161、商業の街スピカ 〜来客からの忠告
コンコン!
「フロリスです。ヴァンも一緒ですわ」
フロリスちゃんが客間の扉をノックすると、部屋の中にいる黒服が、扉を開けた。
僕の目に飛び込んできたのは、トロッケン家の武装タイプの制服を着た人達がズラリ……。この制服は、黒石峠でよく見る。スピカを出るとすぐに黒石峠があるから、そのまま来たのかもしれないけど、貴族の屋敷を訪れるには不適切な服装だ。
フロリスちゃんも、その制服に驚いたようだ。あらかじめ門番から聞いていたけど、こんなにたくさんいるとは思わなかったよね。この人数は、まるで旦那様を捕らえに来たかのようだ。
「フロリス、おかえり。ヴァン、子守りを押し付けて悪かったな」
旦那様が冗談を言っている? 酔っているわけでもなさそうだが、いつもとは様子が違う。
「まぁっ! 私は大人よ? いろいろと報告しなきゃいけないこともあるのだけど……お客様かしら?」
客人らしき人は、なぜか顔をほとんど覆う仮面のようなものを付けている。治せない怪我でもしたのだろうか。もしくは、ジョブの印を隠しているのかな。
「あぁ、客人といえば客人だな。黒石峠についての報告と相談を受けていた。フロリス、黒石峠付近の影の世界は、誰が統治しているのだ?」
旦那様は、僕ではなくフロリスちゃんに語りかけているが、おそらく僕に尋ねているのだろう。トロッケン家が動いているのは、やはり、そのためか。
あの一斉討伐の前、ボックス山脈の神の結界が押し広げられて、黒石峠に迫っていた。だけど、影の世界で竜神様が、あの魔物達を連れて行ったよね。
ラフレアから生まれた異種の双子が、神の結界を押し広げていた。何かに操られていたようだけど、闇の竜神様が面倒をみることになったから大丈夫だろう。
たぶん竜神様の配下にされるんだろうな。あのとき、翼が折れていた魔物は動物で、もう一方の弱っていた魔物は植物った。だけど2体の魔物は、身体がツタのようなモノで繋がっていたよな。
あの一斉討伐の日、神官三家が黒石峠に集まっていたらしい。だから当然、討ち漏らした魔物のことも、調べているだろう。
フロリスちゃんは少し考えた後、口を開く。
「お父様、黒石峠のあたりの影の世界は、広大な草原になっているわ。黒兎と呼ばれる黒い天兎のナワバリだから、統治しているとすれば、その黒兎かしら」
「ふむ。報告とは少し違うが、フロリスの方が正しいのだろう。どうやら、監視対象となっていた魔物が見つからないらしい。少し奥へ行くと強い悪霊がいるらしく、捜索隊が進めないそうだ。ヴァンなら、その調査は可能か?」
はい? それで、僕もここへ呼ばれたのか。どうしようかな。トロッケン家には、あまり情報は渡したくないな。
「旦那様、その監視対象というのは、魔物ですか?」
「あぁ、ボックス山脈の神の結界を押し広げる魔物だ。一斉討伐で、影の世界へ逃げたことはわかったが、その後の消息がつかめないらしい」
そりゃ、そうでしょ。あの双子なら、もうあの場所には居ない。
フロリスちゃんは、それに気づいたらしく、僕の方をチラッと見た。話していいかと尋ねているのだと感じた。だが話すなら、僕からの方がいいだろう。
すると、仮面をつけた人が立ち上がって、僕の方へ近寄ってきた。見たことのない魔導ローブだ。魔導士が身につける軽いタイプではない。重そうに見えるが……サーチできないな。とても高価な物だとわかる。
ファシルド家の旦那様は、少し慌てて口を開く。
「ナックさん、大丈夫ですよ。ヴァンは俺には嘘はつかないし、頼み事も、可能な限り引き受けてくれる」
うん? ナックさん?
「ファシルド殿、それを言っては、せっかくのローブと仮面の意味がない。まぁ、必要な情報はもう抜いたからいいけどね」
そう言うと、彼は仮面を外した。
げっ! この人は、フロリスちゃんの家名をサラ奥様達がいる場で暴露した、ナック・トロッケンさんだ。
「ナック・トロッケンさん、僕から何の情報を抜いたのですか。ガメイ村でも……」
「おや、知り合いだったのか。じゃあ、もう解決したのかな」
ファシルド家の旦那様は、こういうところがお人好しなんだよな。深く気にしないというか……。サラ奥様の件も、連絡は受けたはずなのに、特に行動を起こさない。まぁ彼も、時間が解決すると考えたのかもしれないけど。
そんな旦那様に、ナック・トロッケンさんはまるで嘲笑うかのような、嫌な笑みを向けている。
「あいにく、ヴァンさんの思念傍受は阻害されていましてね。フロリスさんの方から拝借しました。天兎を従える同志ですから、失礼のないように、必要な情報だけいただきましたよ」
アマピュラスだったな、彼が従えているのは。ぷぅちゃんがこの場にいなくてよかった。
「あら、覗きを暴露するなんて滑稽ね。神官家に生まれた人って、もっと節度ある行動をしなければならないのではなくて?」
フロリスちゃんは、いつになく辛辣だな。
「業務に必要なものであれば、相手に関わらず許容されていますよ。それに、規律に触れる感情には一切リンクしていません。あくまでも情報のみです。やはり、貴女もこちら側の人間だ」
また、変なことを言ったな。
「こちら側って、どういう意味ですの? ヴァンにも同じことを言っていましたわよね」
フロリスちゃんも、気になってたのか。
「こちら側ということについては、ファシルド殿に尋ねてください」
彼は意味ありげにそう言うと、僕の方をチラッと見た。感じ悪い。
「ナック・トロッケンさん、それは、武装した彼らの前では話せないということですね」
カチンときた僕が思わずそう言うと、彼は意外そうな表情を浮かべた。悪意のない単純な驚きに見える。
「へぇ、ヴァンさんは変わってますね。こちらが思わずドキリとするようなことを言う。トロッケン家を畏れていないらしい」
「僕も、今は神官家の人間です。なぜ畏れなければならないのですか。ドゥ家をバカにしてるんですか」
「あはは、とんでもない。私はそういう自信家は好きですよ。だが、気をつけなさい。ヴァンさんは、狙われやすい。いや、妬まれている。一度でも立ち回り方を失敗すると、一度でも隙を見せると、あちら側の人間に潰されますよ」
「あちら側って、誰のことですか。貴方は、前国王様の……」
「おっと、その話はやめてくださいね。ふっ、情報ありがとうございました。では、失礼」
一方的にそう言うと、彼は、トロッケン家の武装した人達を引き連れて、客間から出て行った。
「ヴァン、助かったよ。面倒なことにならずに済んだ」
旦那様は、ふーっと息を吐くと、彼らが出て行った扉を閉めさせた。
「お父様、私はどんな情報を抜かれたの? 何を覗いたかも言わないなんて、許されることじゃないわよ」
「フロリスは、神の結界を押し広げる魔物がどこにいるのか、知っているのだろう? それに、奇妙な悪霊のことも」
そう尋ねられて、フロリスちゃんは首を傾げた。忘れてるのか? もしかして、記憶を奪われた?
「旦那様、その魔物は、闇の竜神様が保護されています。そして、その強い悪霊というのは、精霊イーターだった悪霊のことだと思います」
僕がそこまで話すと、フロリスちゃんは、ポンと手を叩いた。
「赤髪のシュピシュピのことね!?」
あっ、記憶は奪われたわけじゃないな。
「シュピシュピ? それはわからないが、そういえば、あの一斉討伐以降、ボックス山脈からシュピリラシュロプスが消えたそうだ」
「お父様、それがシュピシュピよ。テンちゃと古い知り合いみたい」
「へぇ、そうなのか。フロリスは、神獣テンウッドとも親しくなったのだな」
旦那様は、優しい笑顔だ。一方、フロリスちゃんは、ドヤ顔でちょっとふんぞり返ってる。ふふっ、確かに、旦那様があんな顔になるわけだ。
「ところで、こちら側とかあちら側って、何なの?」




