27、海辺の町カストル 〜市場での騒ぎ
僕達は、高台の屋敷を出て、市場にやってきた。
地元の住人も利用する大きな市場だ。海辺の町だから、やはり魚が多い。さらに拡張するつもりなのか、市場の奥では、崖を削って何かを建てる作業中のようだ。
「北の漁師町リゲルとは、随分と品揃えが違いますね」
執事長バトラーさんが目を輝かせ、驚きの声をあげた。
僕は、別の意味で驚いた。バトラーさんは、漁師町の市場の品揃えを知っているんだ。
僕が住むデネブから漁師町へは歩いて行ける距離だけど、ファシルド家のあるスピカからだと、転移魔法を使わないと行けない距離だ。
「北の海と南の海では、棲む魚が違いますから当然です」
料理長は、若干バカにしたように答えている。だけど、彼も見たことのない魚が多いのだろう。さっきから、サーチを使っているようだ。
僕も、この町では美味しい魚料理を食べたことがあるけど、やはり大半は見たことのない魚だな。
北の海に面する漁師町は、この海辺の町よりも大きい。そして王都に近いことから、王都で食べられる魚は、ほとんどすべてが、漁師町リゲルで獲られている。
だから、貴族家の人達や大きな街に住む人達には、北の海の魚が一般的なんだ。
この海辺の町カストルは、町の名前が付いている中では、僕の知る限り、たぶん一番小さな町だ。
住む人の多い町には、王宮が名前を付けているそうだ。一方で、住人の少ない集落や村には名前は付けられない。だから、その場所や特産物などの特徴で、呼ばれるようになっていったらしい。
僕が生まれた村は、リースリング村という。リースリングという種類のぶどうを栽培している村だから、そう呼ばれるようになったらしい。ぶどう産地は、作っているぶどうの種類が村の名前になってる。これは、ワインを知る者にはわかりやすい。
果物を栽培する集落は、似たような名前の付け方をしているみたいだ。僕は行動範囲は広くないので、あまりよく知らないんだけど。
料理長は、ひとりで市場の中を興味深そうに歩き回っている。執事長バトラーさんも黒服のブラウンさんと一緒に、いろいろと見ているようだ。
ファシルド家の旦那様は、おそらくすぐに、この別邸に来るだろう。それまでにメニューを考え、食材も揃えておく必要があるもんな。
僕は、邪魔にならないように、一角でボーっと立っていた。冒険者ギルドの所長ボレロさんも同じく、買い物客の邪魔にならないように、僕の横に突っ立っている。
こういうのも悪くない。ボレロさんは暇そうにしているけど、僕は、人々の買い物を観察しているだけでも面白い。海辺の町だからか、地元の住人っぽい人達は、魚よりも肉に群がっているようだ。魚は自分で釣るのかな。
僕にも、魚を釣るスキルがある。スキルは、ジョブの印に負担になるから使いたくないけど、ゆったりとした気分で釣りをするのもいいな。滞在中、暇なときは、のんびり釣りをしてみようか。
ガタン!
市場の奥で、大きな音が聞こえた。僕は、即座に、横に立っていたボレロさんと顔を見合わせた。
「ボレロさん、建築中の事故でしょうか」
「いえ、あの場所は、もともと住んでいた人がいるんですよ。町の発展で、市場を拡張するために立ち退きをさせたようですが……」
うん? この奥って、岩肌が見えているし、民家のある場所ではない。
「崖ですよね?」
「そうなんです。崖の中腹に洞穴がありましてね。そこに住んでいた人達が、反発してるんですよ」
「崖の洞穴に、人が住んでいたんですか? 初耳です」
「もともとの原住民ですよ。半魚人らしいですが……」
あぁ、そうか。このカストル沖には、人魚が棲むと言われている。そして、武術系アーチャーの貴族クルース家は、人間ではなく、人魚の家系だと噂されているんだ。
「ボレロさん、半魚人って、人魚のことですか?」
「いえいえ、人魚は獣人と同じく、一応人間に分類されますが、半魚人は魔物ですよ」
「それは、見た目で区別してるんでしたっけ? でも、スキル『道化師』の技能を使えば、半魚人でも人間の姿に化けられますよね? 道化師の神矢は、魔物でも吸収できるし」
そう尋ねると、ボレロさんはハッとしたようだ。
「確かにそうですよね。今は、異界の住人でさえ、こちらの世界では人間として扱う時代ですもんね。古い分類は、見直す時期にきているかもしれません」
ボレロさんは、魔道具を取り出し、何かを操作している。思いついたら即座に行動するフットワークの軽さが、彼の凄いところだと思う。
「ヴァンさん、国王様から、人間に化けられるなら人間でいいのは常識だろ? との返答がありました。確かに、神獣テンウッドも、冒険者登録をしていますからね」
ふいにテンウッドの話を振られて、僕は一瞬、ギクリとした。青い髪の10歳くらいに見える少女の姿は、スキルを使って変化しているわけではない。神獣が持つ能力の一つだと思う。
「そうですよね。テンちゃは、今、人間の行動を学習しようとしています。人間に馴染むことができれば、知能の高い魔物なら、人間として扱っても良さそうです」
「あぁ、半魚人は、知能はあまり高くないんですけどね。ただ、この町に棲みついている半魚人は、人間の言葉を話せますが」
「じゃあ、神矢を得なくても、共存できそうですね」
ドガンッ!
市場の奥から、爆発音のようなものが聞こえた。
「ヴァンさん!」
そう叫んで駆け出したボレロさんの後ろを、僕は追いかけていく。崖を魔法で吹き飛ばしたのか? いや、半魚人の攻撃か。
奥の方にいた買い物客は、慌てて離れていく。
「何ごとですか!」
ボレロさんの姿を見つけた人達は、少しバツの悪そうな表情を浮かべた。冒険者だろうな。
「いやねー、アイツらが、しつこいんでねー」
崩れた崖の下敷きになっているモノがたくさん見える。半魚人か? いや、でも、普通に手足があるじゃないか。
「カストルで、半魚人を殺すと海が荒れる! そう注意しましたよね!? 皆さん!」
ボレロさんがめちゃくちゃ焦った顔で、僕の方を振り返った。この騒ぎに気づいて、黒服のブラウンさんも駆け寄ってくる。
僕は、薬師の目を使って、診ていく。大丈夫だ、まだ、誰も死んでない。だが、かなりヤバいな。
「がれきから、そっと救出してください! 瀕死の人が多いけど、まだ命はあります!」
僕は、魔法袋から薬草を取り出し、液体のポーションを作って気体化させた。そして風魔法を使って、彼らに振り撒く。
ビリっと右手が痺れたが、構っていられない。
ボレロさんが重力魔法を使って、半魚人達を救出してくれた。さすがだな。




