30、海辺の町カストル 〜白き海竜と定食屋
「おい、人間! 魔獣使いのくせに何を言ってる?」
半魚人達は、僕の提案に驚いたようだ。ボレロさん以外の人達も、特に野次馬たちは目を見開いている。魔物相手に、僕がおかしなことを言っていると感じたのだろう。
だけど半魚人は、僕には人に見える。肌の色や質感は違うし、顔にウロコがある個体もいるけど、人間の言葉を話すし、魔物だとは思えない知能がある。
人魚が獣人と同じく人に分類されているから、半魚人は魔物に分類してあるような気がする。肌の色が、人間とは言えないからかもしれないけど。
「誤解のないように自己紹介しておくよ。僕は、ジョブ『ソムリエ』のヴァンという。だけど、子供の頃からの夢で、極級ハンターを目指してるんだ」
そう話し始めると、半魚人達は静かになった。デュラハンに対する警戒は変わらないみたいだけど、人間よりも相手の感情を読み取るのが上手いようだ。
「だから、キミ達に釣りを教わりたいのは本音なんだよ。釣り人のスキルを持っているけど、ずっと上級で成長が止まっていて、限界を感じてる。釣り人も、極級ハンターの条件の1つになるからね」
「海のハンターだからな」
さっきポーションを渡した個体は、やはりリーダーか。仲間を守ろうという気持ちが強いから、常に敵対的なんだな。だけど、僕との対話を拒絶するつもりはないらしい。
「そう、お魚ハンターだからね。僕は高台にある屋敷の手伝いを、しばらくの間やることになったんだ。まだ使用人もほとんどいない。屋敷の地下室からは、この海岸へ降りてくる通路があるんだよ。だからキミ達には、この付近の海岸の警備を頼みたいんだ」
僕は、しばらく口を閉じた。人間の言葉を理解できない個体もいるようだ。僕が話したことをコソコソと伝えている。
「なぜ、魔獣使いのくせに、我々に依頼する? 魔獣使いなら、スキルを使って命じればいいだろう? それとも、我々に命じる力がないのか」
半魚人がそう言ったことで、ファシルド家の使用人の誰かが口を開こうとしたようだ。しかし、冒険者ギルド所長のボレロさんが、それを制した。
ボレロさんは、僕の担当だということもあって、よくわかってくれている。
「キミ達が、不安に思っているなら、僕の従属を呼ぼうか? 海にも僕の従属はいるんだ」
「チカラを見せつけるつもりだな? いや、我々が一斉に逆らうことを恐れたか。闇の精霊様では、昼の海岸では何もできまい」
ケンカを売ってるよ、この半魚人。背後で、デュラハンがイラつく気配を感じる。魔物に煽られてイラつく名持ち精霊って、どうなんだよ? 絶対、他の精霊様が……特に光の精霊様が大笑いしそうだな、ふふっ。
『あらあら、ケンカはダメよ〜』
頭の中に直接響く女性の声。野次馬たちにも聞こえたみたいだな。キョロキョロして、声の主を探しているようだ。
「あぁ、まだ、呼んでないのに」
『ふふっ、だぁって、面白そうなんだもの。ヴァンがカストルに来てるから、私、いつ呼ばれるかなって、ソワソワしていたのよ〜』
念話を使っているということは、姿を現す気はないみたいだな。もしくは、遠くにいるのかもしれない。
声の主は、白い海竜のマリンさんだ。海を統べる海竜は、かなりの数がいるそうだけど、その中で、たぶん一番の大所帯がマリンさんが長を務める一族だ。
海竜については、あまりその生態は知られていない。だが、漁師にとっては、海の守り神だそうだ。本当の海の守り神は、海の竜神様なんだけどね。
たくさんの海竜達は、竜神様のしもべなのだと思う。海の竜神様は、個性的というか軽いというか……竜神様が何体いるかわからないけど、おそらく一番、親しみやすい竜神様だ。
うわぁ!
ひゃーっ!
あちこちから、悲鳴に近いような驚きの声が聞こえた。
青い空には、白い海竜が浮かんでいた。下から見上げると、その大きさに驚く。いつも僕の前では、人の姿をしているからな。
だけど彼女は、今ここでは人化はしないだろう。マリンさんは人の姿で、カストルの町をウロウロすることもあるから、正体がバレることはしないと思う。
『半魚人が、ヴァンの釣りの先生をするのねぇ。うふふっ、楽しそう』
「呼んでないのに、姿を現すなんて……」
『うふふっ、ヴァンの顔を見たかったのよ〜。それに、ご主人様に、ちょっとお願いがあるのぉ』
「はい、何ですか? カストル沖の黒い奴らのことかな」
『ええ、そうよ。私の島までは、さすがに来ないんだけどねぇ。子供達がエサ場にしている海域にある小さな島のひとつに、黒い変な建物ができたのよぉ。また、変な施設だったら困るわぁ。なんとかして欲しいの〜』
なんだか妙に語尾を伸ばして喋ってる。マリンさんは、遊んでるな。深刻な状況ではないということか。
「僕も、それを調べるつもりですよ。黒い魔物が流れてくるみたいだから」
『うふっ、お願いねぇ。船が近づきにくいなら、私を呼んでねぇ』
そう言うと、空に浮かんでいた白い海竜は、パッと姿を消した。マリンさんは、僕が調査しやすいように、カストルの町全体に知らせてくれたみたいだな。
僕を知る古くからの住人が、海岸へやってきた。ファシルド家の料理人ベンさんの弟さんだ。彼の実家の店は、弟さん家族が継いでいる。
「あぁ、やはりヴァンさんだ。何年ぶりだろう。すっかり大人になられましたね」
「マスターもお元気そうですね。もしかして、今の声で……」
「はい、白き海竜が現れたから、もうこれで安心だと皆で話していますよ。たまに、船が出せない日があったんです」
ベンさんの弟さんは、随分と太ったようだ。以前会ったとき、彼は身体が朽ちて悲惨な状態だったんだ。僕もまだ未熟だったから、こうして元気な姿を見ることができて安心した。
「僕は、その調査も兼ねて、ここに来ていますよ。あっ、昔からこの町に住んでいるマスターなら、半魚人と話せますか」
「ええ、釣りを習うんですか?」
弟さんは笑いを必死にこらえているみたいだけど……釣り人が上級レベル10から上がらなくて困っているのは、本当なんだよな。
彼は、半魚人達の方へと近寄っていく。
「定食屋じゃないか!? この人間は、一体……」
知り合いみたいだな。
「彼は、ヴァンさんだ。俺の命を救ってくれた恩人だからな」
「定食屋の恩人……定食屋は我々の恩人……」
「白き海竜は、ヴァンさんの従属だ。それに、ヴァンさんは竜神様とも親交がある。そんな人に頼られるなんて、名誉なことじゃないか」
弟さんの言葉に、半魚人達の態度が変わっていくのを感じた。
「わかった。我々は、定食屋の恩人の頼みを聞いてやることにする」
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