46、ガメイ村 〜駆け引き?
僕達は、年配の女性が掘り出した大量の壺のような物を、彼女の屋敷の裏庭に運ばされていた。魔法袋に入れたらいいのに、マナの痕跡が消えるからと、何往復もさせられたんだ。
「マイラ様、これは……」
ちょうど運び終わった頃、屋敷から中庭に、若い黒服が飛び出してきた。彼は、僕達に不思議そうな視線を向け、軽く会釈した。
ブラウンさんは黒服だけど足元がドロドロだし、僕は冒険者に見えるだろうから、こんな見知らぬ二人が、なぜここにいるか不思議に感じたのかな。
「あぁ、畑の向こうの方の雑草がさ、魔物のせいで泥沼化していたのさ。この人達が見つけてくれたんだよ。こんな物が仕込まれていたのさ」
「そうでしたか。すみません、私は畑は苦手でして」
若い黒服は、つるんとした肌をしている。ここは、ヒルース家の別邸だよな? なんだか、まるでクルース家の人みたいだけど。
「いえ、すべてを焼き払ったのは、こちらのご隠居様ですから」
ブラウンさんがそう応対してくれた。すると、その若い黒服は、ブラウンさんをジッと見て、やはり不思議そうな顔をして首を傾げた。
「アイザン、驚いたかい? 剣聖の子が生きていたみたいだよ。ハーシルド家は、本家以外も普通に本家を継ぐ後継者を選ぶから、目立つ子は殺されるのさ」
僕だけが話がわからないみたいだな。ブラウンさんの父親、ブラウン学長は剣術学校の学長であり、剣聖と呼ばれる人だ。若い黒服の彼、えっとアイザンさんも、ハーシルド家のことを知っているのかな。
「あ、貴方は、ブラウンJr.さんなんですね! 私の姉の婚約者だった……あ、あの……」
うん? 婚約者? でも、過去形だな。
「やはりキミは、アイザン・クルースか。イリスとは確かに婚約していたが、俺は何年も前に死んだことになっているだろう? 実際、死人同然だけどな」
若い黒服は、やはりクルース家の人なんだ! 肌の感じが、それっぽいと思ったんだよな。人魚っぽいツルンとした綺麗な肌をしている。
「死人同然とは、どういう……ハッ! ジョブはどうしたんですか? ナイトのジョブは……」
「アイザン、俺は、ボックス山脈にある獣人の隠れ里で、獣人達に保護されていたんだ。俺を蘇生させたのも獣人だから、ジョブボードが使えなくなった。おそらくスキルは、消えていないとは思うが……」
ブラウンさんの話を、若い黒服は辛そうな顔をして静かに聞いている。クルース家の人って、あまり人間を信用しないイメージだけど、この黒服アイザンさんは違う印象を受けた。ブラウンさんに対してだけかもしれないけど。
「それで、ジョブ無しに……。アウスレーゼ家の神官様なら、復活させる方法をご存知かもしれません!」
「いや、うん、アウスレーゼ家出身のドゥ教会の当主様には相談済みだ。ジョブの再付与が可能らしいが、半分の確率で以前とは異なるジョブになるそうだ」
ブラウンさんは、やはり確実にジョブ『ナイト』を取り戻したいのか。彼の話を聞いて、若い黒服アイザンさんは、どんよりと暗い表情を浮かべた。
「へぇ、ドゥ教会の当主は、半分の確率でジョブ『ナイト』にできると言っているのかい。なかなかの自信家だねぇ。ジョブ無しがジョブを得る場合、普通なら別のジョブに変わるよ」
この屋敷の年配の女性の言葉には、トゲがあると感じた。確かに、フラン様のことをよく思っていない人は多い。そのほとんどは、神官家の逆恨みだ。
フラン様が立ち上げたドゥ家は、小さいけど、神官三家に次ぐ第四の神官家と認められている。それを疎ましく感じる人が多いようだ。
「半分の確率とおっしゃっていました。若くしてドゥ家を立ち上げた実力者ですからね。それに、教会には六精霊の壺があります。精霊が認める神官は、そう多くはないですが」
ブラウンさんが語ることは、もちろん事実なんだろうけど、僕には知らされていないこともあった。僕は、フラン様がどんな力を持っているのか、正直、あまり知らないんだよな。伴侶なのに……。
「ふぅん、基本精霊かい。じゃあ、邪気がないことは確かだね。新しい神官家だなんて、ロクなものはないけど、少しはマシなようだ。だが半分の確率だなんて、傲慢だよ」
年配の女性は、フラン様を認めるようなことを言いつつも、納得できない部分があるらしい。僕には、よくわからないに。神官のスキルはあるけど、自らジョブの印の陥没の兆しで困っているくらいだ。
ブラウンさんは、僕を気遣うような視線を向けてくれたけど、年配の女性の言葉に対して、僕は反論するつもりもない。そもそも、その確率の話は、僕の理解を超えている。
「では、運び終わりましたし、僕達は失礼しましょうか」
僕がそう言うと、ブラウンさんは何かの合図をしてきた。うーむ? 全くわからない。僕達は、クルース家の別邸を訪問しなきゃいけないのに?
「兄さん、あんた、農家の生まれだと言っていたね? だが黒服の仕事をするなら、もっと貪欲な執念深さが必要だよ」
「えっと、お話の意味が……」
しまった……咄嗟にそう答えてしまったが、失言だった。年配の女性は、この壺を裏庭に運ばせた対価として、クルース家に取り次いでやろうと考えているのだと察した。
「ふふん、農家の坊やでは、黒服は難しいんじゃないかい? ねぇ、ハーシルドの坊や」
彼女はニヤニヤしながら、僕達を挑発しようとしているのか。僕は、こんな相手にどう立ち回れば良いのか、全くわからない。
「ご隠居様、相変わらず好戦的なのは良いですが、ケンカを売るなら、相手を見てからにされる方がいい」
ブラウンさんは、冷たく言い放った。だよな、ハーシルド家は有力貴族だ。分家でも、ナイトの家系に生まれた人に対する言葉としては、どうかと思う。
まぁ、今のブラウンさんは、黒服なんだけど。
「当然、私は相手を見て話しているよ。その坊やは、ヴァン・ドゥ、堕天使を従える極級魔獣使いだね。私が何を言っても、絶対に早まった行動はしない。だから、私は言いたい放題、好きなことを喋れるんだよ」
バレてる!? 妖精の声は、わからないと言っていたのに?
「ご隠居様は、人が悪い……」
ブラウンさんがフーッとため息をつくと、年配の女性は、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「それで? キミ達のお使いの目的は何だい? ま、とりあえず、案内させようかね。そんな泥だらけでは、さすがに気の毒だ」
年配の女性がそう言うと、若い黒服アイザンさんが、屋敷内の浴室に案内してくれた。




