43、ガメイ村 〜ガメイの妖精の声
「ヒッ! いや、その……」
魔道具メガネは、僕が不快に感じているように見せているようだ。痛くて表情が歪んだだけなんだけどな。
神矢の吸収は、普通はこんな痛みはない。しかも中級の神矢なら、なおさらだ。ジョブの印のある右手の甲が、ズキズキと痛み、熱を持っている。強い痺れすら感じる。マズイな。
「キミ達、どいてくれる?」
僕が不機嫌を装って、そう言うと、盗賊達は野次馬も含めて、さっと僕達に道を譲った。
「ブラウンさん、行きましょう」
「あ、あぁ、そう、だな」
ぎこちない表情のブラウンさんを先導するように、僕は、転移屋の前の道を、村の奥へ向けて歩き始めた。
ジョブボードで新たなスキルを確認してみたいけど、ジョブの印が熱く痺れている今の状態では、さすがに使えない。まぁ、中級『盗賊』レベル1が追加されているだけだから、いっか。盗賊の技能が気になるけど、仕方ない。
◇◇◇
しばらく無言で歩いていると、ガメイの妖精達の姿がチラホラと見えてきた。もう大丈夫かな?
魔道具メガネを外すと、僕の見た目は、元の姿に戻っていく。認識阻害が緩やかに解除されていくのか、僕の姿をジッと見ていないと変化に気づかないらしい。不思議だよな。
「あっ! ヴァンさん……」
後ろからついてきていたブラウンさんには、僕の変化がわかったみたいだ。髪色も変わるもんな。
振り返ると、呆然とした表情で僕を指差しているブラウンさんと、目が合った。
「元に戻りましたよ。さっきのアレは忘れてください」
「いや、だけど、その姿の変化は、スキルですか? まるで別人だったようですが」
「ふふっ、裏の仕事のときは、区別のために姿を変えているんですよ」
「そう、ですか。なるほど」
ブラウンさんの問いには答えられない。適当に誤魔化した感じになったけど、答えたくないことが伝わったのか、彼はそれ以上は、見た目については聞いてこなかった。
「ヴァンさん、盗賊の神矢を吸収したんですよね? 嫌そうな顔をしていた気持ちはわかります。ドゥ家の旦那さんが、盗賊のスキルを持つことには、抵抗がありますよね」
なんだか、ブラウンさんの態度が……やはり、僕にビビってるのか。だよな、暗殺者ピオンだもんな。まぁ、そのうち、みんな気にしなくなるんだけど。
「そうですね。しかも、派遣執事が盗賊のスキル持ちだと、いろいろと疑われそうだから……秘密でお願いします」
「はい、わかりました。まぁ中級なら、大したことはできませんし、たとえ知られたとしても問題ありませんよ」
ブラウンさんは、ぎこちない笑顔を見せた。励ましてくれているのかもしれないな。
『泣き虫ヴァンだ〜! 泣き虫ヴァンが来た』
『全然、リースリング村に戻ってねぇんだろ?』
『リースリングの妖精が、ムカつくからじゃねぇか?』
『だよな? アイツら、ちょーうるせぇし』
ぶどう畑が広がる場所に差し掛かると、ガメイの妖精達が、僕達の頭上、手の届きそうな高さに集まってきた。遊んでほしいみたいだな。しかし、また、泣き虫ヴァンって言ってるよ……。
ブラウンさんにも、ぶどうの妖精は見えているのだろうか。一瞬、彼が警戒したように見えた。
「ブラウンさん、ぶどうの妖精が見えるんですね」
僕がそう声をかけると、彼は、ホッと息を吐いた。
「この光は、ぶどうの木に宿る妖精ですか。あまりにも数が多いから、何かの襲来かと思いました。そういえば、微かに声も聞こえますね」
光として見えるのか。ブラウンさんは、精霊使いのスキルを持っているのだろうな。
「ガメイの妖精達ですよ。ぶどうの木、数本に1体の割合でいるんじゃないかな。見た目は、ヤンチャな少年の姿をしています。性格もヤンチャですけどね」
「そうなんですか。あっ、植物に宿る妖精は、その植物の性質と似た個性を持つと、獣人の集落で聞いたことがあります」
ブラウンさんは、記憶を失っていた間、獣人の集落で保護されていたんだよな。少し懐かしそうな顔をしている。
「はい、ぶどうの妖精は、まさにその通りですよ。ガメイのぶどうから作られる赤ワインは、ガメイの妖精の性格通り、元気いっぱいでフレッシュな新種として楽しまれることが多いですね」
「なんだか、そんな話を聞くと、ヴァンさんがソムリエに見えてきます」
「ふふっ、つい忘れそうになりますが、僕はジョブ『ソムリエ』ですからね」
「あはは、そうでしたね。忘れていました」
ブラウンさんは、やっと普通の笑顔を見せてくれた。ガメイの妖精達のおかげだな。
『何しに来たんだ?』
『なんか真面目そうな服だから、放っておこうぜ』
『でも、あっちの土を何とかしてほしいよな〜』
何か、畑に異常があるのだろうか。だけど、畑にはすべて所有者がいる。ジョブ『農家』なら、妖精の声も聞こえるはずだけどな。
「ヴァンさん、何か言ってますけど?」
ブラウンさんは、気になるみたいだ。まぁ、頭上スレスレを飛び回るからだよね。ほんと、かまってちゃん全開だな。
「そうですね。でも畑には農家さんがいるから、他人が、でしゃばるわけにもいきませんから」
「広大すぎるぶどう畑だから、なかなか行き届かないのではないですか?」
やはりブラウンさんは、精霊使いだな。土か水の支配精霊がいるのだろう。妖精の声を無視できないのは、支配精霊が語りかけてくるのかな。
「うーむ……。その広場を越えても、うるさく言ってくるなら、話を聞きましょうか。あの先の畑の所有者は、農家ではなく、貴族だと思うので」
「貴族には従うのですか、ヴァンさんでも……」
あー、誤解させたか。
「いえ、そういう意味ではなく、むしろ逆ですよ。貴族なら、ぶどうの妖精の声を聞く力さえない人達が多いので」
「ふっ、なるほど。そういうことですか」
ブラウンさんは、口角を僅かに上げて、嫌な笑みを浮かべている。彼は貴族なのに、貴族を嫌っているのだろうか。
空を見上げてみると、かなりの数のガメイの妖精が集まっていることがわかった。この子達ってば、まるでストーカーだな。
こっちまでついてくるということは、貴族の畑から来ていたのか。妖精達は同じ姿をしているから、どの畑の子なのか、区別はできないけど。
「あんれま、お二人は、精霊使いかね?」
ぶどう畑から、作業を止めて声をかけてきた年配の女性。話し方は農家っぽいけど、発音が少し違う。
ブラウンさんは、僕に助けを求めるような視線を送ってきた。彼は、今はジョブ無しだから、保有スキルもわからないんだっけ。
「僕は、ジョブ『ソムリエ』ですよ。どうしました?」
皆様、いつもありがとうございます♪
物語の中で登場するぶどうの品種名は、本当に実在する名を使っています。ぶどうの妖精の性格などは、作者の独断と偏見ですが、そのぶどうを使って作るワインの特徴に寄せているつもりです。
ちなみに、ガメイ(またはガメ)というぶどうは、11月第3木曜日に世界で一斉に解禁されるボジョレーヌーボー(またはボージョレヌーボー)で有名な赤ワインに使われる品種です。




