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164、自由の町デネブ 〜あとひと月、専念します

 それからしばらくの間、僕は、ガメイ村の様子を見に行ったり、フロリスちゃんの護衛を兼ねてボックス山脈に行ったりという、落ち着かない毎日を過ごした。


 フラン様は、数日前に、ファシルド家の旦那様をドゥ教会に呼び出していた。ファシルド家との契約が終了して僕が戻ってきたのに、まだファシルド家に振り回されていることを、旦那様に怒ってくれていたようだ。


 だけどそれは、旦那様をデネブに招くための口実というか、表向きの理由だと思う。


 おそらく、フラン様はファシルド家の旦那様と、サラ奥様についての話し合いをしたかったのだろう。神獣テンウッドが、僕の不在中に、ファシルド家の旦那様がドゥ家の屋敷の食堂にいたと言っていた。個人的な話し合いをしたのだと思う。


 フラン様からは、その件について特に何の話もない。秘密にするつもりはないだろうけど、話しにくいのだろうな。



 そういえば、サラ奥様の記憶が戻ったのに、フラン様もまだ会ってないようだ。


 たぶん、フラン様としては、サラ奥様の方からドゥ教会に来てくれるのを待っているのだと思う。それに、フロリスちゃんが娘として接していないことも、気にしているのかもしれない。


 自分が先にサラ奥様と再会を祝うと、フロリスちゃんがますますタイミングを失うというようなことを、こないだフラン様が言っていたっけ。


 何も気にせずみんなで会ってしまえばいいと、貴族家の事情をよく知らない僕は単純に考えてしまう。黒兎が絡んでることが、余計に複雑化させているらしい。




「ヴァン、ちょっと来て」


 ドゥ家の屋敷の食堂で、ボーっと考え事をしながら紅茶を飲んでいると、教会の方からフラン様が声をかけてきた。正確に言えば、フラン様の声を神獣テンウッドが届けてきたんだけど。


 神獣テンウッドは、一応、従属としての役割をしようとはしてくれる。だけど、ズボラなんだよね。


 今の声を届けるのも、片手間に何かの能力を使っただけで、青い髪の少女の姿はない。娘ルージュが起きている時間は、ルージュのそばを離れないんだよな。


 まぁ、いいんだけど。


 僕は、紅茶を飲み干すと、教会の方へと移動した。




 ◇◇◇



「はい、フラン様、どうされま……へ?」


 朝の礼拝が終わったのに、教会にはたくさんの人がいた。信者さん達も少しいるけど、大半は身なりの良い、僕が知らない人ばかりだ。しかも、入り口にはニヤニヤした顔のゼクトもいる。何の集まりだろう?


「ヴァン、貴方が留守がちだった間に、このデネブには貴族の別邸が増えたのよ。貴方が戻ってきたことを聞いて、朝の礼拝後を狙って挨拶に来られたわ」


 はい? 挨拶? 僕に?


「それは、ご丁寧にありがとうございます。ヴァン・ドゥです。初めましての皆さん、初めまして。僕は、神官としてはあまり役に立ちませんが、薬師としてはお力になれると思います。お困りのときは遠慮なくどうぞ」


「ヴァンさん! お会いできて嬉しいですよ」


「私達は、ヴァンさんがいらっしゃるから、デネブに別邸を建てることにしたんだよ」


「先日、【富】の神矢が降ったでしょう? まさか、また、ワインになるとは驚きだ。ワシらは真剣にワインを学ぶことにしたよ」


 はい? 【富】の神矢? いつ降った?



「えーっと、神矢が降りましたっけ?」


 僕は、フラン様の方に視線を向けた。すると彼女の片眉が上がった。これは、呆れてるな。


「ヴァンは、出掛けてたわね。数日前よ? 【富】の神矢はどこにいても気づくはずよ? あー、ボックス山脈に行ってたのね」


「あはは、そうかもしれません。数日前も、フロリス様の付き添いで、ボックス山脈に入りましたから」


「ヴァン、冒険者ばっかりやってない? 受注してなくても、その行動が冒険者そのものよ?」


 フラン様は、反論の余地を与えない。


「はい、すみません……」


 ジョブの陥没の兆しは消えたし、放っていた光も消えた。だから、もう大丈夫なんだけどな。フラン様は心配性だ。




「ククッ、やっぱりフランは、キツイよな」


 いつの間にか、ゼクトが近くにいた。僕を助けてくれるのかと期待したけど、なんだか違うと感じる。


「ゼクト、何かたくらんでる?」


「ぷぷ、助けてくださいって顔は、やめろよな。二年間は、派遣執事に専念して、ジョブのレベルを上げとけって言っておいたのにさ〜」


「何? めちゃくちゃニヤついてない?」


「ククッ、影の世界で竜神とケンカしたり、ボックス山脈の人間が入れない場所に行ったりしてるから、ジョブのレベル上げができてねぇだろ」


 ちょ……。慌ててフラン様の方をチラ見すると、片眉がピクピクと……これは怒ってる。


「ゼクト! そんなことを、ここで暴露しなくてもいいでしょ」


「あはは、ヴァンに叱られちまった。あははは」


 ゼクトは、嬉しそうにゲラゲラと笑っているけど、フラン様は怒ってるし、僕に挨拶に来たという人達は、ドン引きしてるよね。


 まぁ、ドン引きはいいか。ゼクトを狂人と呼ぶ人がまだいる。そんなゼクトと対等に話す姿を見せる方がいいよね。ゼクトは、感情の無い狂人ではないんだ。



「ゼクトさん、本題から外れてますわよ。ヴァンに話があって、彼らを連れて来られたのでしょう?」


 フラン様が、笑うゼクトを戒めている。ん? ゼクトが連れてきたのか?


「あぁ、わりぃ。ククッ、ヴァンが予想通りの反応をするから、笑いが止まらなくなっちまったぜ」


「じゃあ、私から話しましょうか?」


 うん? フラン様も、ゼクトのたくらみに絡んでる?



「いや、俺から話そう。ヴァン、ラフレアが大量の新種の魔物を生み出すピークは、いつか覚えてるな?」


「うん、あの時から二年後でしょ。もうすでに、新種の魔物は、ボックス山脈にもかなり生まれてるけど」


「あぁ、弱い魔物は生まれるのが早いからな。あとひと月で、あれから二年だ。そろそろ厄介なのが生まれるぜ」


「うん、わかってる。それに、もう僕の不調は解消されたから、大丈夫だ」


 僕がそう言った瞬間、ゼクトは、僕の右手のグローブをめくった。スコーピオンのジョブの印の絵は、もう光を放っていない。


「ふふん、だが、ジョブのレベル上げができてねぇぞ。ジョブが通常の成長より遅れていると、レアスキルを得にくいからな。極級ハンターにならないなら、このままでもいいが」


「ちょ、それを早く言ってよ! 僕は、極級ハンターになりたくて、ずっと頑張ってきたんだからね!」


 責めるような口調になったが、ゼクトは逆に嬉しそうな顔をしている。遠慮されたくないみたいだもんな。


「じゃあ、ヴァン。あとひと月、真面目に派遣執事をしてろ。新たな【富】の神矢のワインを得た貴族達が、ジョブ『ソムリエ』を求めてるぜ」


 僕は、ここに集まっている人達の意図を察した。


「もしかして、この方々は……」


「ククッ、ジョブ『ソムリエ』の派遣を希望する貴族だ。ヴァンに来て欲しければ、デネブに別邸を建ててドゥ教会の信者になれと言っておいてやったぜ」


 はい? ゼクトが布教してんの?



「ゼクトさん、その信者の件は、お断りしましたわよね? 神官三家からドゥ教会へ変わるということは、非常に危険ですわ」


「そのうち神官三家なんか、ぶっ壊れる日が来るだろ。改革派が動いてるからな」


 あー、トロッケン家のあの人か。


 ゼクトの言葉に、まさか賛成するわけにもいかないフラン様は、微妙な笑みを浮かべている。




「ゼクト殿、あの……」


 貴族のひとりが、ゼクトに声をかけて何かを渡した。


「あぁ、そうだったな。ヴァン、ほれ」


 その何かが僕の手元に回ってきた。うん? 商業ギルドの依頼書? ズラリと、たくさんの貴族家の名前が並んでいる。


「何? これは」


「ヴァンのお仕事リストだ。上から順に行ってやれ。最初のオルハル家には、商業ギルドの担当者が行ってるはずだ」


「はい?」


「これから、ひと月以内に全部終わらせろよ?」


 ゼクトは、イタズラが成功した悪ガキのように、めちゃくちゃ楽しそうな顔をしている。でも、そっか。僕のために、この手配を全部やってくれたんだな。



「私がオルハル家当主の息子です。ヴァンさん、ご案内しましょうか。商業の街スピカの本邸に、お越しいただきたいのですが」


「案内は不要ですよ、オルハル様。準備もありますので、昼以降になりますが、それでよろしいでしょうか?」


「はい! やった! 本当に来てくださるのですね! お待ちしています! ゼクト殿ありがとう」


 大喜びでペコペコと頭を下げると、彼は教会から飛び出していった。他の人達も、順に行くと告げると、似た反応で飛び跳ねていた。




 僕は、改めてリストを眺めた。どれも神官三家とは結びつきの薄い、小さな貴族家だ。ゼクトは、あえてそういう家を選んだのだと感じた。本気でドゥ教会のことを考えてくれたのだろうか。


 僕が行くと言ったことで、フラン様の片眉の動きは、やっと止まった。彼女も、心配してくれていたのだとわかる。



 仕事の内容は、どれも、ジョブ『ソムリエ』にとっては、時間のかからないものばかりだ。でも、知識のない貴族には、困惑することだろう。


 これを機に、簡単な知識の伝授もしておく方がいいかな。もっとワインを好きになってもらいたいもんね。



 あとひと月ほどで、あの日から二年か。予想もできない新種の魔物が生まれるだろう。


 だけど、なんとかなるような気がする。ゼクトもいるし、マルクもいる。それに、僕には頼れる従属たちもいる。



 その日まで、僕は今度こそ、派遣執事に専念しようと思う。たぶん、ね。




 ──────── 《完》 ────────




皆様、ここまで読んでくださってありがとうございます!

これにて、本編完結です。


本作は、「ジョブ『ソムリエ』の派遣執事は極級ハンターになりたい 〜神矢と超薬草を集めてこっそり最短ルートを進む〜」という完結作品からの、スピンオフ物です。


この完結作では、話の流れから大きく外れる、ヴァン21歳と22歳の物語を描くことをやめました。ただ、やはりどうしても描きたかったので、別の作品として、また、当初のプロットを大幅に修正して、本作を書きました。


ヴァンは、この後、23歳になり、大きな転機を迎えます。既に完結作で描いたことですが、本作では、この後、後日談という形で、少し触れていきたいと思います。


そして後日談では、完結作のさらに後日談へと、時を進めていきたいと考えています。

フロリスちゃんのその後の恋話について、またサラ奥様についても、描いていく予定です。


矛盾のないように、完結作の読み返しもしていきたいので、後日談の更新は、来週から、とさせてください。


この先もお付き合いいただければ、幸いです。


次回は、8月2日(水)に更新予定です。

よろしくお願いします。

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