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36、海辺の町カストル 〜小島の異変

 夕食後、はしゃぎすぎたお嬢様たちがソファで寝息を立てている頃、泥ネズミのリーダーくんから僕を呼ぶ念話が届いた。


 マルクも泥ネズミを従属化しているから、彼にも声が聞こえたようだ。僕は、ゼクトさんに目配せをしてマルクと一緒に、地下室からの階段を使って海岸へ降りた。


 夜の海は真っ暗だな。漁港の近くは灯りがあるけど、この付近の海は、吸い込まれそうな闇に見える。屋敷の灯りがなければ、海岸も足元が見えないだろうな。



『我が王! たくさんのうにょうにょが、通ったみたいでございますです』


 海岸には、泥ネズミ達だけでなく、眷属けんぞく化したという黒ネズミもいた。黒ネズミという名前通り黒いんだけど、異界の獣だから、かなりの大きさだ。


 手のひらサイズの泥ネズミ達が、こんなに大きな魔物を従えているなんて、ちょっと不思議な気がする。1歳になったばかりの僕の娘よりも大きなネズミだ。


「リーダーくん、ポスネルクのことだよね? 異界を通ったって、あの小島に入ったのかな」


 そう確認しても、リーダーくんは、黒い海の方を見て呆けている。何かを見つけたのか?



『我が王、大量のポスネルクと死骸を喰う異界の魔物です。いくつかの屋敷を一斉に襲撃して、撃退されたみたいです。でもなぜか島に溜まっています』


 いつもリーダーくんの言葉を補足してくれる賢そうな個体だ。この子は、別の神官家の誰の従属だけど、僕の覇王効果から、僕を優先してくれるんだよね。


 マルクにも聞こえているみたいだな。マルクの肩には、マルクが従えている泥ネズミがおとなしく乗っていた。お行儀が良いというのは変かもしれないけど、マルクの従属のネズミくんは、物静かなんだよな。



「なぜ、島に溜まってるんだろう?」


『いつもなら、島からすぐに消えてしまうのです。我々はその島には行けないのですが、異界を通るのはその島までだから、転移魔法か何かだと考えられます』


 賢そうな個体は、ほんと、賢いんだよな。


「その島には、人間はいるかな?」


 そう尋ねると、賢そうな個体は、大きな黒いネズミをポスっと蹴った。扱いが雑だな。


『イロノアル ニンゲン イル』


 えっ? 黒ネズミも喋れるのか。念話だけど。影の世界の住人は、こちらの世界の住人を、色のある住人って言うんだよな。


 僕の頭の中に、映像のようなのものが流れ込んできた。泥ネズミが送ってくる映像とは違って、白黒な感じだ。黒ネズミが見た記憶だろうか。


 色のある人間も映っている。だが、これは影の世界から見た映像か。画質がかなり悪いというか、色の刺激で目が痛い。黒ネズミからは、こんな風に見えてるんだな。



「顔の識別は、難しいな。だが、弓矢の入れ物を背に背負っているから、アーチャー家だろうけど」


 マルクも見てるのか。僕には、マルクが言う弓矢の入れ物もわからない。ただ、以前に会ったことのあるクルース家の人とは違う印象を受けた。


「クルース家ではない気がする。数人しか会ったことないけど、クルース家の人達って、なんか顔が白っぽかったというか……」


「あぁ、人魚だからね。うん、映像の人達は、明らかに日焼けした人間だな」


 マルクは、サラッと人魚だと言った。いいのか? クルース家は人間のフリをしているんじゃないのか。



『我が王! どるるーんでございますですよー。はわわわ、どろろろろーん』


 海を呆けた顔で見ていたリーダーくんが、僕の身体をよじのぼり、頭の上に立っている。僕の頭に立っても、そんなに高くはないだろうけど。


「リーダーくん、意味がわからないよ」


『我が王、おそらく……処刑です』


 賢そうな個体も、僕の足元に近寄ってきた。怖いのかな? スッと手を出すと、飛び乗ってきた。やはり、わずかに身体が震えている。


 黒ネズミは、影の世界へ入ったのか、姿を消した。



「マルク、何か、来るかもしれないな」


「あぁ、察知されないように、島には冒険者は近寄ってないはずだけどな。影の世界の魔物を従えているなら、こっちも見られていると考えるべきだな」


 マルクは、あらかじめ想定していたのか、海岸に降りてくるときに魔導ローブを身につけていた。


「来るなら、海からじゃないよね?」


「あぁ、影の世界には海はないからね。影の世界を通ってきて突然現れるだろうな」


 どうしようか。僕は、異界サーチができる。だけど、なるべくなら使いたくない。ジョブの印に陥没の兆しがあるから、サーチ程度でも……。


 そうか、ジョブボードを使わないものなら大丈夫か。



 僕は、足元から地中へと、スーッと根を伸ばしていく。僕は、動くラフレアでもある。僕のメインの株は、デネブの池の底にあるんだけど、身体から根を出すこともできる。


 海の底の地下水脈には、ラフレアのマザーの地下茎が張り巡らされている。僕は、その地下茎を利用することもできるんだ。



 僕の根が地下茎に届いた。


『ヴァン、汚れた場所にいるわね』


 ラフレアのマザーの声だ。汚れた場所ってどういうことだろう? 


『見えていないのね。夜の闇が隠しているのかしら。貴方達が気にしている島では、魔物の大量処分が行われているわ。それを影の世界の魔物に喰わせているみたいね。そのため、獣の悪霊が大発生しているわね』


 えっ? ポスネルクが殺されて悪霊化しているのですか。


『ええ、ヴァン、声が聞こえるでしょう?』


 僕は、今はスキルは……。



「ヴァン、繋がったぞ。見てよ、これ……」


 マルクが僕に、魔道具を差し出した。このカストル沖の海を映した映像だろうか。


「ポスネルクが大量に処分されている? 死骸を喰わせている影の世界の魔物は……」


 あ、あぁ……。声が聞こえる。ラフレアのマザーが僕に聞かせているのか。嫌がっている。ポスネルクの死骸を喰いたくないんだ。影の世界の魔物が、ポスネルクの強い怨念に飲み込まれてしまうから……。


 そうか、影の世界は、三すくみの関係だ。霊は獣に強い。悪霊は、影の世界の魔物には脅威なんだ。



「死骸を喰った黒い魔物が、次々と倒れていくけど、ポスネルクの毒にやられたわけじゃないよな? あっ、切れた。バレちゃったか」


 魔道具の映像は消えた。送信器か何かが壊されたのだろうか。マルクは、すぐさま魔道具を消し炭にした。場所を知られる危険があるのかな。



「死骸を喰っていた魔物は倒れたから、大丈夫かな。一応、何かあるといけないから、警戒はしておくけど」


 マルクは魔導ローブを脱ぐと、魔法袋に収納している。戦闘態勢を解除したのか。まぁ、この町を襲ってくるとは考えにくいもんな。


 だけど……泥ネズミが僕から離れない。いつも呑気なリーダーくんまで、怯えているようだ。


 僕は、二体の泥ネズミを抱きかかえて、マルクと一緒に屋敷へと戻った。



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