50、海辺の町カストル 〜ボレロの思惑?
本日より再開します。よろしくお願いします。
それから数日が経過した。
今日は午後から、例の顔合わせの会が行われるため、大勢の使用人達が、ファシルド家の本邸から来ている。かなりの数の派遣執事も、商業ギルドの短期ミッションで来ているから、知らない顔も多い。
執事長のバトラーさんが、夜明け前からテキパキと指示をとばし、みんな忙しそうに準備をしている。時間より早く来る客も多いらしく、少し殺気立っている気もする。
それなのに僕は、冒険者ギルドから呼び出されたため、今、カストルにある小さな冒険者ギルドの事務所に来ているんだ。
「ヴァンさん、忙しい日に、朝からすみませんね」
デネブの冒険者ギルド所長のボレロさんは、全然申し訳ないとは思ってない顔をしていた。ただの挨拶か。
「いえ、こんな早朝から、どうされました?」
そう尋ねると、彼は悪戯っ子のような笑みを浮かべた。僕の知らない何かの策が、すでに打ち合わせ済みらしい。
「ボレロは、今日の夕方から夜にかけてが、正念場だと思うのですよ。だから、ドルチェ家にもご協力をお願いしました」
ボレロさんが言うドルチェ家は、マルクのことを指していると察した。やはり何か、仕掛ける気だな。
「何か、企んでるんですね。ですが、ファシルド家で行われる顔合わせの会は、夕方には終了予定になっていますよ?」
「おや、ヴァンさんは、貴族家の顔合わせ会をご存知ないのですね。午後からのブランチは、ただの社交の場です。夕方には帰る人もいるでしょうけど、大抵の人は、縁を築きたい人と過ごされるようです」
「夕方からは、フリータイムということですか?」
僕がそう尋ねると、ボレロさんはニヤッと笑った。もしかして、僕も参加すると考えているのだろうか。あり得ない。僕には、妻も娘もいるんだ。
あ、でも、そのフラン様がなぜか参加するんだっけ……。嫌なことを思い出してしまったな。まぁ、うん、フラン様はドゥ家の当主なんだから、伴侶は複数いても不思議じゃない。いや、複数いる方が普通なんだよな。
「ヴァンさん、楽しくなりそうですね」
ボレロさんは、本当に楽しそうな表情をしている。
「僕には、黒服の仕事がありますから、特別、楽しくもないですよ。それより、僕を呼び出した理由を聞かせてくれませんか」
僕がそう話すと、ボレロさんはまたニヤッと笑った気がした。からかわれているのだろうか。
「そうでしたね。ボレロがお呼びしたのは、ヴァンさんに、ここに居てもらいたいからなんです」
はい? 僕は黒服なんだけど。
「ボレロさん、僕が仕事中なのは、覚えてますよね?」
「あはは、もちろん忘れてませんよ。そうですねぇ、あっ、そうだ! 地下倉庫に行きましょう」
なぜだ? 意味がわからない。ボレロさんは、ニコニコしながら、僕の腕を引っ張って階段を降りていく。
「ヴァンさんに、地下倉庫を見てもらうからねー」
ボレロさんは冒険者達の姿が見えると、その奥にいるギルド職員さんに向かって、大きな声で叫んだ。
どうやらボレロさんは、僕に何か用事があって一緒にいると、周りの人達に思わせたいようだな。
地下倉庫は、ひんやりとした広い空間になっていた。倉庫というよりは、シェルターのようにも見える。
「ボレロさん、ここって非常時に使えそうな空間ですね。とても広いし」
「おっ、ヴァンさんは鋭いですね。ここは地下シェルターのひとつです。以前、壊滅的な被害を受けた教訓から作られたんですよ。この町は、神官家はベーレン家の教会しかないですからね」
そうか。ベーレン家に生まれた人達が悪さをすると、この町には、逃げ場がない。冒険者ギルドの出張所ではベーレン家と対抗できないから、住人を避難させる場所を作ったのか。
「これは、良いアイデアですね。倉庫として使っているなら、非常時にも食料には困らないし」
「ええ、この町の復興に尽力したクルース家のアイデアですよ。人嫌いなクルース家ならではの発想かもしれません。ファシルド家なら、兵舎を作るでしょうからね」
確かにファシルド家なら、そう考えそうだな。
「ワインも置いてあるのですね」
僕は、木箱に入ったままのワインを見つけた。僕が生まれたリースリング村のぶどうを使った、極甘口の白ワインのようだ。提携しているワイン醸造所のマークが、木箱に描かれている。
「あぁ、これは急遽、取り寄せたものですよ。ヴァンさんを地下倉庫に来させる理由になりますからね」
ボレロさんは悪戯っ子のように、ニカッと笑った。だけど、このワインのことは忘れていたみたいだな。
「ボレロさん、今、その理由を思いつきましたね?」
「あはは、バレてしまいましたか。実は、ドルチェ家から、念のためにと送られてきたのですよ。いろいろな可能性を考えて、あらゆる手を打つんですねぇ。ボレロには真似ができません」
僕は、一応、白ワインのボトルに触れてみた。うん、確かに、運び込まれたばかりのようだな。まだ、ワインの精が、落ち着かない様子だ。
「ボレロさん、ワインをかなり揺らしましたね? ワインはデリケートなんですから、優しく扱ってください」
「あぁ、割れないように保護魔法をかけて、放り投げていたかもしれませんね」
ちょ、これは高級な白ワインなのに……。
「ボレロさん、これ1本で、安くても銀貨1枚以上ですよ?」
僕がそう言うと、ボレロさんの表情は、サーッと青白くなった。知らなかったのか。
「ワインは、傷んでしまいましたか?」
「いえ、ここで静かに置いておけば、夕方には落ち着きますよ。昨夜運び込んだんですか?」
「夜明け前かと……。はぁ、ボレロの寿命が縮みましたよ〜。あっ、そろそろかな?」
ボレロさんは、魔道具を操作している。
「何を仕掛けたんですか?」
「あのですね、ヴァンさんは、すぐにターゲットになるので、知らせない方が良いとのことでして……」
はい? ターゲットになる? サーチの対象になるってこと? もしくは単純に、隠し事が下手だと思われているのか。
「ヴァンさんは、いらっしゃいますかー?」
ギルドの職員さんが、見知らぬ男性と一緒に、地下倉庫に降りてきた。
「こっちにいるよ。この白ワインは、高級ワインだったんだって! 丁寧に扱わないと傷んでしまうよ。弁償できないからね、みんな気をつけて」
ボレロさんは、大げさに慌てた様子で、職員さんにそう話している。高級ワインと聞いた職員さんも、顔面蒼白だ。
「す、すみません。とりあえず放り込んでおいたので……」
慌てる職員さんの背後にいた男性が、咳払いをした。彼は僕を真っ直ぐに見ているけど、見覚えのない人だ。
「ヴァン・ドゥさん、ですな? 一番に屋敷に行ったのに、冒険者ギルドに呼び出されたと聞いた。何の用事かと思ったら、こんなくだらないことだったのか。すぐに顔合わせの会に戻っていただきたい!」
皆様、長らくお待たせしてしまいました。ごめんなさい。
20日ほどお休みをいただいてしまいましたが、実は、まだ治っておりません…。
大変申し訳ないのですが、台風シーズンが終わるまでは、更新ペースを変更させてください。
とりあえずしばらくは、週3〜4回の不定期更新にします。落ち着いてきたら、定期更新に変更、さらには週5更新に戻せると思います。
どうぞ、よろしくお願いします。