51、海辺の町カストル 〜町を封鎖する?
は? くだらない?
ギルドの職員さんと一緒に地下倉庫に降りてきた見知らぬ男性の言葉に、あやうく僕は反論しそうになった。
彼の不機嫌さからも、僕がここにいる理由を、冒険者ギルドの地下倉庫のワインの確認だと思ったようだ。まぁ、ボレロさんの思惑通りってことか。
「ヒルース家とヨルース家、そしてクルース家まで招待したらしいな。ナイトの屋敷での集まりに、なぜアーチャー家を呼ぶ? 新たな神官家は、アーチャー家を贔屓しているのか!」
僕に対するクレームか。この人は、ナイトの貴族らしい。武術系の貴族は、ナイトとアーチャーの仲が悪い。特に、アーチャー家を嫌っているのは……いくつか思い当たるけど、下手なことは言えないか。
「まぁまぁ、ハーシルド様、落ち着いてください。アーチャー家を招待する方がいいと提言したのは、このボレロでございます」
僕が返答に困っていると、ボレロさんが助けてくれた。だけど、うーん、なんだかしっくりこないな。彼に怒鳴り込まれて、ボレロさんは微かに笑みを浮かべた。
ボレロさんは僕に、彼がハーシルド家の人だということを教えてくれたようだ。黒服のブラウンさんは、ハーシルド家の分家の坊ちゃんなんだよな。この人も分家なのだろうか? でも分家の人なら、ボレロさんはハーシルド様とは呼ばないか。
ブラウンさんの暗殺を企んだハーシルド家の人なら……ブラウンさんが生きていることを知られると、マズイのではないかな。
「なんだと? なぜ、おまえがそんな提案をする? 冒険者ギルドの所長は、そんなに偉いとでも言うつもりか。王都を任されているわけではなく、小さな田舎町デネブの所長だろう?」
この人は、権威主義かな。有力貴族としての余裕がない。ハーシルド家が、ファシルド家よりも劣るのはこういう所だと思う。
「はい、ボレロは、デネブの冒険者ギルドを任されていますよ。デネブに近い漁師町リゲルも私の管轄なので、海に面する場所での集まりで注意すべきことは、熟知していますからね」
「なっ? ふん……」
漁師町リゲルは、王都への魚を獲っていることで有名だ。王都に関わる仕事をしているという主張なのか。なるほど、ボレロさんは凄いな。さらりと、有力貴族の彼を言い負かしている。
だけど、これだけのことで黙るのか? ハーシルド家の彼は、アーチャー系の貴族を招待する……いや、クルース家を招待したことで、海のトラブルを回避する力が増すことを知っているのだろうか。
あっ、そういえば、ファシルド家の旦那様は、このポスネルクの事件は、ハーシルド家が本命だと言っていたっけ。ハーシルド家は船を多く持っているから、海に浮かぶ小島を利用しやすいと考えたみたいだけど。
「ささ、ヴァンさんは、そろそろ屋敷に戻られる方が良いですね。こんな忙しい朝にお時間をいただいたお詫びに、ボレロも警備のお手伝いをさせてもらいますよ」
これがボレロさんの狙いか。
冒険者ギルドの所長は、貴族の集まりに参加する権利はないし、警備のミッションを受けることもない。
「ふん、所長が警備か? 田舎町の冒険者ギルドは暇なんだな」
「高級ワインの差し入れ依頼を受けていますのでね。ボレロが責任を持って、高級ワインを守りますよ」
これは今、思いついたのだろう。白ワインが高級ワインだとは知らなかったもんな。だけど、なぜワインを守る?
すると、ハーシルド家の男性は、明らかにホッとしたように見える。会場警備ではなく、ワインの近くにいるという宣言に安心したようだ。
「はん、ワインの警備だと? くだらない。ヴァン・ドゥさん、さっさと屋敷に戻ってもらえるか。他の者が来る前に、我が娘と顔合わせをさせたい」
はい? 顔合わせ? もしかして、そのためにこんなに早くから来たのか?
ボレロさんが、微かに笑みを浮かべている。あらかじめ、こうなることを想定していたということか。僕を別の場所に来させると、自分の娘を僕に会わせるために時間より早く来た人が、冒険者ギルドに怒鳴り込んでくる、と。
「あの、僕は、派遣執事として来ている黒服ですよ? 顔合わせの会には、参加しませんが……」
「だから、時間より早く来たのだ。それなのに屋敷に居ないなんて……。派遣執事なら、屋敷で準備をするのが仕事だろう? ほれ、早く戻ってもらえるか」
微妙に、僕に気を遣っているかのような言葉遣いだけど、この人は、小者だな。ファシルド家の旦那様なら、自分の目的を暴露するような、こんな言い方はしない。
僕は、貴族家の格付けには詳しくないけど、当主の力量が表れるのだと感じた。比較する機会があるたびに思うけど、ファシルド家の旦那様は、やはりさすがだな。
「ヴァンさん、高級ワインは、そっと運ぶ必要がありますよね? 我々が運びますが、横について指導をお願いします」
「あ、はい」
魔法袋に入れて運べば良いはずだけど、ボレロさんには、何か考えがありそうだな。
「ふん、それならワシは先に屋敷に戻っている。ヴァン・ドゥさん、さっさと戻って来てくださいよ」
そう言うと、ハーシルド家の男性は、地下倉庫から出ていった。
「あはは、ヴァンさん、ありがとうございます。これでボレロも含めて5人は送り込めますよ」
ボレロさんは、想定通りだったのか、笑いが止まらないらしい。職員さんに目で合図を送ると、職員さんもニヤニヤと笑いながら、魔道具を操作し始めた。
「ボレロさん、僕を呼び出したのは、このためですね?」
「はい、そうですよー。ヴァンさんを餌にすれば釣れると思ってました。まさかの大物が釣れましたねー。ハーシルド家が、ボレロ達が参加することを承知したから、とっても動きやすいですね」
「冒険者ギルドも、会場で、ポスネルクの件を調査するのですね?」
僕がそう尋ねると、ボレロさんは表情を引き締めて頷いた。
「ええ、ヴァンさんが招待状を上手く渡してくださったおかげで、顔合わせの会には、疑惑のある貴族が勢ぞろいしますからね」
「疑惑の貴族って……アーチャー系ってことですか」
「ボレロには、まだわかりません。ですが、包囲網は完璧ですよ。すべての客人がこの町に入ったら、町は完全に封鎖しますからね」
「えっ? 封鎖するんですか?」
「はい、転移も封じます。そのためのドルチェ家ですよ。では、ゆっくりと参りましょうか」
職員さん達が白ワインの木箱を持ち上げると、ボレロさんは、ニコニコと笑みを浮かべて、その後ろをついていく。僕は念のため木箱に保護魔法をかけて、彼らの後を追いかけた。