39、海辺の町カストル 〜主犯はクルース家?
ファシルド家の旦那様は、強い衝撃を受けたようだ。
ロン・ヒルースという名前は、僕も知っている。ヒルース家の次期当主で、ファシルド家のパーティにも招かれることがある正義感の強そうな人だ。
「黒ネズミの不鮮明な映像の人って、ロン・ヒルースさんなのかな? 日焼けした人間だということくらいしかわからなかったよな」
僕がそう呟くと、マルクは首を傾げた。マルクがイメージするロン・ヒルースさんも、このポスネルクを利用した暗殺をする犯人だとは考えられないのか。
「逆だったのかもしれねぇな」
ずっと何かを考えていたゼクトさんが口を開いた。
「そうですよね、逆ですね」
マルクは、ゼクトさんに同意している。何が逆なんだ?
冒険者ギルドの所長ボレロさんは、中立であろうとしているのか、静観している。だけど、二人の言葉の意味は理解しているみたいだ。
「ゼクトさん、何が逆なんですか?」
僕がそう尋ねると、ゼクトさんは、怪訝な顔をしている。バカな質問をしたのだろうか。
「ヴァン、やり直しだ」
「はい? 何がですか」
「さん呼びすると、エールを奢らせると言っても効果がないみたいだな」
「あっ……」
忘れてた。というかゼクトさんは、なぜ呼び方にこだわるんだろう? 契約の鍵は、師弟関係なのに。
彼は僕を促すように、アゴをくいくいしているんだよね。もう一度、同じ質問をしろと言ってるんだろうけど。
「何が逆なんですか? えっと……ゼクト」
戸惑いながらも呼び捨てにすると、ゼクトさんはフフンと鼻を鳴らした。うーん……よくわからないけど、まぁ、いっか。
「あのポスネルクの大量処分は、証拠隠しのためじゃないかと言っていただろう? それが逆じゃないかって話だ。自浄作用が働いたのかもしれん」
「自浄作用?」
「あぁ、武術系の貴族は、ナイトとアーチャーで、無駄な争いをしている。それではダメだと考える若き次期当主が、処分させたと考えられねぇか?」
確かに、すべてのアーチャー貴族がナイト貴族を潰そうと考えるとは思えない。ヒルース家が、ポスネルクを使った暗殺をしているとわかり、同じヒルース家からそれを改めさせようという動きが出ているのか。
「それで、ポスネルクを大量処分したんですね。だけど、影の世界の黒い魔物に、おかしな影響が……」
「アーチャー貴族は、魔獣使いも多いから、その点は何とかするんじゃないか? 悪霊が憑く魔物は、珍しくないしな」
ゼクトさんがそう話すと、マルクやボレロさんは頷いている。旦那様は、相変わらず難しい顔をしているけど……。
ヒルース家は、アーチャー貴族の中では、ファシルド家とは親しい関係にある。現当主は会ったことはないけど、王宮務めを命じられているナイト貴族とは敵対しないスタンスだと、聞いたことがある。
ファシルド家は、ずっと古くから王宮に仕えている。フロリスちゃんの兄のアラン様も、国王様の側近だしな。他にも何人か、王宮で働いている人がいたはずだ。
「ボレロから、新たな情報をお伝えします」
魔道具を操作しながら、ボレロさんが口を開いた。あの魔道具を使って連絡のやり取りをしているのかな。
皆が、ボレロさんに注目すると、彼は視線を落として話し始める。なんだか、様子がおかしい?
「数日前から冒険者パーティ赤ノレアに、この調査を全面的に依頼していました。それ以降、新たな行方不明者も暗殺もありません」
さすが赤ノレアだよな。
僕とマルクは、青ノレアに所属している。青ノレアは、ノレアグループ4つの中では一番人数の少ないパーティだ。レアスキルやレア技能を持つSランク以上の冒険者が所属している。
一方で、赤ノレアは、ノレアグループの中で、最も人数が多く、また戦闘力の高い冒険者が集まっているんだ。討伐系の難易度が高いミッションでも片付けてくれる、いわゆる最後の砦のような存在らしい。
「赤ノレアに追い詰められた犯人が、自害でもしたか?」
ゼクトさんは、ボレロさんに話の続きを促している。だけど、ボレロさんの様子がおかしい。
「調査結果によると、ナイトの貴族家を潰そうとしている組織があることが明らかになりました。複数の貴族家が絡んでいます。そして、その主犯は……クルース家の一部のようです」
「は? クルース家だと? ヒルース家じゃないのか」
ゼクトさんは.即座に反論した。僕としても、同じ気持ちだ。クルース家は、海竜信仰をしているアーチャー貴族。人間の姿をしているけど、人魚なのは間違いない。
「はい、クルース家です。数ある貴族家の中で最も、海に関する事業を得意としていることから、あの小島を中継地にしている時点で、クルース家には疑惑が向いていました。今回、赤ノレアが動いてくれた結果、ガメイ村の別邸に住むクルース家が主犯だとわかりました」
「ちょ、ボレロさん、ガメイ村にいる貴族の人達は、みんな隠居状態じゃないんですか? 争い事に疲れた貴族家が集まる広大な別荘地ですよ」
僕は、思わずボレロさんに反論していた。しまった……ボレロさんだって、それはわかっているんだ。
「ヴァンさん、赤ノレアからの報告です。クルース家の一部が先導して、それに賛同するアーチャー貴族や商人貴族がいくつか……。ボレロも、嘘だと言いたかったのですが、証拠映像もあります。赤ノレアは、これから王宮に直接報告するようです」
冒険者ギルドだけじゃなくて、王宮にまで報告?
「赤ノレアは、この件に関係していた貴族達の処罰を求めに行くのだな。まぁ、アイツらは、とことんやるからな」
ゼクトさんはそう呟くと、ひらひらと手を振ってボレロさんに何かを要求している。彼はお金には執着がないし、何だろう?
ボレロさんは、魔道具を操作して、壁に映像を映し出した。赤ノレアの記録映像か。
剣を突きつけられた男が、ガクリとうなだれている。知らない顔だが、背景からして、赤ワインのぶどう産地として有名なガメイ村だな。ガメイの妖精が映像に映り込んでいるのも、証拠のつもりか。
だけど……。
「ボレロ、おまえ、キチンと確認したか? 主犯だというその男は、人間じゃないか」
ゼクトさんも、それに気付いたんだ。クルース家の血を引く人達は、特有のつるんとした綺麗な肌をしている。だが、映像に映る男は、日焼けした男だ。
彼は、クルース家の屋敷で働いているのかもしれない。ガメイ村では、クルース家の人達も、ぶどう畑を所有しているから、使用人は多いはずだ。
「ですが、クルース家の人だと……。赤ノレアが、騙されるなんてことがありますかね?」
「は? ボレロ、おまえなー。青ノレアじゃなくて、赤ノレアだぞ? ただの脳筋の集まりじゃねぇか」
いや、それは……そうかも。




