28、海辺の町カストル 〜半魚人って魔物?
まだ目覚めないな。だけど、薬師の目を使って診てみたが、もう瀕死の状態の個体はいない。
半魚人は魔物に分類されるらしい。でも、獣人と同じ扱いでいいんじゃないかな。確かに肌の色や質感は人間とは違うけど、顔は人間っぽい。それに人間の言葉を理解する知能があるなら、人扱いでいいと思うんだけど。
いろいろな大人の事情があるのかもしれない。それに獣人は、奴隷として扱われることが多い。もしかすると、彼らの意思で、魔物に分類されているとも考えられる。魔物であれば、人間とは距離を置けるもんな。
「ヴァンさん、そいつらは完治させないでくださいね。死を覚悟して暴れられると、市場が吹き飛びます」
ボレロさんは、僕に言っているというより、彼らをこんな瀕死の状態にした人達に言っているようだ。
「わかりました。もう命の危険はありません。事情は知りませんが、彼らの棲家をこんな形で爆破することは、許されるのですか」
僕が、付近にいた作業員達に尋ねると、みんな目を逸らす。立ち退かないからイラついて爆破したみたいだけど……半魚人は、そもそも、この場所に棲む原住民だろう?
魔物だからと、こんな手段で追い払おうとしたのか。だけど、ずっとここに棲みついていたなら、この町の人とも共存してきたはずだ。外から来た人間の勝手で、こんなことをするなんて……魔獣使いのスキルを持つ僕としては許しがたい。
「コイツらには、沖の島へ帰れと言っていたんですよ。カストル沖の小島が、もともと半魚人の繁殖地だから」
冒険者らしき人が言い訳をしている。だが、カストル沖の小島は、今、たぶん近寄れない状態だろう。そんな事情は、冒険者達は知らないか。
「この洞穴に棲みついている半魚人は、この町が繁殖地ですよ。それぞれ、ナワバリがあるはずです」
ボレロさんは、冒険者達を諭すようにそう説明している。冒険者達も、それはわかっているみたいだけどな。
執事長バトラーさんや黒服ブラウンさんも、この爆破現場にやってきた。料理長は、離れた場所で他の買い物客と一緒に、震えてるみたいだ。
「バトラーさん、この町の屋敷では、まだ使用人を雇っていませんよね?」
僕がそう言うと、バトラーさんは怪訝な顔をして近寄って来た。なかなか察しがいいな。
「ヴァンさん、さすがにそれは……」
ボレロさんはそう言いかけたけど、ハッと何か閃いたような顔をして、微かに口角を上げた。悪い顔をしてる。
「ヴァンさん、さすがに魔物を雇うという判断はできませんよ。旦那様が、貴族の集まりに使うとおっしゃっていますし」
バトラーさんは、断固拒否だ。でも、高台にある屋敷の地下室のさらに下の方は、ガラ空きじゃないか。海岸の岩壁に洞穴があっても大丈夫だと思うんだよね。
「バトラーさん、ボレロが良いことを考えましたよ。ボレロにお任せいただけませんか?」
ボレロさんは、悪い顔をしてバトラーさんに合図を送っている。嫌な予感しかしない。
「ほほう、良いことですか」
「はい、とりあえず、この場所から彼らを運び出しましょう。えーっと、重力魔法が得意な冒険者さん、お手伝いお願いしますね」
ボレロさんは、断らせないような威圧感を放っている。荒くれ者が多いデネブの冒険者ギルドの所長だもんな。
見たことのない雰囲気に、僕は少し戸惑いを感じる。ボレロさんって偉い人なんだよね。いつも対等に話していたけど……ま、いっか。
◇◇◇
ボレロさんは、半魚人達を、海岸に運ばせている。観光客の多い付近を避けた結果なのだろうけど、貴族の屋敷が並ぶ高台の前の海岸だ。
海岸沿いを歩いていくと、高台になっている部分は、特殊な岩の上なのだとわかった。別の言い方をすれば、海底火山から流れた溶岩が押し寄せてできたように見える。
「ボレロさん、カストル沖には、火山があったりしません?」
「おや、あぁ、マッピングですか。そうらしいですねぇ。海の状況によって、数日だけ現れる島なんかもあるそうですよ。この付近の海底には、船を座礁させる岩がたくさんあるから、大きな漁船は出せないらしいです」
「へぇ、それは冒険者としては魅惑的ですね」
「ヴァンさんなら平気かもしれませんが、普通の冒険者には危険すぎますよ〜」
あぁ、たくさんの魔物がいるのか。なるほど。だから経由地として、ここが選ばれたのか。ボレロさんがそこまで調べたということを、僕に伝えているのだと感じた。
砂浜に並べられていた半魚人達が目を覚ました。一斉に目覚めるから、少し驚いた。いや、最後の1体が目覚めるのを、他の個体は寝たふりをして待っていたのかもしれない。
冒険者達が剣を抜いた。
「ちょっと、皆さん、剣は要らないでしょう?」
ボレロさんがそう言っても、冒険者達は剣を半魚人達に向けたままだ。
「所長さんは、わかってねぇんだよ。コイツら、連携するし、かなり強い」
うん、知能の高い魔物は、戦い方が上手いんだよ。人間の方が知能は高いはずなのに、人間は連携できない人が多いよな。
「皆さん、彼を知らないんですか? ヴァンさんは、極級の魔獣使いですよ。しかも、神獣テンウッドまで従属化していますからね」
ちょ、ボレロさん……。
冒険者達は、ヒッと小さな悲鳴をあげた。僕は、黒服を着ているんだから、そんな紹介はしないでほしい。だけど、そうか。知られる方が、逆にスキルを使わなくて済むか。
僕は魔法袋から、正方形のゼリー状ポーションを両手いっぱいに取り出し、半魚人達の中で一番、睨んでいる個体に渡した。
「半魚人さん、これは僕が作ったポーションです。怪我をしたみんなで分けて食べてください」
渡したポーションから一つ指でつまみ、僕は口に放り込んで見せた。言葉は通じているはずだけど、毒だと思うかもしれないからな。
僕が食べた後をジッと睨んでいたが、納得したのか、仲間に配り始めた。よかった、信用してくれて。
「ほら、もう手懐けていますよー」
ボレロさんは冒険者達にそう言いつつ、僕に合図をする。だが、その意味は全くわからない。
「まさか、覇王持ちか……」
「あのポーションは、デネブのドゥ教会の……」
冒険者達のヒソヒソ話が聞こえてくる。それと同時に、半魚人達が警戒を強めるのを感じた。覇王を使って、強制的に排除すると思ったのだろうか。
「ボレロさん、僕は、彼らが魔物には見えません。だから、人として扱うので……」
すると、ボレロさんは、ニヤッと悪い笑みを浮かべた。えっ? 何?
「その言葉を待ってましたよ。彼らを使用人として雇いますよね? ヴァン・ドゥさん」
遅くなりました(ノ;・ω・)ノ




