22、商業の街スピカ 〜ポスネルクの追跡について
フロリスちゃん達が、フラン様の転移魔法でデネブに戻るのを見送ると、僕は、ファシルド家の旦那様の私室を訪ねた。
コンコン!
黒服のブラウンさんも一緒だ。彼も旦那様から、呼ばれていたようだ。別件かもしれないけど。
扉が開くと、そこには執事長のバトラーさんと料理長が居た。おまけに、なぜかデネブの冒険者ギルドの所長をしているボレロさんも招かれている。ボレロさんは、ただの職員だった頃から僕を担当してくれている、担当者でもある。
そういえば、フロリスちゃんの成人の儀が終わったら、改めて料理人達についての話をすると言ってたっけ。ボレロさんが来ている理由は……魔物の件かな。
「おぉ、ヴァン。派遣執事の契約を継続するのだったな。ボレロが来ているぞ」
旦那様は、ふざけているつもりだろうか。派遣執事は、商業ギルドの管轄だ。冒険者ギルドは無関係なんだけどな。
「えーっと、なぜボレロさんが来てるんですか?」
黒服のブラウンさんがいるから、話していい範囲がわからない。彼は、昨夜からなんだよな? 考えてみれば、随分とおかしなタイミングだ。フロリスちゃんを守るなら、もう一日早く来るべきだろう。
「ヴァンさん、ボレロが商業ギルドに連絡しておきますね。今回は、そちらの黒服の方の用事で来ていますよ」
「ブラウンさんですか」
そう聞き返すと、ボレロさんは旦那様と何か目配せをした。
「えっ? ハーシルド様の坊ちゃん? 生きて……」
料理長は、驚きのあまり、声に出してしまったらしい。マズイと感じたのか、言葉を飲み込んだが。
ハーシルド家は、このファシルド家と同じく武術系ナイトの家だ。ナイトの家名には、なんちゃらシルドと付くから、覚えやすい。
ポスネルクの事件を思い出した。消えた魔物の屍について、夢の話をした坊ちゃんイック様の母ロアンナ様は、現ハーシルド家当主のお姉さんなんだよな。
ハーシルド家の本家には子がたくさんいて、だけど現当主以外のジョブ『ナイト』は、全員が謎の失踪をしていると、旦那様は言っていた。
そうか、ハーシルド家には、分家も当然あるはずだ。ブラウン学長が家の名を言わないのも、黒服の家の名前が秘密なのも、そういうことか。分家なら、家の名を言わない貴族も多い。
「ヴァン、黒服の彼の素性を知っていたか?」
旦那様が、料理長のいる場に黒服を呼んだのは、このためか。二人が知り合いだという情報源は、ボレロさんかな。
「スピカの剣術学校の、ブラウン学長の息子さんだということは聞きましたよ」
「そうか、今、聞いての通りだ」
ハーシルド家だということか? だから、何? ハーシルド家の分家と料理長が親しくしているから、料理長が犯人だとか言い出さないよな?
「旦那様、お話が見えませんが?」
僕がそう返答すると、旦那様はフッと笑った。
「ヴァンも、言うようになったな。まぁ、そうでなければ、ドゥ家の当主を支えられぬ」
一応、認められたということか?
「ヴァンさん、毒ヘビの魔物を追わせたんですってね。でも、追われると影の世界に逃げ込むでしょう?」
ボレロさんは、それを知りたくて待っていたのか。旦那様は、料理長や黒服ブラウンさんにも、聞かせるつもりらしい。ということは、二人を巻き込む気だな。
「ボレロさん、僕に何を喋らせたいのですか?」
「あはは、ヴァンさんなら突き止めたかと思いましてね。この件については、あちこちの貴族家から秘密裏に調査依頼を受けて、ボレロが取りまとめをしているのです。二つにまで絞れたんですが、これで正しいかは分かりません」
なるほど、だから確認したいのか。泥ネズミのリーダーくんからも、もちろん報告はあった。だが、やはり確定できないんだよな。
「旦那様、僕から二つの可能性についてお話してもいいですか?」
「やはり、ヴァンも二つに絞ったか。その先を絞るのは難しいのだな」
僕は、あいまいな笑みを浮かべて、口を開く。
「まず、泥ネズミの報告からお話します。逃げたポスネルクを追うと、やはり影の世界に逃げ込んだようです。その先は泥ネズミは追跡できないので、泥ネズミの眷属の黒ネズミからの報告になります」
そこまで話すと、ボレロさんは目を見開いた。いや、期待しないでくれ。
「ポスネルクは、異界を通り、こちらの世界の海に浮かぶ島へ逃げたようです。その島は、泥ネズミが行けない場所にありますが、ポスネルクの餌となるものがないとのことです」
すると、これはボレロさんも調べていたのか、大きく頷いている。
「やはり、カストル沖の島ですよね。だとすると、やはりクルース家が、ナイトの家を潰そうとしているのか」
カストル? あぁ、海辺の町だ。随分と前に、一度だけ行ったことがある。リゾート地のような感じになっているはずだ。料理人ベンさんの実家がある。
だが、クルース家が、そんなことをするだろうか。たぶんクルース家の人達は、人間じゃないんだよな。だから、あまり人間とは積極的に関わりたがらないと思う。
クルース家は、海に関する業を得意とする、武術系アーチャーの貴族だ。アーチャーの貴族は、なんちゃらルースという家名になっている。
「僕のもうひとつの可能性の話をしてもいいですか?」
「あぁ、もうひとつは、ハーシルドの本家だろう? 当然、これが本命だ。ハーシルド家は船を多く持っているからな」
旦那様の頭の中では、ハーシルド家に決定しているらしい。もちろん、あの奥様が何かしているとは思う。だけど、僕の考えは少し違う。武術系貴族は、ナイトの家とアーチャーの家は、とんでもなく仲が悪いんだ。
「僕は、クルース家の仕業に見せかけようとした別のアーチャー系の貴族を疑っています。しかも二つの貴族家が共謀している可能性もあります」
「アーチャー同士の争いで、ナイトを狙ったのか? まぁ、アイツらなら、あり得る話だ。ただ、それは初耳だな」
初耳だということは、証拠が必要だということだ。
「影の世界を頻繁に訪れているヨルース家、そして裏ギルドで、ボックス山脈に生息する魔獣を売買をしているヒルース家、どちらも同じ目的があるようです」
そう話すと、旦那様は気づいたようだ。ファシルド家も強い恨みを買っているだろう。
「騎士制度か……」
僕は、コクリと頷いた。旦那様は、頭を抱えてしまった。だが、おそらくこれが理由だと思う。
騎士じゃなければ、王宮に仕えることができない。そういう制度を作ったのは、有力なナイトの貴族だ。アーチャーの貴族クルース家が賛同したことで成立したらしい。
しかし、密談ではない。キチンとした場で決まったことだそうだけど。まぁ、騎士試験に合格できないアーチャー貴族の逆恨みだよな。




