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3、商業の街スピカ 〜ピリピリとした空気感

 僕は、執事長バトラーさんに連れられ、食事の間へと移動した。


 今は昼食も終わり、落ち着いているはずの時間なのに、テーブルのある広間も厨房も、なんだか空気感がピリピリとしている。


「料理長、彼は派遣執事として来たヴァンさんです。フロリス様の成人の儀が終わるまでの契約になっていますから、よろしくお願いしますね」


 バトラーさんがそう紹介してくれたが、料理長は殺気立っているようで、声が耳に届いていないらしい。他の料理人達が、代わりに軽く会釈をしてくれた。


 この料理長は、初めて見る顔だ。それに、料理人達もほとんど見知らぬ顔だな。


 少し不安を感じていると、よく知る顔が見えた。僕が初めてこの屋敷に派遣執事で来たときに世話になった、料理人のベンさんだ。



「ヴァンさん、後はよろしくお願いします。料理長には、ヴァンさんが来ることは話してあります」


「バトラーさん、ありがとうございます。なんだか、お取り込み中のようですが、僕が厨房に入っても大丈夫でしょうか」


 そう話していると、僕に気づいた料理人ベンさんが、近寄ってきた。しかし僕の知る雰囲気ではない。なぜか無表情だ。



「おう、ヴァン、今日は何の冗談だ?」


 僕が黒服だからだな。一瞬、彼がふざけているのかと思ったけど、どうやら様子がおかしい。僕が厨房内に視線を向けると、料理人ベンさんが咳払いした。


「冗談みたいですが、冗談じゃないのですよ。ヴァンさんは、フロリス様の成人の儀の手伝いのために来られました」


 バトラーさんがそう説明してくれたけど、料理人ベンさんの無表情は変わらない。僕は彼とは親しいつもりだ。だけどこれは……何かの芝居か?


 そういえば、彼は一時期、このファシルド家を離れていたけど、料理人歴は長い。厨房内のメンバーがこれだけ入れ替わっているなら、実力的にも彼が料理長でもおかしくはない。


「フロリス様か、なるほどな」


 僅かに、彼の表情が柔らかくなった気がした。料理人ベンさんは、僕がフロリスちゃんの黒服をしていたときのことを思い出したのかな。


 だが、彼はテーブルの並ぶ広間にチラッと視線を移すと、無言で厨房内に戻っていった。無表情には、理由がありそうだな。


 バトラーさんの顔色を見てみたが、笑顔で頷かれただけだ。僕の予想が、だいたい合っているらしい。


「じゃあ、ヴァンさん、よろしくお願いしますね」


 そう言うと、バトラーさんは食事の間から出て行った。



 この、どうにもできない疎外感は、久しぶりだ。広間にいる顔見知りの黒服も、僕とは目が合わないようにしているようだな。


 だが、突っ立っていても仕方ない。僕は、覚悟を決めて、厨房内へと入っていった。




「おい! 黒服がなぜ厨房に立ち入る? 出て行け!」


 殺気を放つ料理長が、僕を怒鳴りつけた。こんな風に、頭ごなしに怒鳴られるのも、久しぶりだな。一瞬、思考が停止してしまう。


 僕は、この人の性格は知らない。だが、ファシルド家の料理長がどんな責任を負っているかは知っている。料理人のほとんどは、料理に対するプライドが高い。絶対的な自信があるからだ。



「料理長、初めまして。派遣執事として参りました、ジョブ『ソムリエ』のヴァンです。短期間ですがよろしくお願いします」


 僕は明るい声で、そう挨拶した。厨房内の何人かが、ソムリエと言った僕に視線を向けた。この屋敷には、ジョブ『ソムリエ』はいない。ソムリエのスキルを持つ人は、数人いるだろうけど。


「は? ソムリエだと? そんなもんは……あぁ、フロリス様の成人の儀か」


「はい、フロリス様の成人の儀の後のパーティを終えるまでが、僕の契約になっています。当日の料理に合わせて、ワインを準備させていただきます」


 僕がそう言うと、料理長はフンと鼻を鳴らし、視線を逸らした。厨房に立ち入る許可をもらえたということかな。



 今ワインは、特に貴族の間では富の象徴となっている。だから貴族の集まるパーティでは、必ずワインが用意される。これは8年程前に、ワインが【富】に選ばれたからだ。


 この世界には神矢というものが存在する。言葉の通り、神が射る矢のことだ。神矢は、色違いで三種類ある。赤い神矢は【富】の矢、青い神矢は【スキル】の矢、そして金色の神矢はあらゆる富とスキルの矢だ。


 神矢は、神が与えるギフトであり、空から降ってくる心躍るイベントなんだ。僕はスキルの神矢集めに熱中している。青い神矢は、各地に様々な種類のものが頻繁に降っている。


 一方で赤い神矢は、十数年に一度だけ種類が変わるそうだ。その種類を選ぶときには、空に大きな映像が映し出される。そして神が、天使が用意したまとを射ることで、新たな【富】が選ばれるのだ。


 その選ばれた【富】は赤い矢となって、大地に降り注ぐ。神矢が選んだ【富】は、貴族の間では富の象徴として流行する。赤い神矢を得た者は、それを売ることによって大金を得ることも少なくない。


 地位のない者や貧しい者にとって、赤い神矢は、まさに神からのギフトだ。神矢には富の再配分の効果があるのだと言われている。その割には、いつまでも奴隷はなくならないんだけど。




 僕は、厨房奥にワイン保管庫を見つけた。それなりに広いセラーだ。でも、ファシルド家の旦那様は、富には興味がない。武闘系のナイトの家だからか、貴族同士の付き合いにも無頓着な面がある。


 ワイン保管庫に入ってみて……まぁ、予想通りだった。客人用の高価なワインは無く、奥様方が好む甘く飲みやすいワインばかりだ。パーティに使える在庫は無いと考えて良さそうだな。


 ガチャリッ


 ワイン保管庫の入り口の方から、嫌な音がした。まさかとは思いながらも戻ってみると、外から鍵がかけられている。


 こういう子供のような悪戯を、有力貴族の厨房を任されている料理人がやるのかよ? 思わず、ため息が出てくる。


 誰が、こんなことをするんだ?



『さっきのベンっていう料理人だぜ』


 頭の中に声が響いた。この声の主は、僕が契約している闇の精霊デュラハンのものだ。


 マジかよ。なぜ、彼が僕を閉じ込めるんだ?


『さぁな? だが、ベンっていう奴以外は、おまえに敵意を向けている。おとなしくしていろってことじゃねーの?』


 はぁ、ったく。だけど料理人ベンさんなら、僕が、スキル『精霊師』の精霊憑依を使えば、ここから出られることを知っている。


 とりあえず、ワイン保管庫の整理をしようか。



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