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19、商業の街スピカ 〜メイドのマーサの思い出話

 翌朝、僕は早めに起きて、フロリスちゃんの部屋を訪ねた。泥ネズミ達が、しっかり見張ってくれていたから、特に異変がないことは、わかったいる。


 ただ、妻のフラン様も娘のルージュも泊まったから、手伝いが必要だと思ったんだ。おまけに青い髪の少女もいるだろうからな。



 コンコン!


 扉をノックすると、見慣れない黒服が扉を開けてくれた。一瞬、嫌な予感がした。ファシルド家には、後継者になる可能性のある子を暗殺しようと、たくさんの暗殺者が入り込んでいる。


 フロリスちゃんのジョブは『神矢ハンター』だったから、ファシルド家の中では、貴重な存在になったはずだ。



「おはようございます。お手伝いに参りました」


 僕がそう挨拶すると、見慣れない黒服は怪訝な表情を浮かべた。感情を隠せないタイプか?


「聞いていませんが、派遣執事なら間に合ってますよ? 部屋を間違えてませんか?」


「あぁ、僕は一応、契約は昨夜のパーティまでだったんですよ。今日、延長してもらう予定ですが」


「それで、神矢ハンターのお嬢様に取り入ろうと考えたのか。ふぅん、だが、こちらのお嬢様は、あまりこの屋敷には居ないみたいだ。留守番はそんなに数は必要ない。他を当たる方がいいんじゃないか?」


 黒服の態度が急に変わった。部屋には入れたくないと考えたらしい。本当に感情を隠すのが下手な人だな。もし彼が暗殺者なら……最低ランクだろう。


「いえ、そうじゃないんですよ。僕の妻と娘が、泊めてもらったはずなので、朝食のお手伝いが必要かと思いまして」


「えっ!? アンタ、薬師のヴァンか?」


 ファシルド家では、僕はそう紹介されているのか。薬師契約をしているから、間違いではないけど。


「はい、ヴァンです。薬師契約はありますが、今はジョブの仕事で来ています」


「ジョブは薬師じゃないのか? まぁ、いいや。お入りください」


 ぎこちなく扉を開ける黒服。全然、慣れてないみたいだな。ますます暗殺者ではない印象を受けた。彼は、あまりにも黒服らしくない。こんな怪しすぎる暗殺者はいない。



 部屋に入ると、テーブルの上もソファも、ぐちゃぐちゃに散らかっていた。


「あの、散らかり放題ですが……」


 僕がそう指摘をすると、黒服は首を傾げた。いやいや、普通、扉担当だとしても、少しは片付けるだろう? 触れるなと命じられているのか?


 部屋の中には、他に誰も居なかった。まだ朝早いからな。メイドさんは居るはずだけど……あぁ、中庭に出ているのか。中庭に通じる大きな窓が少し開いている。


「メイドさんは、部屋の横の畑ですか?」


「えっ? あぁ、そうかもな」


 黒服は、使用人らしい言葉遣いが苦手らしい。指摘をしようかと思ったけど、やめておこう。詮索されるのは嫌だろうし、だいたいの素性はわかった。


 彼が、今朝か昨夜遅くから来ていて、部屋の前に警備兵がいないことからも、警備兵を兼ねた黒服なのだと思う。



「じゃあ、僕が片付けますね」


「は? いや、部屋の中で……だが、ファシルド家の薬師なら大丈夫か……」


 何か、ぶつぶつと独り言を呟いているが、まぁ、放っておこう。この散らかり放題は、見慣れた光景だ。


 僕は、テーブルの上の食べ残しのお菓子を処分し、ソファや床にまで、とっ散らかっているものを整理していく。


 昨夜フロリスちゃんは、フラン様にいろいろな物を見せていたようだ。幼い頃に描いていた絵や、魔法で永久保存した花は、思い出話をするときに引っ張り出してきたのだろう。


 ソファに、おてんこ盛りになっている服は、どれも今のフロリスちゃんが着られない小さなものだ。おそらく青い髪の少女に、パジャマがわりにと見せていたのかな。


 床に散らばっているお菓子のくずや、何かを拭いた跡からは、昨夜、開けるのを失敗して大騒ぎになったのだろうと予想できる。


 ふふっ、楽しい時間を過ごせたみたいだな。




「あら、ヴァンさん? なぜ黒服なの?」


 花を手に持って、メイドのマーサさんが部屋に戻ってきた。彼女は、たぶんフロリスちゃんが生まれる前から、この部屋のメイドをしている人だ。


「マーサさん、おはようございます。フロリス様の成人の儀のお手伝いに、数日前から来ていました」


「そうなのね。ふふっ、なんだか懐かしいわね。あの頃に戻ったみたい。でもお互いに歳を重ねたわね」


「あれから、8年ですね。まさかこんなに、やんちゃなお嬢様に成長されるとは思いませんでした」


 僕がそう言うと、マーサさんはケタケタと楽しそうに笑っていた。少し涙がにじんでいるようにも見える。


 あの頃は、感情のない人形のような少女だった。食事もほとんど食べられず、5歳だった少女は、3歳くらいに見えたんだよな。


「本当に立派になられて……嬉しいです。亡くなられたサラ奥様も、きっと喜んでいらっしゃると思います」


 マーサさんは、こぼれ落ちそうになった涙に慌てて、少し上を向いたようだ。だけど、彼女の頬をキラリと光る物が流れていく。フロリスちゃんの母、サラ奥様が黒石峠で襲われたとき、彼女も一緒にいたと聞いたことがある。いろいろな想いがあふれてきたのだろう。


 僕も思わず、もらい泣きしそうになった。



「まぁ、テーブルを片付けてくださったんですね」


 マーサさんが扉の近くに立つ黒服にそう声をかけた。だが、黒服は手を横に振って、違うと主張している。


「いま、僕が片付けました。食べ残しのお菓子は、フロリス様が怒るかもしれませんが、すべてゴミ箱に入れましたよ」


「あら、ふふっ、それは怒られるかもしれませんね」


「でも、昨日、成人になられたので、散らかし放題で寝てしまうなんてことは、改めていただかないと……」


「ふふふ、サラ奥様も、お片付けは苦手だったのよ。片付けようとすると、なぜか余計に散らかってしまうの」


 マーサさんは懐かしそうに、また目に薄らと涙を浮かべて話している。彼女は、サラ奥様の代わりにフロリスちゃんの成長を見守ることを決めたようだ。もう40歳近いと思うけど、ずっと独身なんだよな。




 ガチャっとサラ奥様の私室だった部屋の扉が開いた。サラ奥様が亡くなった後は、フラン様が使っている部屋だ。


 僕だけじゃなくマーサさんも一瞬ドキッとしたようだ。サラ奥様が噂話を聞いて、戻って来られたのかと思わせるタイミングだもんな。


「あら? マーサの声がすると思ったら、ヴァンも居たのね。ヴァン、私、ちょっと頭が痛いの」


 娘のルージュを抱きかかえて、青い顔をしたフラン様が登場だ。


「二日酔いですね。床にも派手にこぼした跡がありましたが」


「やだぁ、なぜバレてるの? フロリスが床に、栓の開いたボトルを落っことしたのよー」



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