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160/170

160、商業の街スピカ 〜ファシルド家の屋敷へ

 僕達は、講習会の翌日から、店の引き継ぎを始めた。


 最初はどうなるかと心配したけど、集落の人達は、元々この世界の人だ。それに料理人のスキルを持つ人もいて、大きな混乱もなく通常営業をしながら、引き継ぎをすることができた。


 店は、サラ奥様に譲ることになっているけど、ラフール・ドルチェさんがほとんどの面倒な手続きをやってくれたようだ。


 また、いつも店の手伝いをしてくれていた店員さん達には、そのまま残ってもらう予定だ。既に、商業ギルドに継続依頼を出してある。それに、酒屋のカフスさんも、引き続き、手伝いをすると申し出てくれた。だから実質的には、店長が交代する程度の変化になると思う。


 でも、これが大きな変化かもしれないな。フロリスちゃんは、子供達にとても人気があった。店長は、フロリスちゃんの母親のサラ奥様と交代することになる。この関係を、お客さんに知らせるべきなのかは、僕には判断できない。




「長さまは、今日も、影の世界かしら」


 フロリスちゃんは、私物の片付けをしながら、ポツリと呟いた。たぶん、心の声が口から飛び出してしまったのだろう。


「そうですね。あの集落の修復にも時間がかかりそうですからね」


「えっ? あら、私、変なことを言ったかしら?」


「いえ、大丈夫ですよ。僕も、長さまが、なかなか来られないなと思っていたので」


 たぶん、サラ奥様は、わざとフロリスちゃんと会わないようにしているのだと思う。フロリスちゃんがデネブの学校に行く日は、サラ奥様は店に顔を出していた。僕も短い時間だけど、3回ほど会っている。


 サラ奥様は、やはりまだ不安なようだ。なぜか、娘を捨てたような罪悪感から逃れられないという。フロリスちゃんのことが娘だとわかったことは嬉しかったみたいだけど……。フロリスちゃん自身の態度に戸惑いがあることが、サラ奥様には辛いのかもしれない。


 でも、フロリスちゃんは、母親を嫌っているわけではない。ただ、接し方がわからないみたいなんだ。やはり、二人には、もう少し時間が必要なのかな。



 そういえば、トロッケン家のあの人は、あれっきりだな。ナック・トロッケンさんだっけ。フロリスちゃんの家名を、サラ奥様達がいる場で暴露したんだよな。


 前国王様の命令で動いているみたいだけど、二つの世界の監視をする者だとか、よくわからないことを言っていた。それに、僕が、こちら側の人間だと言ったり、ほんと、意味不明だ。


 時間が合えばワイン講習会に来るとか言ってたけど、2回目の開催は、しばらくは難しいだろう。彼と再び会わなくていいのは、唯一、店を譲る上で嬉しいことかな。




「皆さん、店をよろしくお願いします。長さまを店長として、これからも頑張ってください。私もガメイ村に来る機会があれば、必ず立ち寄りますね」


 フロリスちゃんが、そう挨拶すると、親しくなっていた店員さん達は、寂しそうに頷いていた。酒屋のカフスさんは、フロリスちゃんがファシルド家のお嬢様だとわかったときには、かなり落ち込んでいたけど、今はもう、すっかり切り替えたようだ。


 武術系ナイトの有力貴族ファシルド家のお嬢様と、ガメイ村の市場の商人では、あまりにも大きな身分差がある。一つ年上のフロリスちゃんに恋心を抱いていたカフスさんだけど、だからこそ、フロリスちゃんが神官見習いのフリックさんと親しいことも知っている。彼女がファシルド家のお嬢様だとわかり、逆に吹っ切れたのかもしれないな。


「店長さん、いえフロリス様、あとはお任せください」


「うん、カフスさんは頼りになるから安心だわ」


 フロリスちゃんにそう言われて、酒屋のカフスさんは少し顔が赤い。


 そして、僕達は彼らに見送られて、ガメイ村の転移屋から商業の街スピカへと移動した。


 店を出るとき、フロリスちゃんの目には、少し涙がにじんでいた。いろいろな出来事を思い出していたのだろう。そのうち、サラ奥様とも、きちんと母娘として交流できるようになればいいな。





 ◇◇◇




「ヴァン、屋敷まで来るでしょう?」


 ファシルド家に一番近い転移屋に到着すると、すぐにフロリスちゃんは、そんなことを言った。


「は? オレ達がいるから、護衛は不要だろ」


 天兎のぷぅちゃんは、スピカの転移屋まで迎えに来ていた。ファシルド家の門番の人も一緒だ。ガメイ村から先に帰っていたのは、このためか。ぷぅちゃんだけなら、護衛にならないと言われるもんね。



「ぷぅちゃん、私、護衛はいらないよ? もう成人したんだもん」


「フロリスちゃんがひとりになるのは、危険すぎる! この街のほとんどが、神矢ハンターだってことを知ってるんだぜ。ほら、今も何人も、近寄って来ようとしてるじゃねぇか」


「それは、ぷぅちゃんが騒ぐからでしょ」


 うん、僕もそう思う。なんだか、ぷぅちゃん自身が、フロリスちゃんのジョブを言いふらしているような気さえする。



「ファシルド家のお嬢様、こんにちは。私は……」


「あー、もう、うっせーな。フロリスちゃんに近寄るんじゃねぇぞ!」


 獣人の少年に威嚇されても、誰も怖がらない。仕方ないな。


「フロリス様、旦那様に報告するまでが僕の仕事ですよ。報告が終われば、ファシルド家の転移陣を使わせてもらって、デネブのドゥ教会に戻ります」


 僕は、声をかけてきた人に聞こえるように、自分の素性がわかる言い方をした。


「チッ、狂人の仲間か」


 彼は、吐き捨てるようにそう言うと、フロリスちゃんから離れていった。まだ、ゼクトのことを、狂人と呼ぶ人がいるんだな。


 だけど、ゼクトの仲間だと言われたことは、ちょっと嬉しい。ゼクトは、僕が子供の頃から憧れていた極級ハンターだもんな。



「チッ! オレの方がおまえより……」


「ぷぅちゃん! ヴァンにケンカを売らないって約束したよね?」


 フロリスちゃんに叱られ、天兎のぷぅちゃんは不安げな表情をフロリスちゃんに向けている。しかし頭をソッと撫でられると、勝ち誇ったような笑みに変わったけど。


 ぷぅ太郎は、相変わらずだよな。


 僕達は、そのままファシルド家へと向かった。




「久しぶりに帰ってきたねー」


 門番の人達は、フロリスちゃんの姿を見つけると、敬意を表する仕草をした。これが当たり前のことなんだろうけど、フロリスちゃんの幼児期を知る僕としては、意外な行動だと感じた。


「おかえりなさいませ、お嬢様」


「ただいま〜。皆さん、お疲れ様」


 こんな何気ないやり取りも、やはり僕としては感慨深い。


「旦那様が客間でお待ちです。ヴァンさんのことも」


 僕が、使用人の出入り口へと向かおうとすると、顔見知りの門番から、呼び止められた。いつも陽気なはずの彼の表情が、少し強張っている。


「門番さん、来客中ということですか?」


「はい。黒石峠付近の件で、旦那様を訪ねて来られました」


「じゃあ、僕はお邪魔なのではないですか? あっ、ブランチにワインを用意するのかな」


「俺には、わかりませんが……」


 やはり、門番の彼の表情は、変だな。


「ふぅん、厄介なお客様なのかしら? だけど、黒石峠の件なのよね? いま黒石峠の治安担当は、ファシルド家ではないわ。なんだか嫌な予感がするわね。神官三家かな」


 フロリスちゃんがそう言うと、門番の彼は、軽く頷いた。


「トロッケン家のようです。しかも、統制部隊の制服を着た護衛も連れて来られています」


 そこまで聞くと、フロリスちゃんはバッと僕の腕をつかんだ。


「ヴァン、客間に急ぐわよ!」


 強い力で引っ張るフロリスちゃん。さすが、ファシルド家のお嬢様だよね。しかし、トロッケン家か……。黒石峠の件ということは、ラフレアから生まれた魔物のことだろう。


 会いたくないな。絶対に面倒くさい話だ。早く報告を済ませて、デネブに帰りたいのに……。僕は、フロリスちゃんに掴まれた腕を振り解きたい衝動を、必死に抑えた。



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