25、海辺の町カストル 〜ブラウンさんのジョブの印
じゃあ、頼りになる精霊様にお願いしようかな。
そういえば影の世界では、獣は霊に弱いんだっけ。精霊も、影の世界では霊と呼ばれるもんな、
影の世界では、獣と霊と人の関係は、三すくみの関係らしい。人は霊に強く、霊は獣に強く、獣は人に強い。こちらの世界とは少し違うんだよな。だが、それで上手いバランスが保たれているらしい。
『ふん、余裕だぜ。オレを召喚しろ』
わかったよ、デュラハンさん。
僕は、契約精霊のデュラハンを召喚しようと念じる。すると、僕の身体に魔法陣が現れ、ヌーッと首無しの鎧騎士が現れた。
デュラハンの加護を強めた状態の僕と同じ鎧だ。だけど、首無しの状態でも、人間よりもかなり大きいんだよな。
何年か前に、デュラハンの首を見つけたんだけど、今も首無しのままだ。脇に首を抱えるのがオレのスタイルだとか言ってたっけ。
普通、精霊や妖精は、それを見る技能のない人には見えない。だけど、デュラハンは実体化した精霊だから、すべての人に鎧は見えるようだ。
海岸に居た人達を驚かせてしまったな。カストルは観光地だから、鎧騎士は場違いだ。
「さっ、この黒い奇妙な生き物はデュラハンに任せて、僕達は屋敷に戻りますよ」
僕は、わざと大きな声で、黒服のブラウンさんに告げた。
「えっ、あっ、同じ鎧……闇の精霊って、まさか、デュラハンを従えているのですか!?」
海岸の方からは、あれがデュラハンならあの人はヴァンか、という声が聞こえてくる。それと同時に、驚いていた観光客は、すっかり落ち着いているようだ。
僕がデュラハンと契約関係にあることは有名だ。冒険者なら知らない人はいない。僕の顔はあまり知られてないけど、デュラハンは見た目からしてわかりやすいもんな。
だけどブラウンさんは、しばらく獣人に保護されていたから、知らなかったようだ。あっ、闇の精霊の加護を使っていると言ったことで、混乱させたのかもしれない。首を見つける前はデュラハンはチカラを失っていて、妖精だったからな。
「はい、デュラハンは、僕の契約精霊ですよ」
「契約? 従えているなら支配精霊でしょう?」
あー、そっか。ブラウン学長は、ご存知だけど……息子さんには話してないみたいだな。
「僕は、精霊使いじゃなくて精霊師のスキルを持ってるんです。精霊師は、精霊使いとは違って、精霊を支配しません。互いに助け合う対等な関係なんですよ」
「そう、なのか。俺は、ボックス山脈に引きこもっていた間は、何も成長しなかったから……」
黒服のブラウンさんは、失った時間を取り戻そうと焦っているように見える。
「そんなことないですよ。僕は、貴方のように剣を上手く扱えません。僕が持っている戦闘系のスキルは、他者のチカラを借りるものばかりです。だから逆に、ブラウンさんのように強い人は、とても羨ましいです」
「そうでしょうか。まぁ、生きるための戦いは、ボックス山脈では必須でしたけどね」
彼の表情は、少し落ちつきを取り戻したように見えた。もう、大丈夫かな。
「戻りましょうか」
僕がやわらかく微笑むと、彼はフッと笑顔を浮かべた。うん? なんだか変な笑顔だよね。
「ジワジワと姿が戻るんですね。不思議だな」
「あぁ、加護を徐々に弱めていくと、確かにジワジワと姿が変わりますね。デュラハンの姿はクールなイケメンだから、ジワジワと残念な平凡な顔に戻っていくと、より一層、残念さが際立ちますよね」
「あはは、そんなことないですよ。ヴァンさんは、普通に素敵な人だと思いますよ。だから、あんなに美しい伴侶がいらっしゃるのでしょう?」
えっ? あ、突然そんなことを言われると……。
「僕は、どう言葉を返せばいいか、わからないです。でも、ありがとうございます」
たぶん、僕の顔は赤くなっているよな。恥ずかしい。だけど、フラン様は僕の外見なんて、何も気にしてない。気にする人なら、僕は相手にされないだろうな。
◇◇◇
屋敷の地下室への外階段を上り、扉を開くと、笑顔のボレロさんが立っていた。
バトラーさんと料理長は、地下室には居なかった。ボレロさんが、上へと逃したのだろう。
「助かります。しかし、こんな真っ昼間にデュラハンですか」
ボレロさんは、覗いていたみたいだな。
「影の世界の獣みたいですからね。真っ昼間なので、デュラハンは召喚しました」
そう説明すると、ボレロさんはうむうむと頷いている。海岸に下りようと言い出したのは、これが狙いだったのかもしれないな。
影の世界の魔物が、カストルで目撃されていたのだろう。観光地でこれは死活問題になりかねない。冒険者ギルドへ、緊急の依頼が来ていてもおかしくない。
「あの、デュラハンは召喚したとは、どういうことですか? 召喚しないと精霊は現れないですよね?」
黒服のブラウンさんは、プライドを捨てて、ボレロさんに尋ねることにしたみたいだ。何か吹っ切れたような表情をしている。
「ブラウンさん、精霊使いのスキルはありますか?」
「話したくなかったのですが、俺にはジョブの印がないので、わかりません。持っていたかもしれないけど、記憶はあやふやです」
はい? ジョブの印がない? それって、未成年か死人だよな。あっ、成人の儀をする前にボックス山脈で襲われたのか?
「それは、早く言っていただくべきことでしたね。冒険者カードも、再発行でしたね」
「すみません。誰を信頼すべきか、わからなくて」
ボックス山脈で襲われたのは、もしかして暗殺なのだろうか。ブラウン学長の辛そうな表情がよみがえってきた。
「そうですよね。ボレロを信頼してもらえて嬉しいです。獣人の集落で保護されていたと聞いていますが、獣人に蘇生されたのですね。一旦、命を失うとジョブは消えます。白魔導士の蘇生魔法なら、違うジョブに変わることもありますが、ジョブ無しにはなりません」
ジョブ無し……半魔にありがちなんだよな。魔物にはジョブは無い。でも、ブラウンさんは人間だ。
「ボレロさん、俺はその点もわかりません。俺は……生きていてもいいのでしょうか」
ブラウンさんの表情は深く沈んでいる。
「もちろんですよ! ジョブ無しでは新たなスキルが得られませんね。ですが、ヴァンさんの奥様にお願いすればなんとかしてくれますよ。アウスレーゼ家に生まれたドゥ教会の当主ですからね」
ボレロさんの明るい声に、ブラウンさんは安堵の笑みを見せた。
「先程の話ですが、精霊師が呼べば、精霊はどこからか現れます。召喚すれば迅速に、かつ、術者の力に応じて増幅された状態で現れます。ヴァンさんは、昼間に弱い闇の精霊を、召喚という方法で強化されたのだと思いますよ」
「へぇ、ヴァンさんって状況判断に優れているのですね」
いや、デュラハンのリクエストに応えただけなんだけど……。褒められると、どう返答すればいいかわからないんだよな。
僕は、あいまいな笑みを浮かべておいた。
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次回は、8月2日(火)に更新予定です。
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