34、海辺の町カストル 〜銀色の契約
「僕は、極級ハンターになりたいので、ゼクトさんの弟子にしてほしいです!」
僕は思わず、大きな声を出してしまった。ゼクトさんは、ククッと笑っている。マルクも同じ顔だな。
「ファシルド家の旦那様にまでお越しいただいたのに、ヴァンさんは、それを選ぶのですか?」
デネブの冒険者ギルドの所長ボレロさんは、ちょっと嫌な言い方をする。だけど貴族家を立ち上げるなら。正規の方法で手続きをすればいい。でも、極級ハンターのゼクトさんの弟子になる方法なんて、探してもないはずだ。
それに僕は、そもそも貴族家を立ち上げるつもりはない。もし娘のルージュが貴族に憧れるようになれば、それから考えればいいことだ。だけど娘の性格上、自由に生きたいと言い出すような気がする。
「ボレロさん、僕がこれを選ぶとわかっていたんじゃないですか? だから他の極級ハンターではなく、ゼクトさんを連れて来たんですよね」
僕がそう問い返すと、ボレロさんはチロッと短く舌を出した。やはり、そのつもりだったんだな。
「契約の鍵は、上級貴族と極級冒険者、そして3つのギルドが使用可能です。契約の鍵を授与することが決まれば、それぞれに打診します。通常なら、各種ひとつずつ、合計3つの中から選んでいただくのですが、今回は貴族家からの要望が多く、貴族家は4つの候補となりました。それなのに、ヴァンさんは……」
ボレロさんは、貴族家への配慮から、こんなことを言っているようだな。僕を非難しているようにも聞こえる内容だけど、彼は必死で笑いをこらえているようにも見える。
「ボレロ、まぁ、ヴァンがこの選択をすることは、わかりきっていたことだ。ヴァン、我々が契約の鍵の推薦人を承諾したことは、忘れるなよ」
旦那様の言い方には引っ掛かりを感じた。推薦人を承諾することに、どんな意味があるんだ?
「ヴァンさんは、ポカンとしてますねー。ボレロも隠して準備してきた甲斐がありましたよ。面白い顔を拝見することができました」
「推薦人って、何か意味があるのですか」
「ヴァンさん、契約の鍵の対象となるということは、逆の言い方をすれば、貴方を支援するということですよ。今回は貴族家の希望が多かったのですが、この契約を利用して逆にヴァンさんを頼ろうとする貴族は、ボレロがお断りしました」
「支援、ですか」
「はい、推薦人となることを承諾した貴族は、今後もヴァンさんを無条件にバックアップするという宣言でもあります。ファシルド家、ルファス家、ドルチェ家は予想していましたが、レモネ家からの申し出には、ボレロは驚きましたよ」
確かにレモネ家の旦那様は、学者貴族だからかもしれないけど、研究にしか興味は無さそうだもんな。それに、研究されている分野は、食べられる木の実だ。僕は薬にできる木の実ならわかるけど、それ以外は詳しくない。
「そうなんですね。旦那様、ありがとうございます。マルクも、ありがとう」
僕がそう言うと、マルクは少し照れたような笑みを浮かべた。彼のこういう顔は、他に貴族がいる場では珍しい。ファシルド家の旦那様とも、親しい関係なのかもしれないな。
「ヴァン、俺にも下心がないわけではない。ボレロが言うように、ヴァンの推薦人を承諾したことは、当家との関係を強固なものにしたいという意味もある。だが、おまえを貴族間の何かに利用するつもりはないが……あっ、例の件だけは、頼む」
旦那様は、僕にまた頭を下げた。ちょ、ボレロさんもいるのに、そんなことをしてもいいのか?
「わっ、旦那様、頭を上げてください!」
僕が慌てていると、ゼクトさんが口を開く。
「貴族間の何かに、ヴァンを利用しているじゃねぇか。まぁ、この件は商業ギルドも絡んでいるだろうから、冒険者だけで片付く話じゃないがな。そんなことより、ボレロ、進行しろよ」
えっ? ポスネルクの件だよね。商業ギルドまで絡んでいる? あっ、そうか。じゃないと貴族家に、問題を起こした黒服は派遣できないか。一連の貴族家の後継者が次々と消えてしまう件を隠蔽する人物が、商業ギルドにいるってことだ。
「あぁ、そうでしたね。ヴァンさん、その契約の鍵を、希望する人に渡してください。もちろん気が変わってボレロに渡していただいても良いですよ」
ボレロさんに渡すと、冒険者ギルドの所長候補だよな? それは一番ないな。
僕は、ボレロさんには愛想笑いを浮かべつつ、ゼクトさんの方を向いた。何か言わないといけないよな。緊張する!
「ゼクトさん、あ、あの……」
言葉を探していると、ゼクトさんは僕の手に持つ、剣のように長い契約の鍵の端に触れた。
すると、契約の鍵は銀色に輝き、ポキンと二つに折れたかと思うと、持ち手の部分はゼクトさんに、そして鍵の先の部分は僕に、スーッと吸収されていった。
「挨拶は、いらねぇ。ふん、銀色か。やはり対等な関係だということだな」
今の光のことだろうか。
「これも意外でしたねー。ボレロは、絶対に金色だと思っていましたよ。力の差が大きいと、契約の光は金色になるんですけどね」
えっ? ゼクトさんと僕とでは、力の差は圧倒的じゃないか。
「ふっ、ファシルド家を選べば、赤い光になったかもしれぬな。危なかったぞ」
ファシルド家の旦那様は、なぜか楽しそうに笑っている。
「ファシルド様、それはありませんよ。ヴァンには、ナイトのスキルがありませんからね」
マルクは旦那様にそう話しているけど……赤い光って何なんだ?
「マルクさん、実は、レーモンド家が推薦人に熱心だったんですが、契約の鍵の光の色の説明をしたところ、推薦人はやめておくとおっしゃいましたよ」
レーモンド家? あっ、クリスティさんか。王都の暗殺貴族なんだよな。その家名を聞くだけで、黙る貴族が多いそうだ。
実際に、ファシルド家の旦那様は、一瞬、目を見開いていた。暗殺貴族に狙われたら、まず逃れられないと言われている。だけど、当主のクリスティさんは、誰でも暗殺するわけではない。自分で納得した依頼じゃなければ、たとえ王宮からの命令でも断っている。
「そうか、ヴァンは、暗殺者ピオンだったな」
うげっ!?
「裏ギルドには、ピオンという名前の暗殺者は、たくさんいますけどね〜。ヴァンさんがまたポカンとしているので、ボレロが補足しておきます。赤い光は、逆契約になりますので、主導権はヴァンの方になるってことです。銀色は対等な関係ですが、一応主導権は推薦人に、そして金色なら完全に主導権は推薦人にあるんですよ」
主導権、か。持ち手の部分がそれを指すのだと、僕は直感した。
「これで、ゼクトさんは、ヴァンさんを極級ハンターにすることを優先されることになりました。ヴァンさんは、ゼクトさんの困りごとには、無償で対応する義務があります」
えっ? 僕を優先?
「ボレロ、そんなつまらないことは言わなくていい。ヴァン、これからもよろしくな」
「はい! ゼクトさん、ありがとうございます」
「おい、違うだろ? 対等な関係だと鍵が証明したじゃねぇか。さん付け禁止だ」
「えっ!? でも、ゼクトさん……」
「ククッ、おまえなー。次から、さん呼びするたびに、エール10杯おごらせるぜ?」
「ええ〜っ!?」




