表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

20/170

20、商業の街スピカ 〜ブラウン学長の息子

 フラン様だけでなく、フロリスちゃんも青い顔をして起きてきた。テーブルの上には、僕が冷やして持ってきた白ワインだけじゃなく、レモネ家からの贈り物のロゼワインの空き瓶も並んでいた。ちょっと飲み過ぎだよな。


「ヴァン、来てたのね。私、頭が痛いの……それに気持ち悪い。ウプッ」


 フロリスちゃんは、洗面所に駆け込んでいった。初めての二日酔いかな? 大人の洗礼だな。



 そんな少女を、不慣れな黒服は、心配そうに見ていた。そして、僕に何かを催促するような視線を向ける。まぁ、言われなくてもわかっている。


 僕は、魔法袋から薬草を取り出し、アルコールを分解する解毒薬を作った。この程度の簡単な調薬なら、ジョブの印のある右手は痛まない。ただ、量が増えると厳しいだろうな。


「フラン様、お二人分の二日酔いの薬です」


「ありがとう。フロリスには、これも勉強ね」


 フラン様は、娘のルージュをソファに寝かせると、こめかみを押さえながら僕から薬を受け取った。ルージュのそばには、すかさず青い髪の少女が座っている。


 もしかするとフラン様は、わざと二日酔いになる量を飲ませたのかもしれないな。自分の酒量を知ることも、大人としては大事なことだ。



 洗面所から、ゾンビのような顔をして、フロリスちゃんが戻ってきた。メイドのマーサさんが、少女に水の入ったコップを渡している。水を飲むと、また気持ち悪そうな顔をする少女。辛そうだな。


「フロリス、これを飲みなさい。私も飲むから」


「何これ?」


「ヴァンが作った二日酔いの薬よ。ちょっと苦いと思うけど」


 苦いと聞いて、表情を歪める少女。ふふっ、本当にゾンビみたいな顔だなぁ。


 フラン様が飲むと、フロリスちゃんも真似るように、グイッと一気飲みをしたようだ。苦かったのか、吐きそうなのか、必死にこらえているみたいだな。


 薬が体内を駆け巡り、二日酔いをもたらす成分を中和し、マナの流れを整えていく。



「うわぁっ、嘘みたいに治ったわ。ヴァンの薬ってすごいのねっ」


 うん? こんな解毒薬よりも高度なポーションやエリクサーを作ってるんだけどな。でも、そうだよな。体調が悪い人にとって、その症状を打ち消す薬は何よりの驚きの対象だろう。調薬の難易度なんて話は、ただの薬師の自己満足だ。


「ふふっ、フロリス様、お酒は飲み過ぎると、翌朝こんなことになります。ご自身の適量を学んでくださいね」


「ヴァン、その薬、もっとたくさん作ってちょうだい。それを持っていれば、無敵だわっ」


「フロリス、体調を診てその場で作る薬師の薬は、次の機会にも効くとは限らないのよ?」


 フラン様がそう言ってくれた。これも彼女の教育だろう。貴族家では、お酒に関わる機会も少なくない。自分で酒量コントロールができるように教えているんだ。


「えーっ、効かなかったら、二つ飲めばいいじゃない?」


 そう反論したフロリスちゃん。まぁ、ポーションならそれでいいんだけど……。フラン様は、僕に視線を移し、片眉をあげた。交代要請かな。



「フロリス様、薬は、飲む量を間違えると毒にもなるんですよ。だから、ポーションやエリクサーは、ギルドで売っていますけど、二日酔いの薬は、薬師の店でしか売ってないでしょう?」


「あっ、そういえばそうね。ギルドで売るのは、高い薬なんじゃないの?」


 フロリスちゃんは、本当にわかってないみたいだな。キョトンと首を傾げている。本来なら母親が教えるようなことを、彼女は知らないんだ。


「ギルドで売っているポーションやエリクサーは、飲み過ぎても回復しないだけで害にはなりません。あと、怪我をしたときの塗り薬も、使い過ぎても大丈夫だから、ギルドで売っています」


「傷薬も? あれは、安いわよね。魔導学校でも、持っている子が多いもの」


 そう言ってフロリスちゃんは、不慣れな黒服に視線を送った。彼は、コクリと頷いている。うん? 魔導学校の知り合いかな?


「一方で、薬師に調薬を頼むような、身体の不調を改善する薬は、様々な薬草を組み合わせています。一度に身体に入れすぎると、拒絶反応が出てしまったり、毒として作用することが多いんです。だから、効かないからといって、二つ飲むのは危険なんですよ」


「あっ! 薬物失神って、それのこと?」


 はい? 突然、何? またフロリスちゃんは、黒服の方をチラ見している。だが、黒服にはわからないのか、首を傾げてるんだよな。



「フロリス様、あの黒服は、お知り合いですか?」


「うん、魔導学校の剣術の先生だよっ。冒険者もしてるの。ね〜、ブラウン先生っ」


 ブラウン先生? 僕は、同じ名前を知っている。剣聖とも呼ばれる武術学校の学長さんで、5〜6年前に、一緒に行動したことがある。彼には娘さんがいて、そして息子さんはボックス山脈で亡くしたって言ってたよな。


「もしかして、武術学校のブラウン学長の息子さんですか? ボックス山脈で亡くなったと聞いたことがありますが」


 僕がそう尋ねると、黒服は目を見開いた。


「いかにも、俺はブラウンJr. だ。当主を継ぐ男は、名前も受け継ぐからな。そうか、薬師のヴァンさんは、果物のエリクサーを作る伝説の少年だったか」


 彼の表情が少しやわらかくなった。懐かしい二つ名を言われたな。もう少年という歳ではないけど。


「生きてらっしゃったんですね、よかった」


「俺は、ボックス山脈の獣人の集落で保護されていたんだ。しばらくは記憶を失っていてな。戻ってきたのは最近のことだ。今、リハビリ代わりに、魔導学校の講師をしている」


 すると、フロリスちゃんが口を開く。


「ブラウン先生の家も、武術系ナイトの家系なんだよっ。でも、家の名前は秘密なの。私が、ジョブ『ナイト』かもしれないからって、昨夜から警備で来てくれたの」


「魔導学校がしばらく休みだから、暇を持て余すよりはと思ってね。だけど、来てよかったよ。『神矢ハンター』なら、ナイト以上に狙われるかもしれないからな」


 正義感の強い人だな。ブラウン学長とよく似ている。


「ブラウン先生、大丈夫だよっ。私は、あまりこの屋敷には居ないもん。普段は、フランちゃんの教会から学校に通ってるの」


「そうだな。神官フラン様の伴侶は、堕天使さえ従えるらしいから、最も安全な場所だ。確か、動くラフレアだとも噂に聞いたな。神獣を従えているとも……。まぁ、あくまでも噂にすぎない。そんなバケモノは存在しないだろうけどな」


 えっ……バケモノ。


「うん? ブラウン先生、何を言ってるの。全部、本当のことだよ。この子が神獣だし、ヴァンはラフレアだもん、ねーっ」


 ニコニコしながら、青い髪の少女を指差すフロリスちゃん。不慣れな黒服は目を見開き……固まってしまった。


皆様、いつもありがとうございます。

日曜月曜はお休み。

次回は、7月26日(火)に更新予定です。

よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ