52、海辺の町カストル 〜フライングの客人達
ファシルド家の別邸に戻ると、顔合わせの会までは、まだまだ時間があるのに、かなりの数の客人が来ていた。
なるほどね。だから、昼食ではなく午後からなのか。フライングで早く来る人がこんなにいるなら、昼食会にすると朝食から用意することになりそうだ。
食事の間にも、たくさんの客人がいる。厨房は、大忙しだな。早く来た客人に、立食形式で軽食を提供するようだ。まだ昼食時間にも早いけど、客人は並べ始めた料理に群がっている。
「ヴァンさん、ギルドの用事は済みましたか」
執事長バトラーさんは、忙しい中、僕を見つけて声をかけてきた。これは非難されているのかもしれない。だけど、ギルド長ボレロさんからの伝言は、バトラーさんから聞いたんだよな。
「はい、忙しい時間に抜けてすみません」
「いえ、ヴァンさんの仕事は、これからですよ。どうやら、貴方目当ての客人も多いようですから、飲み物の方をお願いします」
「昼前から、お酒は提供しないですよね?」
「旦那様から、ヴァンさん目当ての客人が複数いたら、接客に出てもらうようにと、命じられています。ヴァンさんがワインの話をしてくださると、会の格も上がるので、よろしくお願いしますね」
「は、はぁ。ワインの話ですか」
「ええ、惹きつけておいてくださると、他の動きが楽になります。そのための差し入れだと考えていますよ」
そう言うと、バトラーさんは何か目配せをして、僕から離れていった。なるほど……客寄せ的な感じで、少し派手にする方がいいのか。
バトラーさんがいう動きとは、ポスネルクの件だろう。ファシルド家の旦那様は、集まりの格は全く気にしないと思うけど、僕がワインの話をすることで、他の貴族の人達が納得するのかもしれない。
ハーシルド家の男性が僕の姿を見つけたようだ。彼の娘と会わせたいと言っていたけど、いま、彼の側には女性はいない。
あぁ、立食の料理を並べたテーブルの方を気にしているから、あの中に娘さんがいるのだろう。だが彼は、商人っぽい男性と話をしている最中だな。
僕は、飲み物のカウンターへと移動した。
僕を追う視線が気になる。スキル『道化師』のポーカーフェイスを使おうかと思ったが、安易にスキルは使うべきじゃないよな。
ジョブの印の陥没の兆しは、まだ全く改善していない。まぁ、当たり前か。まだあまりジョブの仕事はしてないもんな。
「バトラーさんから、こちらの手伝いを頼まれました」
ファシルド家の専属の黒服にそう声をかけると、スッと場所を譲られた。
「ヴァンさん、助かりますよ。いま、料理の方にお客様が集まっているから、あの大群はすぐにこちらに来ます。もう数人欲しいな」
「お待たせするとマズイですもんね」
「はい、しかも、かなりうるさい人ばかりですよ」
黒服は、小声で囁いた。なるほど、料理を取った皿を持ってくるから、飲み物が遅いとブチ切れる客人もいるだろう。
ここにあるワインは3種類か。しかも、白が2種とロゼ。赤ワインをくれと言われたら、厨房に走らなければならない。
「わかりました。お任せください。僕が守ります」
「あはは、ヴァンさん、お願いしますよ」
きっと、呼び寄せる方がいいよな。待たされるとイライラするが、自分から待とうと思わせれば、おかしなクレームは減るはずだ。
「料理コーナーにお集まりの皆様! ジョブ『ソムリエ』のヴァンです。ワインとの相性を考えながら、お料理選びをされませんか? 興味をお持ちいただいた方は、こちらへお越しください」
僕がそう声をかけると、横にいた黒服がギョッとしていた。一気に、人の波が来る。
「ヴァンさん、混み合います……」
「大丈夫ですよ。空のグラスだけ、客人に配ってください」
「空のグラス?」
「はい、空のグラスです。ワインは僕が配って行きます」
僕の意図がわからないらしく、黒服達は微妙な笑顔で、ワイングラスを集まる人に手渡し始めた。
「何も入ってないじゃないか!」
いきなり怒鳴る男性……。こういう人は、嫌われるよな。あっ、いいことを思いついた。
「皆様、飲み物コーナーへようこそ。今、皆様には、空のグラスを黒服さんに配ってもらいました。これから僕が、皆様の皿を見ながら、ワインを注いで回ります」
そう話すと、いろいろな声があがった。でも、まだまだ批判的な声が大きい。
「皆様がご存知のとおり、神矢の富は、ワインが選ばれました。それから8年ほど経ちますから、ワインに関する知識を得る機会も多かったことでしょう」
批判的な声はピタリと止まった。半分は嫌味で言ったんだけどな。こんな気取った会に、フライングで来る人達の興味を惹きつけるには、十分だったようだ。
「ご用意したワインは、スッキリとした辛口の白ワインと、柔らかな香りのロゼワイン、そしてフルーティな香りの甘めの白ワインです。皆様、ご自身のお皿の料理をご覧ください。3つのワインのうち、どれが最も合うでしょう?」
僕は、やわらかな笑みを浮かべながら、集まってきた人達を見回した。
自分の皿を見て固まる人や、隠す人、そーっと離れて行く人もいる。試されていると感じたのだろう。貴族家の人達としては、神矢が選ぶ富を、知らないではすまない。
ファシルド家の旦那様は、無関心というか無頓着だけど、あんな人は珍しい。自分に自信がないと、あんなに堂々と、ワインはわからんとは言えないだろう。
「皆様、3つの中から、ひとつ、思い浮かべてくださいましたか? では、辛口の白ワインから注いで回りますね」
僕は、キンキンに冷やした辛口白ワインを持ち、客人の持つ皿を見ていく。本来なら、手に持つグラスに注ぐこと自体がマナー違反だけど、今回は、遊びだからいいだろう。
淡白な料理や魚料理を多く取っている人のグラスに、辛口白ワインを注いでいった。
「おぉ! ワシは辛口の白ワインが合うと思っていたぞ!」
そして、ロゼワインを持って回るときには、空のグラスの人達が、息をのむ音が聞こえるくらい静かになっていた。
ロゼワインは、味の濃い物や、肉料理、香辛料を多めに使った料理を取っている人達に、そして甘めの白ワインは、サラダや芋やフルーツを多く取っている人達に注いでいった。
「皆様、お席で、ワインと料理の組み合わせをお試しください。あっ、そうだ! 次のお料理を取られたら、是非ご自身でワインを選んでみてください。素晴らしい組み合わせが見つかると嬉しいものですよ。飲み物コーナーの前に、冷やしたワインをボトルで置いておきますね」
「おぉ! そうだな。確かに、ワインは料理との相性が重要だ」
「素晴らしい! お客様は、ソムリエのスキルをお持ちですか?」
「いやいや、あはは。ワインとは楽しいものだな」




