32、海辺の町カストル 〜怪魚の謎と、変な雰囲気
巨大な怪魚を釣り上げた日の午後、料理長にその魚をさばいてもらっていた。さすがに、料理人のスキルのない僕には、こんな巨大な未知の魚はお手上げだ。
「ヴァンさん、これがその海で釣れたのですか?」
料理長は、僕に釣れるわけがないと思っているかのような、疑いの眼を向けてくる。
「半魚人さんにも、少し助けてもらいましたけど、僕が釣り上げましたよ?」
「いや、そうではなく……ナマズのようなこの怪魚は、黒石峠の洞穴にある湖で、たまに捕獲されます。海の魚ではありませんよ?」
あ、僕の被害妄想か。
「でも、海で釣れましたよ?」
「それがおかしいんですよね……。昨日、市場に買い出しに行ったときにも、暗い池や湖に生息するはずの魚が並んでいました。海にいるはずはないんです」
僕には、魚な生息地についての特別な知識はない。だが、海に棲む魚と、川などに棲む魚が違うことは知っている。
「料理長、今、暗い池や湖って言いました?」
「あぁ、半分腐っているようなモノを好んで食べたりするようでね。悪食の魚なのに、美味いんですよ」
えっ? 腐ったモノを食べる魚を……食べるのか? いや、そうか。闇系のオーラか。身体に魔石のある魚はめちゃくちゃ美味いっていうもんな。
「その魚に、魔石はありますか?」
「あぁ、脆い石だったから、割れてしまいましたけどね」
割れたのか……。一応、見せてもらった。確かに闇系のオーラを感じる魔石だ。腐ったものや悪霊を喰う魔物には、ある程度の時を生きていれば、体内に魔石ができる。
確かに、こんな明るい海に、悪食の怪魚がいるのは、おかしなことだ。あっ、地下水脈を通って集まってきているのか? この海には、影の世界の魔物が落ちて流されている。
「ヴァンさん、それなら、ギルドの出張所に連絡してあげてください」
忙しそうにしていた執事長バトラーさんから、そんなことを言われた。なんだか違和感を感じる。
「バトラーさん、忙しそうですけど? 来客予定でもあるのですか?」
僕がそう尋ねると、バトラーさんはふわりと笑みを浮かべて……ごまかしている?
「夕方頃に、少人数ですけどね。ヴァンさん、それまでには戻って来てくださいね」
「準備が忙しいなら、僕も手伝います。派遣執事ですから」
「いえいえ、ヴァンさんのメインのお仕事は、カストル沖の調査ですよ? もちろん、派遣執事でもありますが」
なんだか様子が変だな? 僕を追い出したい理由でもあるのだろうか。
「バトラーさん、ですが、ギルドの出張所には、今日はボレロさんも居ないでしょうから、ただの伝言になりますよ。それなら、半魚人さんの誰かに……」
「あー、いやいや、ヴァンさんが直接お願いします。対処すべきなら、その場で話し合いをしてもらいたいですし」
うーん……。料理長の方を見ても、視線を逸らされた。やはり、何がありそうだな。これから、夕方までに、僕に会わせたくない来客予定でもあるのか。
「わかりました。じゃあ、ちょっと行ってきます。夕方までに戻りますので」
「急がなくても大丈夫ですよ」
バトラーさんは、僕が何かを気づいたこともわかっているようだな。だけど、素知らぬふりをしている。まぁ、いっか。
◇◇◇
この町では黒服を着て歩いていると、なんだか逆に目立つ。僕は着替えたくなる衝動と格闘していた。でも夕方からは来客だし、今は派遣執事としてこの町に来ているんだからな。
ギルドの出張所の扉を開くとボレロさんがいた。
「あれ? ボレロさん、今日はスピカじゃないんですか?」
「あー、ええ、カストルには、今、来ました。えーっと、ボレロにご用はありませんか?」
うん? なんだかボレロさんも変だな。落ち着きがない。変わった貴族でも来るのだろうか。
「バトラーさんから言われて、ちょっと海についての報告に来ただけです。お忙しそうだから、職員さんにお話しておきますよ」
「いえ、ボレロは暇ですよ。ちょー、暇です。ヴァンさんから直接お話を伺いたいのですよー」
そう言いつつ、なぜか奥の応接室へと連れて行く。やはり、僕に会わせたくない人が、このカストルに来るらしいな。
応接室でボレロさんに、さっき料理長から聞いた話をした。すると、彼の落ち着きのなさが消えた。なぜだ? 普通、逆じゃないか?
「ヴァンさん、直ちに海の調査に参りましょう!」
「はい? 今からですか?」
「漁師からも、最近獲れる魚が変わったという話は聞いています。おっしゃるとおり、黒石峠の洞穴の湖に生息する魚が、まさかの海で獲れているのです。これは問題です!」
ボレロさんは突然立ち上がり、職員さんに何かを指示すると、僕の腕を掴んでどこかへ引っ張っていく。いま、応接室に入ったばかりだよね?
◇◇◇
ボレロさんは、僕を、漁船がたくさん並ぶ小さな港へと連れて行った。黒服の僕には、あまりにも不釣り合いな場所だ。
「おや、どうしました?」
漁師さん達が、何ごとかと慌てている。
「船を出してほしいんですよ。最近、変な魚が獲れる漁場があると聞いていますが」
「あぁ、あの変わった魚を調べてるのか。今日は無いみたいだけどな」
ボレロさんは漁師さんを言いくるめて、結局、船で海に出ることになった。なんだか強引だよな。来客から逃げたかったのかな。
「この付近ですよ、所長さん。変な魚が獲れるのは、もっと波の高い日なんで、今日は揚がらないよ」
海岸からは結構離れた何もない場所だ。漁師のスキルって凄いよな。地図か何かが浮かんでいるのだろうか。
僕は、船から海の底を見てみた。そんなに深くはない。澄んだ綺麗な海だけど、海底はモヤがかかっているようで、よく見えない。
「じゃあ、ちょっと潜ってみますか?」
僕がそう言うと、ボレロさんが慌てた。うん? 僕のジョブの印が陥没しそうになっていることを、誰かから聞いたのだろうか。だが、これくらいなら、大した魔力も使わない。
「ヴァンさん、海底の調査をするなら、朝からの方がいいですよ? この付近の海水だけ採取して、戻りましょうか」
やはり、来客が気になるみたいだな。
「わかりました。じゃあ、僕だけで大丈夫で……」
そう言いかけたところで、腕をガシリと掴まれた。うん?
「ヴァンさん、もうそろそろ戻らないと、夕方になりますよ」
「はい? えっと、僕が夕方までに戻ってくるようにと言われた話をしましたっけ?」
「あー、えーっと、あはは。漁師さん、すみませんがここで失礼しますね。料金は、ギルドへ請求しておいてください」
ボレロさんはそう言うと、僕の腕を掴んだまま、転移の魔道具を操作した。




