表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

53/170

53、海辺の町カストル 〜本来のやるべき仕事

 飲み物コーナーの前には、ワインのクーラーボックスを置き、そしてからのワイングラスも並べておいた。


 貴族としては意地や見栄もあるのだろう。皿に取った料理を食べ終えると、再び料理コーナーに多くの客人が群がっていた。だが、2度目は料理の取り方が随分と変化していた。


 僕が、ワインとの相性を考えて選ぶようにと言ったことで、意外な行動が見られた。多くの人は、ワインに関する知識はないと思う。だから、かな。


 ほとんどの人は、バランス良く料理を取っていた。逆の言い方をすれば、自ら選んだワインに、どれかが合うはずだという賭けだろうか。


 いやプライドの高い人達は、自分がワインと料理の相性がわからないと思われたくないから、いろいろな種類の料理を取ったのかもしれない。



 飲み物コーナーでは、僕は、手を出さなかった。グラスにワインを注ぐことも、彼らに任せた。怒るかと少し警戒していたが、貴族同士は互いに牽制し合っているらしく、皆、作り笑顔を浮かべて自分で注いでいる。


 一応、褒めておく方が良さそうかな。飲み物コーナーの黒服達がハラハラしていることも伝わってくる。僕は、にこやかな笑みを浮かべて、ワインを注ぐ人達に声をかけることにした。



「おぉ、その魚料理は、今、注がれたロゼワインに合うと思いますよ。この相性を見抜くとは驚きですね〜」


 ちょっと、わざとらしいか。だけど、客人は嬉しそうだ。


「あ、あぁ、ロゼワインはあまり飲まないから、ヴァンさんが提案したように、いろいろな料理との相性を調べてみようと考えたのだ」


「素晴らしいひらめきですね。このロゼワインは、肉料理に合わせがちです。王都のレストランでもソムリエがそう案内すると思いますが、香辛料をしっかりと使った魚料理にも、よく合いますよ」


「そ、そうか。それは楽しみだな」


 ニヤニヤと得意げな笑みを浮かべながら、飲み物コーナーを離れていく客人。


 僕に視線を送ってくる他の客人にも、選んだワインに合う皿の料理をそれぞれ見つけて褒めていく。すると多くの客人は、子供のように喜び、素直な表情になっていった。


 他者を蹴落とそうとする貴族家の人達が、こんな表情をすることに、僕は驚いた。そうか、知らないことを学ぶ喜びは、子供も大人も関係ないんだ。


 指摘はしないが、ワインの注ぎ方が不器用な……下手な人が多い。おそらく、コルク栓を開けられる人は少ないだろう。だが本来は、これは黒服の仕事だ。


 だけど、ささっとコルク栓を開けて、ワインをサーブできる貴族って、ちょっとカッコいいんじゃないだろうか? 近いうちに、何か考えてみようかな。


 僕は、ジョブ『ソムリエ』だ。きっとこれが、本来の僕がやるべき仕事なのだと思う。神矢が選んだ【富】であるワインをしっかり広めることができれば、ジョブの印の陥没の兆しは消えてくれるだろうか。




 ◇◇◇




 顔合わせの会が始まり、客人は会場へと移動していった。


「ヴァンさん、助かりましたよ。何の騒動も起こらなかったのは、初めてですよ」


 ファシルド家の専属の黒服が、そう声をかけてくれた。僕を冒険者ギルドに呼びにきたハーシルド家の人は、不機嫌そうだったけどな。


「それなら、良かったです。顔合わせの会で出しているのは、お菓子と紅茶、そしてデザートワインですよね? 会の前に、ワインを飲んで酔った客人が心配ですが」


「準備は完璧ですよ。ヴァンさんのグミポーションも、大量に用意しました。土産に盗られてしまいそうですが、念のために、やく……」


「足りなくなるようなら、魔法袋にありますよ」


「えっ、あ、はい。助かります」


 僕は、彼の言葉を遮った。彼の予想に反したことを言ったのだろう。彼は、一瞬、戸惑ったように見えた。いつもの僕なら、その場で作ると言っていた。だから、彼は念のために薬草を用意したと話すつもりだったのだと思う。



 グミポーションと呼ばれているのは、正方形のゼリー状ポーションだ。お菓子のグミのような感じだから、重くないし持ち運びやすいから、今では、液体のポーションよりも販売量が多いようだ。


 作り方も簡単だから、多くの薬師が作って販売している。だけど、一つの工程をやらない薬師が多いから、ほとんどの市販品は、少し土っぽいニオイが残る。


 だから、差別化できているとも言えるかな。僕が作るゼリー状ポーションは、途中の工程で、薬草の根に付着した土を水魔法で洗っているから、土臭さは無いんだ。



「ヴァンさん、ですが、薬草を用意してありますよ?」


 げっ、ごまかせてなかった。僕は、なるべくジョブの印を利用するスキルは使いたくない。


「作り置きのグミポーションを、買ってもらうチャンスだと思ったんですけどねー」


 僕がそう言うと、黒服はケラケラと笑った。


「あはは、なるほど。バトラーさんに言っておきますね。食事の間の片付けが終わったら、ヴァンさんも会場の手伝いをお願いします」


 そう言うと黒服は、先に会場へ行くと、食事の間を出て行った。ふぅ、今度こそ、ごまかせたよな?




「ヴァン、ちょっといい?」


 黒服と入れ替わるように、マルクが食事の間に入ってきた。ボレロさんと、木箱に入った高級白ワインも一緒だ。


「マルク、白ワインを持ち歩いてるけどさー。そんな乱暴に扱わないで欲しいんだけど。それって、会場で提供してたんじゃないの?」


「あはは、ヴァンがソムリエみたいなことを言ってる。あっ、今はソムリエだっけ。むふふ」


 悪ガキな顔をするマルク……。珍しいな。


「まさか、マルク、酔っ払ってない?」


 すると、ボレロさんが口を開く。


「ボレロも、酔っ払ってますよ〜」


 嘘だな。そうか、酔っ払ったという口実で、食事の間に来たのか。


 僕は、魔法袋から正方形のゼリー状ポーションを取り出し、二人に放り投げた。すると、二人とも口でキャッチしてる。芝居じゃなく、本当に飲み過ぎているのか?


「ふぅ、グミポーションって、二日酔いにも効くよね〜。ヴァン、冷たい水はある〜?」


 他に派遣執事がいるためか、まだ二人は困った客人を演じているようだ。黒魔導士のマルクに水をくれと言われるとは、思わなかったな。


「じゃ、こっち来て」


 厨房の奥へと案内すると、ボレロさんがニヤッと笑みを浮かべた。


「あっ、ボレロは、大切なワインをここで守っていますからね!」


 酔っ払いの続きだろうか。黒服達は、絡まれると感じたのか、テーブルの片付けへと移動していった。



「小島でポスネルクを大量処分していたロン・ヒルースが来てるよ。あと、ブラウンさんの知り合いらしいアイザン・クルース、そして以前クルース家の使用人として潜入していたヨルース家の人もね」


 マルクは、小声でそう囁いた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ