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35、海辺の町カストル 〜ヴァン、21歳の誕生日

 コンコン!


「食事の用意ができました」


 2階の広間に、執事長バトラーさんが呼びに来てくれた。僕は、今は黒服だ。手伝うべき立場なので、少し焦りを感じた。


「バトラーさん、すみません」


「ふふっ、いえいえ。今夜は、ヴァンさんもお客様ということでお願いしますね」


「いえ、もう用事は終わりましたから、この後は仕事に戻ります」


 そう言葉を返したのに、バトラーさんは首を静かに横に振っている。あぁ、そうか、サプライズゲストに驚かなきゃいけないんだったな。フロリスちゃんが暴露してたけど。



 ◇◇◇



 食事の間に移動すると、テーブルにはたくさんのパーティ料理が用意されていた。


 厨房がなんだか賑やかだ。ふふっ、フロリスちゃんの隠れようという声は、まる聞こえだ。


 ボレロさんに目配せをされ、僕は口を開く。


「わぁっ! すごい料理ですね」


 厨房内がドタバタしている。キャッキャと笑う声も聞こえてくるんだよな。旦那様も笑顔だ。最近の旦那様は暗い表情が多かったから、このサプライズは、僕よりも旦那様に効果がありそうだな。


「フロリスの声が、ここまで聞こえているぞ?」


 旦那様がそう言うと、厨房のカウンターから同時に3つの顔がひょっこり出てきた。ふふっ、フロリスちゃんの焦った顔、娘ルージュのキョトンとした顔、そして青い髪の少女の不満げな顔。


「ヴァンが近寄ってきたら、わっ! ってするつもりだったのにぃ〜。お父様がバラしちゃったわっ」


 いやいや、バレバレですよ、お嬢様。


「それは、悪かったな。そこに隠れていることは気づかなかったぞ」


「ええ〜っ、騙されちゃったわっ」


 プクッとふくれっ面のお嬢様に、旦那様は優しい笑みを向けている。こういう時間も大事だよね。



「ヴァンさん、ワインの方はお任せしますよ。一応、ワインは、氷水につけてあります」


 バトラーさんは、マルクから順に席に案内している。少し意外な気がしたけど、旦那様よりお客様の貴族優先だよな。マルクが貴族だということを、僕はすぐに忘れてしまう。



 厨房内へと入っていくと、カウンター内の調理スペースにルージュが立っていることがわかった。誰かに抱きかかえられているのかと思っていたのに、カウンターにつかまりながらだけど、歩いてくる!!


「うぉっ! ルージュが歩いた!」


「あいー」


 ニッコニコの娘は、天使のようだ。思わず抱きしめようとしたところを、青い髪の少女に阻止された。


主人あるじぃ〜、なんか魚くさいからダメっ」


「えっ、テンちゃ、そうかな? あー、海に行ってたし、その前は巨大な怪魚を釣ったから……」


「くさいからダメっ」


 く、くさいのか、僕は……。


 目の前が真っ黒になるような衝撃を受け、僕は思わずよろけてしまう。


「ヴァン、たぶんテンちゃが、ルージュを渡したくないんだよっ。さっき、フランちゃんにもくさいって言ってたもん」


「ええ? フラン様は……」


 僕は妻の姿を捜す。フロリスちゃんは口に両手を当てている。思わず失言したってことかな。来ていることは玄関で暴露していたのに?


 フロリスちゃんの視線から、厨房奥にいることがわかる。ふふっ、ほんと、サプライズが下手だよね。それが、彼女の良いところでもあるんだけど。



 厨房奥に進んでいくと、たくさんのワインを氷水で冷やしているフラン様を見つけた。フワッと涼やかな香りを感じた。


「フラン様、ワインを冷やしてくださってるのですね」


「あーあ、フロリスが全部バラしちゃったわね。バトラーさんが上手く誘導してくれたのに」


 彼女も僕を驚かせるつもりだったのか。ふふっ、いつもは凛としている神官様なのにな。


「いい香りですね。爽やかな香水は、フラン様に良く合います」


「まぁっ、ちょっとね、この町で流行っているというから、さっき、ちょっとね」


 なんだか言い訳をしているかのような彼女。そういえば、これまでに香水をつけていたことはなかったよな。


「僕の誕生日だから、特別に香りをまとってくださったんですね」


「そ、そんなんじゃないのよ。ちょっと、その、ちょっとね」


 言い当ててしまったみたいだ。少し顔を赤らめた彼女を、僕はキュッと抱きしめた。耳に香りをつけているのか。香りを強く感じる。


 そして僕は、そっと彼女にキスをした。


「ちょ、ちょっとヴァン!」


 ふふっ、こういうときって、彼女は絶対に怒るんだよね。彼女は、僕をぐーで殴る。身長差があるから、頭には届かないけど、頬には当たった。


「あ、ごめ……」


「どうしよっかなぁ、痛かったんですけど」


「嘘っ、そんなに強く殴ってないわよ」


「僕、ルージュの弟か妹がほしいなぁ。今夜……」


 ゴチッ!


 痛っ! 本気で殴られた。


「こんな場所で何を言ってんのよっ」


「こんな場所だから、ドキドキしません?」


「もうっ! 知らないっ」


 フラン様は、涼やかな香りを残して、バタバタと走り去ってしまった。ふふっ、真っ赤な顔しちゃって〜。



「あれ? フランちゃん、顔が赤いよっ。知らないって聞こえたけど、ヴァンとルージュの誕生日なんだから、ケンカしちゃダメだよ?」


 フロリスちゃんに聞こえてたんだな。


「別にケンカなんてしてないわよ」


「あっ、ヴァンにもその香水がくさいって言われたのね? 私は良い匂いだと思うけど」


「そうじゃないわ」


「もしかして、ヴァンはその香りに気づかなかったの? ひどーい。フランちゃんがすっごく悩んで、ヴァンが好きそうな香水を買ったのに?」


「ちょっと、フロリス! ヴァンに聞こえるでしょ」


 小声で話しているつもりみたいだけど、全部聞こえてるんだよな。



 僕は、ワインを確認しながらワインクーラーへと移していく。あらら、この赤ワインは冷やさないで欲しかった。軽い飲み口の赤ワインは冷やす方が美味しいけど、フルボディの赤ワインは冷やすと香りが立たなくなる。



 テーブル席へと、ワインを運んでいくと、ほぼ全員が着席していた。


「ヴァン、乾杯は、ロゼワインにしてちょうだいっ」


 フロリスちゃんが持って来てくれたのかな。彼女の成人の儀のときに、レモネ家の奥様からいただいた物と同じ銘柄だ。気に入ったみたいだな。


 僕は、コルクを抜き、客人に注いで回った。ふふっ、フラン様は、まだぷりぷりしているよ。かわいい。


 娘のルージュも、澄ました顔でワイングラスを握っている。なるほど、だからロゼワインか。


 僕は、バトラーさんがスッと渡してくれたモモのジュースを、ルージュとテンちゃのワイングラスに注ぐ。


「ルージュ、1歳のお誕生日おめでとう」


「あいー」


 そして、賑やかな夕食が始まった。


皆様、いつもありがとうございます♪

日曜月曜お休み。

次回は、8月16日(火)に更新予定です。

よろしくお願いします。

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