167【後日談③】神官家の順位
マルク・ルファスです。
俺は、最近、ドゥ教会の人の多さが気になっている。この混雑の原因は、神官三家の有力者達が竜神様の怒りを買い、神官家の順位づけが取り入れられたためだ。
先日発表された神官家の順位は、精霊様達の意見が反映されたものらしい。信者の心の状態を把握できるのは、たくさんの精霊様達だからかな。
やはり、1位はトロッケン家だった。ただ、この順位には異議を唱える人も少なくない。
俺も、トロッケン家は統制の神官家だから、1位でなければそもそもの根底が崩れるからではないかとも思う。だけど、改革をしようとする若い神官が最も多いのは、トロッケン家だ。神官三家の中では、最も変化に対応する能力が高い。まぁ、1位でも仕方ないか。
そして、2位がドゥ家だった。この記事を読んで、俺は飲んでいた紅茶を思わず吹くほど驚いた。
ドゥ家は、もともと第4の神官家と位置付けられていたから、とんでもない順位というほどではない。
だが、ドゥ家は、フランさんが独立して立ち上げた、新しい小さな神官家だ。教会がひとつしかない小さな神官家が2位ということに、俺は驚いたんだ。
ドゥ家には、ジョブ『神官』は、フランさんしかいない。だが、神官見習いは少なくないし、信者の数は、新たな神官家の中ではダントツで多い。
順位発表の記事によると、ドゥ家の信者が多い理由は、二つあると書かれていた。ひとつ目は、精霊の壺が飾られている告白教会だから、若い人達の人気を集めているという。そしてもうひとつは、ヴァンのことが書かれていた。超級薬師が、無料で調薬してくれることで、貧しい人達の注目を集めているという。
だがドゥ教会は、再出発を支援することをポリシーとする教会だ。記事を書いている人は、ドゥ教会の信者ではなさそうだな。
ちなみに、3位は、アウスレーゼ家だった。神官三家の中では、最も規模の小さな神官家だ。
俺は個人的には、アウスレーゼ家が1位だと予想していた。成人の儀を司るアウスレーゼ家は、白魔導士のスキル持ちが多いし、聖魔法も使う。すなわち、成人になるときには必ずアウスレーゼ家に世話になるし、大きな怪我をしたときに駆け込むのは、アウスレーゼ家の教会だ。それに精霊との関係も、神官三家の中では最も良好だと思う。
まぁ、フランさんのドゥ教会が2位だったことを考慮すれば、アウスレーゼ家が3位で良かったかな。フランさんは、アウスレーゼ家の生まれだけど、ジョブ神官だとわかるまでは、捨てられたも同然だったようだ。ある意味、これほどのざまぁはないよな。
4位以下は、興味なかったから、俺は記事を読んでいない。だけど、こういうのは、妻のフリージアさんは好きなんだよな。
彼女は、ドルチェ家の正式な後継者に指名されたから、噂話になりそうなネタは、絶対に逃さないようにしているようだ。
「父さん、ベーレン家が何位だったか、しってるー?」
何かをたくらんでいるような顔をして、息子のカインがそーっと近寄ってきた。顔は俺に似ているが、性格はフリージアさんなんだよな。
「知らないな。カインは知ってるの?」
「しってるよー。学校で、すっごく噂になってるから」
息子のカインは、6歳になった頃から、もう1年半ほど、デネブにあるレモネ家の学校に通っている。
フリージアさんとしては、俺が卒業した商業の街スピカの魔導学校に通わせたいらしい。ただ、スピカの魔導学校は、俺の祖父が学長をしているから、俺としては反対なんだ。ブラウン学長の剣術学校に行ってくれないかと思っているが、俺の意見を聞く息子ではない。
カインが学者貴族のレモネ家の学校に通っている理由は、知的好奇心のためではない。文字を読むのは得意だが、座学が好きなわけでもない。ただ、デネブに居たいから、だと思う。
「へぇ、カインは2年生になったんだっけ? 7〜8歳の子がそんな噂話をするの?」
「うん? 2年生はそんな話はしないよ。おとなのクラスの人達と話すんだ〜」
あー、そうだった。誰に似たのか、大人の前では紳士っぽく振る舞うらしく、大人のふりをして話に割り込むんだよな。
「大人なら、そういう話題は好きな人も少なくないだろうね」
「うん! ルージュちゃんの教会ほどじゃないけどね」
なるほど。さっきの顔は、それか。
カインは、3歳を過ぎたあたりから放浪癖があり、また超絶な反抗期があった。人格を疑うような、弱い虫の大量虐殺をしたこともある。だから、ジョブが暗殺者じゃないかと、心配していたんだ。
王都やスピカでは、3歳児が放浪すると危ないからと言って、フリージアさんがデネブにも別邸を建てた。それでも、黒服を何人も監視に付けないと、すぐに居なくなって、あちこちで暴れて、ほんと大変だった。
だけど、ヴァンに子供が生まれて、フリージアさんとカインを連れてお祝いを持って行った日を境に、カインはガラッと変わった。どうやら、ケラケラとよく笑う赤ん坊のルージュちゃんに、恋をしたらしい。
「カイン、さすがに俺でも、ドゥ教会の順位は知ってるよ?」
「あたりまえだよ! ルージュちゃんの教会のことをしらないなんて、ありえないよ!」
なぜ怒る?
「で、ベーレン家は、何位だって?」
「ルージュちゃんは、ドゥ教会が2位だってこと、しってるかなー?」
「さぁ? ルージュちゃんは3歳だからね。3歳の頃のカインのことを思い出してみればいいよ。カインは、そういう情報記事を知ってた?」
そう尋ねてみると、カインは口をポカンと開けて、固まっている。このポカンとした顔が、俺と似てると、以前ヴァンが言ってたっけ。ふっ、さすがにこんな顔はしないだろ。
「ルージュちゃんの父さんが、悩んでるみたいだよ!」
話が飛んだな。フリージアさんも、すぐに話題が飛ぶ。
「ん? ヴァンが何を悩んでるの?」
「毎日、たくさんの薬をつくらなきゃいけなくて、ルージュちゃんのパンケーキをつくる時間がないんだって」
「それを、誰から聞いたの?」
「毎日、テンちゃがケンカするから、ルージュちゃんとお揃いの服をすぐに破るんだって」
あれ? 話がまだ続いてたか。
「テンちゃは元気だもんね」
「毎日、変な臭いのハンターが来るから、ルージュちゃんの母さんが、教会に変な霊を持ち込まないでって怒るから、ルージュちゃんの父さんは、ガックリしてるって」
「ヴァンは、極級ハンターだし、精霊師だからね」
「毎日、中庭のお花をたくさん摘みたいのに、ルージュちゃんの父さんが忙しくて生育魔法をする時間がないから、あまりお花を摘めないんだって」
話がコロコロ変わるな。あー、そうか、ルージュちゃんと話したことを、俺に報告しているのか。
「カイン、花の生育魔法なら、教えてあげようか? ヴァンは、今のカインくらいのときには、生育魔法を使ってたよ」
「うん!!! おしえてほしいです! 父さん」
これが、噂の紳士っぽい振る舞いか。確かに、貴族らしい丁寧なお辞儀付きだ。
「じゃあ、ドゥ教会に行って、中庭を借りようか」
「はい!! そうしましょう!」
カインは勢いよく立ち上がると、自室へすっ飛んで行った。土いじりをするというのに、流行りの服に着替えて戻ってきた。まぁ、わかりやすい。ドゥ教会に行くときは、思いっきりオシャレをするんだよね。
◇◇◇
「あっ、マルク、久しぶり。カインくん、こんにちは」
ドゥ教会に着くと、どんよりとしたヴァンがいた。笑顔を作っているが、目は全く笑ってない。
「ルージュちゃんの父さん、こんにちは! 今日は、ぼくの父さんが、生育魔法を教わりたいと言っていたので来ました!」
おい、おまえなー。
「マルクが? あー、ふふっ、今、ルージュがパンケーキを食べてるよ。カインくんの分もあるから、よかったらどうぞ」
「はい! ありがとうございます! 中庭から失礼いたします!」
カインは立派な返事をして、スタスタと勝手知ったる中庭を、ドゥ家の屋敷の方へと歩いていった。おい、おまえ、生育魔法は、いいのか?
「ヴァン、なんか、疲れてない?」
「めちゃくちゃ疲れてる。もう何日も寝てないよ」
あー、だからこの顔か。
「ドゥ教会が忙しいんだろ?」
「うん、ドゥ教会が2位って絶対誰かの嫌がらせだって、フラン様がずーっと機嫌悪いんだよ」
「俺に手伝えることがあれば、気軽に言ってよ」
俺がそう言うと、ヴァンは嬉しそうにニヤッと笑った。
「じゃあさ〜、フラン様の機嫌が良くなるような作戦を一緒に考えてー」
「なんだ? その作戦って」
「あはは、僕達って、二人で一人前じゃないか」
ヴァンは、懐かしいことを言って、ケラケラと笑っている。そうか、笑わせてやればいいんだったよな。ヴァンはすぐに思い詰めて憂鬱な顔をする。
俺は久しぶりに、ヴァンが絶対に笑う顔をする。
「ちょ、マルク! 何やってんの? 変顔して〜、あはは、ガキかよ〜」
ふっ、そういえば、これが俺の役割だったな。
ヴァンが動くラフレアになってからは、こういうのを忘れていた。ヴァンは、極級ハンターにもなったし、誰もが認める凄い冒険者だ。でも、根本的な部分は変わらないんだな。
純朴で優しい、俺の大切な親友だ。
「ヴァン、あのさ、ベーレン家って何位だったか知ってる?」
「へ? あー、確か、圏外だよ」
「マジかよ!?」
俺は、普通に驚いただけだが……。
「あはは、マルクって、もう、お腹いたいから〜、あははは」
俺の親友は、笑い転げていた。心外だな。まぁ、いい。ついでに究極の変顔も披露しておくか。
【次回予告】
従属たちの祭典?
次回は、8月11日(金)に更新予定です。
よろしくお願いします。




