姉さんと、婚約していたんだっけ。
そんな二人の様子を、冒険者ギルドに僕を呼びにきたハーシルド家の男性が気にしているみたいだな。彼は、ブラウンさんがハーシルド家の分家の人だと、気付いたのだろうか。
そして、あのヨルース家の人は、手当たり次第、会に参加する女性に声をかけているようだ。クルース家の使用人をしていた時期があるためか、お菓子を取り分けたり、女性の手の汚れに気づいてお手ふきを渡したりと、こまめに動いているようだ。
「黒服さん、私にあたたかい紅茶をいただけますか」
僕が参加者の観察をしつつ、テーブルの皿を補充していると、背後から可愛らしい声が聞こえた。振り返ってみると、たくさんの視線が突き刺さる。
「おっと、フロリス様、飲み物は、飲み物コーナーの黒服が承りますが」
いつもとは違う話し方で、澄ました表情のフロリスちゃん。危うく、そのことを指摘しそうになってしまったが、ここは貴族の社交の場だ。黒服の僕が妙なことを言ってはいけない。
「だって、ヴァンの紅茶の方がいいんだものっ」
ありゃ。フロリスちゃんは、そう言うと、ぷくっと膨れっ面だ。さっきの可愛らしい声はどこにいった?
あぁ、そうか。フロリスちゃんは、毒殺を恐れているのか。たぶん、マルクやボレロさんは、それを悟られないようにと、遅効性の毒がかけられているとわかって、お菓子を食べたのだろう。だけど、勘の鋭いフロリスちゃんにはわかるんだな。
おそらく、フラン様も気づいたはずだ。だけど顔合わせの会で、毒を使われたとは指摘できない。下手をすると、ドゥ家が犯人にされる。
暗殺貴族のクリスティさんは、すべてがわかった上で、ボレロさんにお菓子をすすめるのが最善だと判断したのだろう。
「フロリス様、かしこまりました。出来上がりましたら、お持ちしますね」
「私が取りに行くわ。立食パーティは、それが礼儀でしょ」
「ですが、フロリス様とお話したい方々がたくさんお待ちですよ?」
僕がそう言うと、僕に突き刺さっていた視線の一部が、やわらいだ気がする。だが、さらに睨んでくる人もいるんだよね。何者だ? という声も聞こえる。
「私、ヴァンについて行くもんっ」
うーん……また、視線が鋭くなったな。みんな、フロリスちゃんと親しくなりたいのだろう。だけど、それは、フロリスちゃんが、神矢ハンターのジョブだからだよな。彼女自身に好意を抱いている人は、いるのだろうか。
「お疲れになってしまいましたか? では、こちらへどうぞ。紅茶には、フロリス様がお好きな形のクリームを浮かべましょうか」
「もうっ! 私は子供じゃないんだからねっ。でも、懐かしいわね。あの頃は、お花の形のクリームを作ってくれたのが、とても嬉しかったのよ」
フロリスちゃんは、僕がファシルド家の黒服だと印象付けたいのかな。僕を敵視する視線は増えたけど。黒服のくせに生意気だ、ということかな。
「フロリスさん、飲み物なら、黒服に運ばせればいいじゃないですか」
「あちらで、お話の続きをしましょう。貴女は、魔導学校でも優れた成績だと聞く。私も魔法を学んでいるのですよ」
「フロリスさん、花がお好きなのですね。当家では、庭に広い花壇を作らせていますよ」
フロリスちゃんの背後から、いろいろな声が飛んでくる。彼女は、愛想笑いを浮かべて会釈をしつつ、僕に困っていると目で訴えてきた。なるほど、だから、僕のところに逃げてきたのか。
フラン様も、多くの客人に囲まれている。だけど、暗殺貴族のクリスティさんが、護衛のように側にいてくれているから、安心かな。何の話をしているのかは気になるけど。
「フロリスさん、さぁ、戻りましょう。黒服、おまえは立場を考えろよ」
「そうだぞ。貴族の集まりの場に、しゃしゃり出てきやがって。平民がフロリスさんと話すなど、なんと身の程知らずなのだ」
あぁ、こうなるよね。みんな、必死なのはわかる。だけど、こんな価値観の人達の中に彼女を置いておくのも、酷だろうか。
「ファシルド家の黒服は、なんと傲慢なのだ? 幼い頃のフロリスさんに近寄って、成人となった今でさえ……」
黙っていると、彼らの発言がエスカレートしてきた。これはマズイな。どうしようか。執事長のバトラーさんの姿を捜したが見当たらない。
「ちょっと、貴方達! いい加減にしてっ!」
えっ? フロリスちゃんがキレた!? 会場内の注目を一気に集めている。
「フロリス様、あたたかい紅茶をご用意します。お疲れになりましたよね。さぁ、こちらへ……」
僕がフロリスちゃんを誘導しようとすると、行く手を阻まれた。なんだか、騒ぎの中心に……。
『気をつけろよ。暗殺するなら、こういうときだぜ』
デュラハンからの念話だ。確かに、いま、僕達は囲まれてしまっている。はぁ、仕方ない。
「皆様、道を開けていただけますか?」
僕の身体から、まがまがしいオーラが放たれた。ノリノリのデュラハンからの提案を承諾すると、デュラハンの加護が強まり、僕の見た目はデュラハンに変化する。
黒服を着ていたのにな。
今の僕は、鎧騎士の姿だ。顔もクールなイケメンだが、首無しデュラハンとは違って、ちゃんと首はある。頭を覆う兜はない。デュラハンは、首を脇に抱えるのが自分のスタイルだと言っているためかな。
「うおっ、な、なんだ? おまえ」
「こんな場で、スキルを使うなど……」
抗議の声はあがっているが、さっきまでとは明らかに違う。彼らは、デュラハンの冷たいオーラに触れ、すっかり怯えているようだ。
すると、僕の見た目は、黒服に戻った。このタイミングも、デュラハンが見極めている。僕が指示しなくても、勝手に加護が弱まった。
「あぁ、すみません。敵意が多く向けられたから、僕の契約精霊が勘違いしたようで、加護を強めてしまいました。失礼致しました」
僕は、素知らぬ顔で謝り、やわらかな笑顔を作った。すると、僕達を取り囲んでいた人達は、顔をひきつらせ、無言で離れていった。




