53、海辺の町カストル 〜本来のやるべき仕事
飲み物コーナーの前には、ワインのクーラーボックスを置き、そして空のワイングラスも並べておいた。
貴族としては意地や見栄もあるのだろう。皿に取った料理を食べ終えると、再び料理コーナーに多くの客人が群がっていた。だが、2度目は料理の取り方が随分と変化していた。
僕が、ワインとの相性を考えて選ぶようにと言ったことで、意外な行動が見られた。多くの人は、ワインに関する知識はないと思う。だから、かな。
ほとんどの人は、バランス良く料理を取っていた。逆の言い方をすれば、自ら選んだワインに、どれかが合うはずだという賭けだろうか。
いやプライドの高い人達は、自分がワインと料理の相性がわからないと思われたくないから、いろいろな種類の料理を取ったのかもしれない。
飲み物コーナーでは、僕は、手を出さなかった。グラスにワインを注ぐことも、彼らに任せた。怒るかと少し警戒していたが、貴族同士は互いに牽制し合っているらしく、皆、作り笑顔を浮かべて自分で注いでいる。
一応、褒めておく方が良さそうかな。飲み物コーナーの黒服達がハラハラしていることも伝わってくる。僕は、にこやかな笑みを浮かべて、ワインを注ぐ人達に声をかけることにした。
「おぉ、その魚料理は、今、注がれたロゼワインに合うと思いますよ。この相性を見抜くとは驚きですね〜」
ちょっと、わざとらしいか。だけど、客人は嬉しそうだ。
「あ、あぁ、ロゼワインはあまり飲まないから、ヴァンさんが提案したように、いろいろな料理との相性を調べてみようと考えたのだ」
「素晴らしいひらめきですね。このロゼワインは、肉料理に合わせがちです。王都のレストランでもソムリエがそう案内すると思いますが、香辛料をしっかりと使った魚料理にも、よく合いますよ」
「そ、そうか。それは楽しみだな」
ニヤニヤと得意げな笑みを浮かべながら、飲み物コーナーを離れていく客人。
僕に視線を送ってくる他の客人にも、選んだワインに合う皿の料理をそれぞれ見つけて褒めていく。すると多くの客人は、子供のように喜び、素直な表情になっていった。
他者を蹴落とそうとする貴族家の人達が、こんな表情をすることに、僕は驚いた。そうか、知らないことを学ぶ喜びは、子供も大人も関係ないんだ。
指摘はしないが、ワインの注ぎ方が不器用な……下手な人が多い。おそらく、コルク栓を開けられる人は少ないだろう。だが本来は、これは黒服の仕事だ。
だけど、ささっとコルク栓を開けて、ワインをサーブできる貴族って、ちょっとカッコいいんじゃないだろうか? 近いうちに、何か考えてみようかな。
僕は、ジョブ『ソムリエ』だ。きっとこれが、本来の僕がやるべき仕事なのだと思う。神矢が選んだ【富】であるワインをしっかり広めることができれば、ジョブの印の陥没の兆しは消えてくれるだろうか。
◇◇◇
顔合わせの会が始まり、客人は会場へと移動していった。
「ヴァンさん、助かりましたよ。何の騒動も起こらなかったのは、初めてですよ」
ファシルド家の専属の黒服が、そう声をかけてくれた。僕を冒険者ギルドに呼びにきたハーシルド家の人は、不機嫌そうだったけどな。
「それなら、良かったです。顔合わせの会で出しているのは、お菓子と紅茶、そしてデザートワインですよね? 会の前に、ワインを飲んで酔った客人が心配ですが」
「準備は完璧ですよ。ヴァンさんのグミポーションも、大量に用意しました。土産に盗られてしまいそうですが、念のために、やく……」
「足りなくなるようなら、魔法袋にありますよ」
「えっ、あ、はい。助かります」
僕は、彼の言葉を遮った。彼の予想に反したことを言ったのだろう。彼は、一瞬、戸惑ったように見えた。いつもの僕なら、その場で作ると言っていた。だから、彼は念のために薬草を用意したと話すつもりだったのだと思う。
グミポーションと呼ばれているのは、正方形のゼリー状ポーションだ。お菓子のグミのような感じだから、重くないし持ち運びやすいから、今では、液体のポーションよりも販売量が多いようだ。
作り方も簡単だから、多くの薬師が作って販売している。だけど、一つの工程をやらない薬師が多いから、ほとんどの市販品は、少し土っぽいニオイが残る。
だから、差別化できているとも言えるかな。僕が作るゼリー状ポーションは、途中の工程で、薬草の根に付着した土を水魔法で洗っているから、土臭さは無いんだ。
「ヴァンさん、ですが、薬草を用意してありますよ?」
げっ、ごまかせてなかった。僕は、なるべくジョブの印を利用するスキルは使いたくない。
「作り置きのグミポーションを、買ってもらうチャンスだと思ったんですけどねー」
僕がそう言うと、黒服はケラケラと笑った。
「あはは、なるほど。バトラーさんに言っておきますね。食事の間の片付けが終わったら、ヴァンさんも会場の手伝いをお願いします」
そう言うと黒服は、先に会場へ行くと、食事の間を出て行った。ふぅ、今度こそ、ごまかせたよな?
「ヴァン、ちょっといい?」
黒服と入れ替わるように、マルクが食事の間に入ってきた。ボレロさんと、木箱に入った高級白ワインも一緒だ。
「マルク、白ワインを持ち歩いてるけどさー。そんな乱暴に扱わないで欲しいんだけど。それって、会場で提供してたんじゃないの?」
「あはは、ヴァンがソムリエみたいなことを言ってる。あっ、今はソムリエだっけ。むふふ」
悪ガキな顔をするマルク……。珍しいな。
「まさか、マルク、酔っ払ってない?」
すると、ボレロさんが口を開く。
「ボレロも、酔っ払ってますよ〜」
嘘だな。そうか、酔っ払ったという口実で、食事の間に来たのか。
僕は、魔法袋から正方形のゼリー状ポーションを取り出し、二人に放り投げた。すると、二人とも口でキャッチしてる。芝居じゃなく、本当に飲み過ぎているのか?
「ふぅ、グミポーションって、二日酔いにも効くよね〜。ヴァン、冷たい水はある〜?」
他に派遣執事がいるためか、まだ二人は困った客人を演じているようだ。黒魔導士のマルクに水をくれと言われるとは、思わなかったな。
「じゃ、こっち来て」
厨房の奥へと案内すると、ボレロさんがニヤッと笑みを浮かべた。
「あっ、ボレロは、大切なワインをここで守っていますからね!」
酔っ払いの続きだろうか。黒服達は、絡まれると感じたのか、テーブルの片付けへと移動していった。
「小島でポスネルクを大量処分していたロン・ヒルースが来てるよ。あと、ブラウンさんの知り合いらしいアイザン・クルース、そして以前クルース家の使用人として潜入していたヨルース家の人もね」
マルクは、小声でそう囁いた。




