17、商業の街スピカ 〜フロリスちゃんのパーティ
フロリスちゃんの成人を祝うパーティが始まると、予想していた通り、大勢の客人がやってきた。以前から彼女と親しくしている学校関係の人もいるが、ほとんどの顔は知らないみたいだな。
彼女の成人を祝いに来たというには、なんだか違和感がある。成人の儀で、彼女に与えられたジョブが『神矢ハンター』というレアなジョブだったことで、彼女との関わりを求める多くの貴族達が群がってきた、という方が適切か。
会場のすみっこには、ポツンと立っているエリン様の姿があった。あのとき、目の下にクマを作っていた若い黒服と一緒だ。彼だけが本気で、エリン様達を心配していたように感じた。
成人の儀の式のときに居たかは気づかなかったけど、エリン様は、フロリスちゃんに興味を持ったみたいだった。彼女は、フロリスちゃんと純粋に話したいと思ったから、このパーティに顔を出したのだと思う。
「エリン様、いらっしゃってたんですね」
僕が声をかけると、彼女は、ぎこちない笑顔を浮かべた。もうすぐ彼女も成人だと言っていたけど、こんな場には不慣れだろうな。一緒にいる黒服も、緊張しているようだ。
「ヴァンさん、あの、私、来たけど何をしたらいいのか、全くわからないわ。みんな、お母様と一緒なのよね」
そうだよな。彼女の母親セイラ奥様は、息子ロイン様を亡くしたショックから、部屋を出られない状態らしい。あれから、まだ3日しか経っていない。当然だ。
「エリン様、しばらくは来客の挨拶が続くでしょうから、少し何か召し上がりませんか?」
「えっ……でも……」
パーティ料理に、チラッと視線を移した少女は、一瞬だけ目を輝かせたが、すぐに首を横に降る。あんな事件が起こったばかりだからな。毒殺されるのではないかと、怯えているのだろう。
「大丈夫ですよ。マナーが気になるなら、僕がお取りしますね」
「えっ、マナーというか……うん、ヴァンさんは信じてもいいって思うから、うん……」
小さな消え入りそう声だ。だけど、この場に立っている少女は、きっと負けたくないんだと感じだ。
僕は皿を手に取り、そして、彼女が視線を向けていた料理を次々と入れていく。おそらく、ふだん食べない物に興味があるだろうな。彩りを考えて、なるべく綺麗に皿に盛った。
「はい、どうぞ。立食パーティですから、立ったまま召し上がっても恥ずかしくありません。気になるなら、壁沿いの椅子をお使いください。あー、ちょっと待って。一応、念のために成分サーチだけしておきますね」
僕は、あえて右手を皿に向けた。こんなパーティでは、料理を監視するための魔導士も雇っているから、毒が入っていないことは明らかだ。だけど、こうしないと、彼女は食べられないだろう。
一応、本当にサーチをしておく。うん、問題はない。ただ……おかしな動きをする黒服に気づいた。エリン様に触れそうな距離まで近づいて来ていたのに、僕の顔を見てパッと目を逸らし、足早に離れていった。
監視の魔導士に合図を送る。軽く合図を返した彼は、怪しい黒服の方へと、ゆっくりと移動していく。悟らせないようにしているのかな。
「ヴァンさん、ありがとう。こんなにたくさん? 私、食べられるかしら?」
「大丈夫ですよ。料理長は、かなり気合いを入れてましたから。味は良いはずですが、お口に合わない物は、遠慮なく残してくださる方がいいかもしれません」
「えっ? そうなの? なぜ残す方がいいの?」
エリン様は、不思議そうな表情をしている。残さず食べるという教育をされているのかな。
「料理人は、残った料理を見て、反省会をするんですよ。その屋敷ごとに集まる客人が違いますからね。今の料理長は、まだファシルド家に来てから1年も経ってないって言ってましたから」
「へぇ、料理人も大変なのね。でも、変わった料理ばかりで綺麗だわ。こういうのって、ロインが好きなの」
思わず自分の口から出た言葉に、少女は辛くなってしまったようだ。その表情は、暗く沈んでいく。
「じゃあ、ロイン様の分も、食べてあげてください」
「ええ〜、私、太っちゃうじゃない」
そう反論しつつも、彼女は、パクパクと料理を口に運んでいく。たぶん味なんてわからないだろうな。でも、強い人だと思った。必死に前に進もうとしている。
キャーッ!
少し離れた場所から、年配の女性らしき悲鳴が聞こえた。来客か? いや、この屋敷の奥様か。素早く警備兵が駆け寄っている。さすがファシルド家だな。
『我が王! うにゅうにゅでございますです!』
泥ネズミのリーダーくんからの念話だ。賢そうな個体は何も言ってこない。まぁ、これで意味がわかるからか。
また、ポスネルクが現れたのか。何かあるとは思っていた。僕がエリン様に声をかけたのは正解だったかもしれない。さっきの怪しい黒服は、エリン様を狙った暗殺者だとも考えられる。
ファシルド家の警備兵達も、当然、魔物がいきなり現れる可能性を想定していたはずだ。だから、来客の中にも警備兵を紛れ込ませている。
「また、何かあったのね」
エリン様は、手に持っていた皿を落としそうになっていた。うん? 何か違和感がある。一部の料理が僅かに変色している。僕は、サーチをしてみると……やはりな。
「エリン様、お皿は僕が預かりますよ。いま、天井から何かが落ちてきて、お皿にかかりましたから」
「ええっ?」
少女は、上を見上げた。だが、彼女の目には何も見えてないだろう。上から毒を落とされたら、防ぎようがない。
「大丈夫ですよ、ご心配なく」
僕は、柔らかな笑みを向け、彼女の皿をテーブルに置いた。
来客達が、会場内の異変に気づき騒ぎ始めた。こういう貴族の集まりは、狙われやすいらしい。ファシルド家だから大丈夫だと思っていたという声が聞こえてきた。ふぅん、芝居っぽいんだよな。
警備兵が、来客に気づかれないように、ポスネルクを追い払ったようだ。こんな場所での討伐は難しいからだろう。
『我が王! 逃げたポスネルクを追うことが可能です』
賢そうな個体からの念話だ。追いかけるの? 影の世界に逃げ込んだんじゃなくて?
『異界にいる黒ネズミを、我々の眷属にしました。ご指示を!』
ひぇぇえ、すごいね、泥ネズミ。うん、じゃあ、追跡させてくれる? だけど、気をつけて。バレたら殺されてしまうよ。
『御意!』
フロリスちゃんのパーティは、少し早めに終了した。エリン様は、結局、フロリスちゃんと話せなかったな。