44、ガメイ村 〜畑の雑草がおかしい
僕が返事をすると、僕達に声をかけてきた年配の女性が近寄ってきた。農家と同じような服を着ているけど、やはり農家ではないな。
「精霊使いじゃなくて、ソムリエかい。じゃから、畑の光が集まっているんさね」
彼女は、妖精達の声は聞こえてないのか。だけど光が見えているなら、精霊使いじゃないのかな。
「貴女は、精霊使いなんですよね?」
「いんや、違うよ。これさね」
そう言うと年配の女性は、小さな魔道具らしきものを見せた。何だろう? 見たことのない物だ。僕は、魔道具には詳しくないけど、畑で使う物なら、だいたい知っている。
「それで、妖精が放つ独特な光が見えるんですね」
ブラウンさんがそう言うと、年配の女性は大きく頷いた。
「光が集まる所には、何か問題があったりするもんでな。じゃが、人にこんなに集まっているのは初めて見たさね」
「声は聞こえないんですか? 光は、何か話してますよ」
「村長から、別の魔道具を借りればわかるけどね。いちいち面倒なんさよ」
女性とのやり取りはブラウンさんに任せ、僕はぶどう畑を見回した。さっき、ガメイの妖精が言っていた土というのは、アレのことだろうか。
「あの付近も、貴女の畑ですか?」
僕が畑の一部を指差してそう尋ねると、年配の女性は振り返り、軽く頷いている。使用人なら自分の畑だとは言わない。この女性は、この村で隠居生活をしている貴族か。
「あぜ道が崩れたから、直るまでは放置じゃな。ちょっと前に神矢が降ったときに、踏み荒らされたままさよ」
「雑草がすごいことになってますよ。畑の養分が雑草に奪われているんじゃないかな」
なぜ雑草を引き抜かないんだろう。あぜ道が崩れていても、畑の中を進んでいけばいいはずだ。
「じゃあ、兄さんが草抜きしてくれるかい? 村の農家に頼むと、あぜ道が直るまでは手が出せないって言われたさ。まぁ、あの畑はもうダメさね」
ダメさね、じゃないよ。雑草は、雨季になると一気に村中に広がってしまうじゃないか。
ここは貴族の別荘地の畑が集まっているから、趣味でぶどう栽培をしている人も多いのかもしれない。だが、水路は共用だ。風に乗って、雑草の種が村全体に広がる可能性もある。病気も広がるかもしれない。そうなると翌年のガメイ村のぶどう生産量は、ガタ落ちだ。
「ヴァンさん、見てあげる方がいいんじゃないですか」
ブラウンさんは、やはり支配精霊か何かに、ガメイの妖精を助けろと言われているみたいだ。時折、頭に手を当て考えるような仕草をする。
「わかりました。じゃあ、少し寄り道しましょうか」
黒服のままで、あぜ道を歩いて行くのは厳しいかな。スキル『道化師』の着せかえを使えば、一瞬で着替えはできる。だけど、まだ右手の甲の痺れは消えてない。大した負担にはならない技能も、今は使わない方がいいな。
『泣き虫ヴァン、あの土を何とかする気になったのか〜』
『雑草って言ってたぜ。雑草よりも土だろ』
『こっちだぞ、こっち〜』
僕の頭上スレスレを、威嚇するかのように飛び回るガメイの妖精達。僕にぶつからないように低く飛ぶ遊びをしているみたいだ。
でも、確かに困っているようだな。ふざけている妖精達よりも、僕を誘導しようとする妖精達の方が圧倒的に多い。
「あー、ここから、あぜ道が崩れてますね」
崩れているというよりは、掘り返して崩したというべき惨状だな。水路も一部せき止められてしまっている。そのせいで、泥水が畑に流れ込んだのか。
「踏み荒らされて、ぐちゃぐちゃですね。ほんと、ロクでもない奴らだな」
ブラウンさんは、盗賊達が、あぜ道を崩したと決めつけているようだ。だが、神矢が降る時には、あちこちから冒険者が来る。ただの冒険者の方がタチが悪いこともあるんだけどな。
「ちょっと着替えますね」
僕は、そう断りを入れると、魔法袋から軽装を取り出して、その場で着替えた。なぜか着替えを年配の女性にジーッと見られる。まぁ、下着は変えないからいいんだけど。
「ヴァンさん、着替え系の技能はないんですか」
「あぁ、ありますけど……汚れそうな部分だけでいいかなと思って」
一応、その言い訳のために、白シャツとベストはそのままにしてある。白手袋を外し、ジャケットとズボンと靴を変えただけだ。
「あはは、意外にズボラですねー」
ブラウンさんは、笑ってくれたけど、納得はしていないみたいだな。まぁ、いいんだけど。
ぶどう畑に下りて、少し歩いていくと、僕の背丈を越える雑草畑が広がっていた。ぶどうの木よりも高い草もある。
こんなに急成長したのは、神矢集めで踏み荒らした人達のせいだろうな。神矢を探す魔道具や、トレジャーハンターの技能のせいで、付近には妙なマナが放たれてしまったんだ。
土に少し触れてみると、畑の土の上には、水路から流れ込んだ泥水に覆われた痕跡が残っていた。見た目は、もう乾いているし、生い茂る雑草のせいでわかりにくいが、このままだと、ぶどうの木に悪影響が出そうだ。
チラッと後方を振り返ると、あぜ道にいるブラウンさんは、年配の女性と何か話しているようだ。こちらをたまに指差しているから、雑草の話だろうか。
僕はフワッと手を広げ、農家の技能を使う。農家のスキルは持ってないから、これは子供の頃から家の手伝いをしていて得た技能だ。
雑草を引き抜こうと魔力を放つ。うん? あれ?
ジョブの印は使わない技能なのに、雑草が引き抜けない。普段なら、スルッと根こそぎ抜けるはずなんだけどな。
さらに魔力を追加すると、背の高い雑草はようやく抜けた。ただ、僕は、そのあり得ない光景に目を疑った。
『うおっ!? なんだ?』
『うえぇ、土の中からキモイ何かが』
『雑草が魔物化したんじゃねーか』
ガメイの妖精達は、僕の後方へとみんな逃げていく。上空へは行かないということは、上も危険だと察知したらしい。
「ヴァンさん! それは一体……」
ブラウンさんが駆け寄ってきた。黒服のまま畑に入るから、土に足を取られて動きにくいようだな。いつの間にか、腰に剣を装備している。
「ブラウンさん、剣は不要です」
「だが、空中に浮かんだ雑草の根は、奇怪な魔物そのものじゃないか!」
確かに、奇怪という表現がピッタリだ。根の先には、つるんとした鱗のない魚のようなモノがついている。
魔獣使いの僕の知識を探すと……これは、沼地に生息する魔物だ。非常に繁殖力が強く、一定数に達すると共喰いを始め、どんどん巨大化していくことが知られている。だが、人間を襲う種族ではない。
雑草を引き抜いた後の土壌からは、泥が噴き出してきた。魔物が、畑を沼地に変えようとしているらしい。
「仕込まれたね。チッ、気づかなかったよ」
年配の女性は、さっきまでとはガラリと雰囲気が変わっていた。




