表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

45/170

45、ガメイ村 〜火矢を使う女性は

「ヴァンさん、あの魔物は……」


 ブラウンさんは、剣に手をかけたままだな。剣は不要だと言っても、武術系ナイトのハーシルド家の人には無駄か。


「沼地に生息する魔物ですよ。人間を襲う種族ではありません。繁殖力が高いので、数は一気に増えます。ある程度増えると共喰いを始めて巨大化していきますが……」


 僕がそう説明すると、近寄ってきた年配の女性は、ため息をつきながら口を開く。



「兄さん、巨大化するのは人間が干渉しない場所だけの話だ。あの状態からは、人間の干渉によって様々な種族に育つ呪われた稚魚だよ」


 彼女の言葉遣いも変わった。さっきまでのような、妙ななまりのない自然な話し方だ。


「様々な種族に育つのですか?」


 僕は、反射的に聞き返していた。嫌な予感しかしない。


「そうだよ。いわゆる遺伝子操作というものらしい。ベーレン家の知能が、ありえない方向に悪用されている」


 えっ!? ベーレン家? 神官三家のひとつだ。ベーレン家は、知力の高さに秀でている。



 神官三家は、統制のトロッケン家、成人の儀を司るアウスレーゼ家、身近な町の教会として人々を導くベーレン家を合わせた呼び方だ。


 トロッケン家は武術系、アウスレーゼ家は魔術系、そしてベーレン家は知力が優れているという特徴がある。


 だが、ベーレン家に生まれた人で、神官のジョブを持たない人達の一部は、深刻な問題を起こし続けているんだ。高い知能の使い方を間違えてるんだよな。生物兵器を作ったり、人工的に魔物の変異種を創り出したり……。


 神官三家の中で、ベーレン家の人達には、おかしな劣等感を抱く人が多いそうだ。武術でも魔術でも、他の神官家に敵わないから、奇妙な兵器作りに熱中することになったらしい。



「この大きな稚魚は、ヘビに変わることもありますか?」


 僕は、年配の女性にストレートに尋ねてみた。すると彼女は、フンと鼻を鳴らす。一瞬、怒らせたかとヒヤリとしたが、笑っているようにも見える。


「あぁ、兄さん達は、ポスネルクについて調べているのかい。どこの貴族の使用人か知らないが、まさか、私に責任を押し付けるつもりじゃないだろうね?」


 この言い方……。ブラウンさんの表情も変わった。この女性は、クルース家のご隠居だろうか。肌の雰囲気は年齢のためか、クルース家に特有のつるんとした感じではないが。


 この問いには答えられないな。しかし、ブラウンさんが表情を変えたことにも、彼女は気づいている。素知らぬふりはできないか。



「ヴァンさん、いつまでも空中に浮かべておくのはキツイでしょう。とりあえず、捕まえましょうか」


 ブラウンさんが、魔法袋から何かを取り出した。獣人がよく使う投げ縄のようなものだ。


「捕まえてどうするつもりだい? この稚魚は、すでに仕込みが終わっているよ。もう今さら自然には返せない」


 そう言うと年配の女性は、スッと手に弓を出した。農作業をしていた人が弓を構えるのは、なんだか違和感を感じる。



 シュッ!



 彼女が放った1本の矢は、空高く舞い上がり、パッと無数の光に分かれた。そして空からは、まさかの火の雨が降り注ぐ。 



「ちょっ! 火矢!?」


 僕は咄嗟に、ぶどうの木を守ろうと、空中に根を伸ばした。そう、ラフレアの根だ。人には見えないものだから、僕は遠慮なく一気に広げた。


 ぶどうの木々の上に、ラフレアの根を張り巡らせ、火の雨から守る。ラフレアも火には強くはないが、この程度なら大丈夫なはずだ。


 空中に浮かんでいた雑草と魔物は、火の雨で燃え、泥水に落ちていく。雑草が燃えてしまうと、僕の技能では燃えカスは維持できない。


 泥水畑に落ちた燃えカスは、泥水に沈んでいく。すると、ぶわっと水蒸気があがってきた。燃えカスも高温なのか、泥水の中の水分を蒸発させていく。


 凄い火矢だな。たった1本で、大量の雑草と魔物を消し炭にしてしまったようだ。


 ぶどうの木々を覆っていたラフレアの根も、少しダメージを受けている。予想以上に強い火矢だ。



「へぇ、兄さんのバリアかい。その辺のぶどうの木も一緒に焼いてしまおうと思ったんだけどね」


 年配の女性が近寄ってきた。僕は、さっと、根を引っ込めた。ラフレアの根に人間が触れると、痺れて動けなくなる。


「僕は、ぶどう農家の生まれなので、さすがに目の前で焼かれるのは耐えられないですから」


「ぶどう農家? ジョブ『ソムリエ』じゃないのかい」


「僕のジョブは、ソムリエですよ。農家だと思ってたのに違ったから、家の畑は継げないんですよ」


 そう、まさかのソムリエだったんだよな。


 僕には、10歳離れた妹がいる。妹のミクは、まだ成人を迎えていない。たぶん、妹がジョブ『農家』なのだろうな。


 妹は、両親の仕事の都合で村を離れていたときに生まれた子だ。最近まで、ずっとスピカで暮らしていた。


 だから、家で爺ちゃんの畑仕事を手伝っていたのは僕だ。それなのに僕のジョブが農家じゃないなんて、あんまりだよな。


 まぁ、でも、ジョブ『農家』だったら、僕は逆に村を離れることができなかった。フラン様と伴侶になることもできなかっただろうけど。



「ふぅん、そうかい」


 年配の女性は、興味無さそうにそう言うと、雑草だらけだった場所に足を踏み入れた。まだ熱を持っている土壌を踏み固めているように見える。


 あっ、違うか。何かを探しているのか?


 彼女は、何かを土の中から掘り起こした。そしてそれを、僕の方へ放り投げてきた。壺のような形状の……何だ? 年配の女性は、さらにいくつも、同じようなものを掘り出していった。



「ヴァンさん、これは意外な展開ですよ」


 ブラウンさんが、小声で耳打ちしてきた。僕が首を傾げていると、彼は言葉を続ける。


「あれは、ヘビを捕獲する魔道具です。それにあの婆さんが使った火矢は、ヒルース家だけが使う奥義ですよ」


「えっ? クルース家じゃなくて、ヒルース家?」


 思わず、大きな声になってしまい、慌てて口を閉じたが……もう、時すでに遅く……。


「ふぅん、あんた達は、クルース家の監視に来たのかい。ポスネルクの被害を受けたナイト貴族の使用人だね」


 年配の女性の目には、敵意を感じる。さっきまでは、僕達を兄さんと呼んでいたのにな。



「火矢を見せたのは、わざとですね。ヒルース家のご隠居様」


 ブラウンさんがそう返答すると、彼女はフッと笑みを浮かべた。


「見たことがあると思ったら、やはりあんたは、ハーシルドの坊ちゃんだね。暗殺されたと聞いていたよ」


 えっ? 知り合いなのか!?



皆様、いつもありがとうございます♪

日曜月曜お休み。

次回は、8月30日(火)に更新予定です。

よろしくお願いします。


【宣伝】

ついさっきから、新作はじめました。

「カクテル風味のポーションを 〜魔道具『リュック』を背負って、ちょっと遠くまで行商に行く〜」


本作は続編ですが、初めて読んでいただいても前作をすっかり忘れていても大丈夫なように書いていきます。最近読んでいただいた方には、くどい説明が入ってしまうかもしれませんが、ご理解くださいませ。

よかったら、覗いてみてください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ