40、海辺の町カストル 〜作戦会議
ゼクトさんの、『赤ノレアは脳筋』発言に、冒険者ギルド所長ボレロさんの表情は、少し明るくなっていた。ボレロさんも、クルース家が主犯だとは思ってないんだよな。
マルクが、壁に映る映像を指差して口を開く。
「赤ノレアのメンバーも映っているようですが、この女性は、ヨルース家と関係があったはずですよ」
見たことのない人だ。僕は、そもそも行動範囲は狭いから、冒険者もスピカかデネブにいる人以外は、有名な人しか知らないんだけど。
「ルファス、その女はヨルース家の人間か?」
ゼクトさんも知らないみたいだな。
「いえ、ヨルース家に出入りする商人貴族です。ヨルース家と婚姻関係を持ちたいらしいですよ」
商人貴族で、赤ノレアに属する冒険者か……。貴族家の後継争いから外れる人は、冒険者として生きていく人も多い。特に武術系の貴族では、男性が当主になることがほとんどだ。女性というだけで外されることも多いだろうな。
その点、ファシルド家は実力主義だよな。男女関係なく、強い者が後継者候補になるようだ。だから男女関係なく、暗殺の対象になっている。
この価値観は、僕にはどうしても理解できない。また、ムカついてきた。こんな争いに魔物を利用するなんて……。
「じゃあ、ボレロはどう動く? そもそもクルース家が、ナイト貴族と争いを起こすとは考えにくい。人間との関わりを避けているだろうからな」
ゼクトさんの意見に、僕も賛成だ。クルース家は、貴族家の付き合いをしたくないんだと思う。じゃあ、なぜ貴族の地位を維持しているのか……。人魚を獣人と同じく人扱いさせるためか、もしくは半魚人の地位を向上させるためか……。
まぁ、考えていても、答えにはたどり着けない。だけど、貴族でいるべき事情があるのだろう。
「ボレロとしましては、赤ノレアの報告を信用するしかないのです。王宮へ直接、彼らが報告するようですから、王宮からの判断や指示を待つしかありません」
ボレロさんのこの話し方は、精一杯の全否定だろうな。だけど、赤ノレアの報告は、冒険者ギルドとして信用するしかない、というのもわかる。
「ふん、それなら赤ノレアを嫌っている緑ノレアを動かせばいいんじゃねぇか?」
緑ノレアか……。僕は、誰も会ったことがない。獣人もいるんだっけ。ボックス山脈の捜索隊を主な活動にしているらしいけど。
「緑ノレアは、貴族のゴタゴタには協力してくれませんよ」
「魔物が犠牲になっているかもしれないんだぜ? それでも動かねーか? 緑ノレアのリーダーは、獣人保護に力を入れている精霊だろ」
確かに、緑ノレアのリーダーは、自然を愛する風の精霊だ。ノレアグループ4つとも、リーダーは、天から降りた精霊ノレア様の側近の精霊なんだ。人間の実体を持つから、精霊だとは知らない人も多いけど。
僕が所属する青ノレアのリーダーは、貴重スキル持ちを集めている水の精霊だ。少数精鋭の、いわゆる統制の役割を担う力を集めているんだ。青ノレアとしての活動は、僕はあまりしていないから、イマイチよくわからないんだけど、たぶん他の3つのノレアグループの監視役なのだと思う。
赤ノレアは、最も冒険者パーティっぽいかな。赤ノレアのリーダーは、最大パーティを狙っているのか、勢力の拡大に力を入れている火の精霊だ。最大パーティは、今もレピュールだと思うけど、実績や貢献度で、レピュールを抜きたいみたいだな。
もうひとつ、黄ノレアのリーダーは、寡黙な土の精霊だ。黄ノレアは、冒険者パーティというよりは、農家が助けを求める救世主という存在だ。植物に宿る妖精達を大切にしている。黄ノレアのメンバーは、優しい落ち着いた人が多いと思う。
「ボレロとしましては、赤ノレアに依頼した以上、別のノレアグループに同じ調査は依頼できません。個別に動いてくださるなら、話は別ですが」
ボレロさんはしばらく考えた後、マルクと僕をチラチラ見ながらそう言った。僕達は、青ノレアに所属しているから、赤ノレアの調査をする義務があると言いたいのかもしれない。
「それなら、別の形の依頼なら受けますよ。さすがに、青ノレアとしては受けられませんからね」
マルクがそう言うと、ボレロさんは頷き、また考え込んでしまった。いろいろと大人の事情があって、面倒なのだろうな。
「それならルファスは、ヨルース家に関わる赤ノレアの商人貴族の女を調べろ。ルファスなら、伴侶が商人貴族ドルチェ家だから、いろいろなツテがあるだろう?」
ゼクトさんがそう言うと、マルクは大きく頷いている。マルクは、そのつもりだったみたいだな。
「ボレロさん、俺に、適当な依頼を回してくださいよ。そうだな、あぁ、このカストルにいくつかの商人貴族が合同で出店するマーケットの調査とか、どうですか?」
「おぉ! それなら商業ギルドの管轄ですし、確かに観光客が多いから、商業施設が不足気味です。マルクさん、すぐにその線で依頼を出します。ただ出店の場所が……」
ボレロさんは、さっきまでとは違って生き返ったように目を輝かせている。
「カストル沖にたくさんある無人島に、マーケットを作ることにすれば、どうですか? そうすれば、堂々と小島の調査もできますよ」
マルク、賢い! ボレロさんは、早速、魔道具を操作し始めた。
「カストル沖の無人島調査には、俺も参加するぜ。冒険者ギルドと商業ギルドの合同ミッションにしておけよ」
ゼクトさんの言葉に、ボレロさんはますます目を輝かせている。すごい! もう解決したも同然だな。黒い建物のある小島も調査されるだろう。
「ヴァンには、何をさせるかな?」
へ? いや、僕は役に立たないよ? ゼクトさんとマルクは、僕のジョブの印の陥没の兆しを知っている。だから、スキルがまともに使えないことも、当然、忘れていないはずだ。
ゼクトさんは、ファシルド家の旦那様に視線を移した。旦那様は、さっきからずっと考え込んでいるんだよな。
「俺には、クルース家が主犯だとは思えない。彼らは、曲がったことを嫌う。それに、ロン・ヒルースは当家と親しいはずなのだが……」
旦那様は、まだショックから立ち直っていない。
「それなら、ヴァンは、あのハーシルド家の死人と一緒に、ファシルド家の使いとして、クルース家の調査だ。何か、適当な集まりの出席依頼でいいだろう」
ハーシルド家の死人? あ、ブラウンさんのことか。ジョブ無しになったのは、人間以外の術で蘇生されたからだっけ。
ブラウンさんは魔導学校の先生で、フロリスちゃんの部屋の臨時の黒服なんだけどな。
「次の顔合わせ会を、このカストルの屋敷でやることにしてあるから、海に精通するクルース家にも、その参加を依頼しようか。断られると思うが」
えー!? 顔合わせ会って……貴族の子息令嬢の、お見合いパーティーだよな。
確か、僕の派遣執事契約を継続する理由を、この顔合わせ会にしてたんだっけ。はぁ、忘れていた……。
皆様、いつもありがとうございます♪
日曜月曜は、お休み。
次回は、8月23日(火)に更新予定です。
よろしくお願いします。